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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第3章

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13 大事な話

 そしてオルフィはただひとり、ロズウィンドと相対することになった。

 と言っても、特に気負うことはない。「緊張しすぎない程度に緊張した演技をする」というのはいささか難しかったが、不可能でもないだろう。

 あの様子では砕けた態度をとっても王子当人から叱責はこないだろうが、やはり周辺にそれを見られるのはまずい。王族兄弟と親しい異国人は何者だ、などと探られてもたまらない。

「ようこそ、オルフィ殿」

 使用人に案内されて向かったのは、どうやら王子の私室であるようだった。そこでロズウィンドは立ち上がってオルフィを迎えた。そんなふうにされれば、放っておいてもほどよい緊張感が生まれる。

「失礼いたします」

 オルフィは単純な一礼をして、引かれた椅子に座った。厳しいことを言うならば、いかに王子が彼を迎えているとは言え、先に腰かけるのは礼儀に反する。だがそれくらいの無礼を働いていた方が「田舎の若者」らしいだろう。

葡萄酒(ウィスト)はいかがかな?」

「は、はい」

「自画自賛になるが、ラシアッドの葡萄酒はなかなかのものだ。ナイリアンにも輸出している」

「そうなんですか」

「ああ。それなりの価格で取り引きされているはずだ。首都にいたならば接する機会もあったのではないかな」

「いや、俺はあまり」

 ヴィレドーンはもしかしたら口にしていたかもしれないが、ウィストの産地などに興味はなかった。ラシアッド産だと聞いて「へえ」と思ったことがあったとしても、全く覚えていない。

 給仕の小姓が玻璃の杯に赤い液体を注いでいく。オルフィはじっとそれを見つめていた。

 かと思うと別の小姓が白い皿を持って現れ、彼とロズウィンドの前に音もなくそれらを並べた。そこには皿の大きさには不似合いに思えるような何かがちまっと乗せられており、周りは色鮮やかなソースで飾られている。

(簡単な食事とか言ってたけど)

(そうでもないような)

 騎士がこうした食事を摂る機会は滅多になかったから――王族の供を命じられることはあったが、ファローであることがほとんどだった――物珍しげに眺めるのに演技は必要なかった。

 そうしてしばらく、どうにか「とても華麗とは言えないが、礼儀知らずでどうしようもないということもない」程度に食事をしながらロズウィンドと話をした。

 意外にも主に話したのはオルフィであったが、それはロズウィンドが彼についていろいろと尋ねたからだ。これは嘘をつく必要もほとんどなかった。ヴィレドーンのことを語れば面倒だがオルフィのことについて答えればいいだけだからだ。

「それで、どうしてラスピーシュと知り合ったのかな」

(おっと)

 ここが主軸だろうとは思っていた。

「俺の幼なじみが殿下にお声をかけていただいたんです。それがきっかけで」

 この辺りもまた本当だ。最初の出会いはカナトといたときだったが、それを端折っても問題はないし、カナトのことを説明するのはやはりつらい。

「成程」

 ロズウィンドは苦笑した。

「すまないね。あれは可愛い子を見るとすぐ軽い態度を取るんだ。王子としての矜持を保つよう、いつも言っているんだが」

「はは」

 オルフィとしては笑うしかない。

「それで? ナイリアンでの騒動については大まかに聞いているが、あれは迷惑をかけなかったかな?」

「いや、そんなことは」

 考えながらオルフィは言った。

「ラスピー、シュ殿下には助けていただきました」

 とはあまり言いたくないが、言っておかなければならない場というのもある。

「リチェリン……俺の幼なじみを守ろうとして下さいましたし、さらわれた彼女がどこにいるかも教えて下さった。俺が彼女を助けられたのは殿下のおかげです」

(カナトのことは――)

(何も、ラスピーのせいじゃない)

 ラスピーシュがオルフィの居場所を教えなければ、という気持ちは皆無ではないが、それをして彼を恨むということもない。いささかの引っかかりはあるが、ラスピーシュとて運命の歯車のひとつに過ぎなかったのだと。

(そういう考えは好きじゃないが)

(……そうとでも思うしかない、ということもある)

「少しは役に立ったならば、いいのだが」

 ロズウィンドは嘆息した。

「こちらにしてみれば、唐突な話ばかりだ。戴冠式については、確かにいずれはやらなくてはならないことであったし、次を逃せばまた一年おかなくてはならないが……」

「一年?」

「ああ。王家の儀式を行う時期というのは決まっているんだ。ラスピーシュは何も?」

「聞いてな……お聞きしてませんでした」

 こほんとオルフィは咳払いをした。

「成程」

 第一王子はまた言った。

「ラシアッド王家の決まりごとなどナイリアンで語っても意味はなかろうが、まるで自分が何でも決める権利を持っているかの如く振る舞うのは感心せぬな」

 少し顔をしかめてロズウィンドは言った。

「――それから、城内で間諜のように振る舞うのも」

 ロズウィンドの視線はオルフィではなく、隣室の扉に向いていた。

「出てきなさい。客人もいると言うのに、みっともない」

 嘆息混じりに彼は命じた。

「いやいや、それは誤解というもの」

 かちゃりと扉が開いて、ラスピーシュが姿を見せた。

「盗み聞きするつもりはなかった。ただ、オルフィ君と兄上がどんな話をしているのかと思ってね」

(それなら「盗み聞きする気満々だった」の間違いだろう)

 とはやはり口に出すことなく、彼は「友」の顔をちらりと見た。視線に気づいてラスピーシュは片眉を上げる。

「本当だよ、オルフィ君。私は大事な話を伝えにきたんだ。通常使うべきあちらの扉を使わなかったのは、単にこちらからやってくる方が早かったからさ」

 それにふたりの話の内容によってはタイミングを見計らわなければならなかったから、などと盗み聞きの言い訳も続いた。

「大事な話?」

 ラシアッド城の構造は判る範囲で頭に叩き込んだものの、入っていない部屋同士がどう繋がっているかなどは知らない。こちらの方が早かったというのが事実かどうか知らないが、それより大事な話とやらが気になった。

「ああ」

 ラスピーシュはうなずき、真剣な表情を見せた。

「ヒューデア君が」

 軽口の間は気づかなかったが、よく見るとラスピーシュの顔は少し青ざめて見えた。

「怪我をしたんだ。酷い傷で……言いにくいが、重態だ」

「なん、だって? あいつが怪我?」

 驚いてオルフィは目を見開き、気づけば立ち上がっていた。

「信じがたいことだが、刀傷だ」

「剣で負けたってのか? ヒューデアが!」

 多勢に無勢、ということもある。だが想像すら難しかった。剣を持ったヒューデア・クロセニーが誰かに敗れるということ。

 いや――。

(まさか)

 ヒューデアでも敵わないのではないかと思う相手は存在する。

 オルフィは血の気が引くのを感じた。

「リチェリン! リチェリンは? あいつといたんじゃないのか!?」

「落ち着いて聞いてくれ」

 ラスピーシュは静かにオルフィの方へやってくると、その肩に手を置いた。

「確かに彼女は、彼といたはずだ。だが……」

 目をきゅっと細めて、ラスピーシュは続けた。

「どうしているか、判らない。行方が知れないんだ」

 怖ろしい予感に、オルフィの全身からざっと血の気が引いた。


(第4章へつづく)


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