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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第3章

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11 よく似た目を

 そうして、クロシア曰く「それなりに見られる服」、オルフィの人生では最も上等な服を手に入れ、彼らはラシアッドの王城に入った。

 さすがにクロシアが第一王子への報告もなしに彼らを迎えにきたということはなかったと見え、戴冠式の話はもう城中に伝わっているようだった。

 彼らは客人として丁重にもてなされたが、正直に言えばもてあまされている感じもした。と言うのも「戴冠式の客」がくるにはまだ早い。「第二王子の友人」が長く滞在することもない。使用人たちもどう対応していいか判らないのか、態度がちぐはぐな様子だった。

 ときどき彼らの様子を見にくるのはクロシアで、ラスピーシュは戻ってきているとのことだったが、忙しくて顔を見せられないとのことだ。

「別にかまわんけどな」

 思わずオルフィは本音を洩らし、シレキの苦笑を誘った。

「ラスピーシュ殿下とも話をしないとまずいだろう。一応仮にも戴冠式の客としてきているんだし、一度くらいはロズウィンド殿下にお目通りをする必要もあるだろう」

「まあ、そうだよな」

 ラスピーシュの兄である第一王子ロズウィンドの王位継承。オルフィの目的としてはカーセスタの様子を探ることだが、本来は戴冠式が主なのである。

「お?」

「あ?」

「いや、びびるかなと思ってさ」

「びびるって? ロズウィンド殿下にお会いするのが?」

「ああ。お前ときどき、そういうところがあるじゃないか」

「そうかあ?」

 オルフィは目をしばたたいた。

「レヴラールにもラスピーシュにも、別にびびった覚えはないけど」

「ジョリス様の件で腹を立ててたレヴラール殿下や、王子殿下だと判る前から知り合ってたラスピーシュ殿下とはまた違うだろ」

「まあ……言われてみりゃ確かに、最初にレヴラールを前にしたときはちょっとびびったと言うか、焦ったけどさ」

 サレーヒと差し向かいで話すだけでも緊張していたところに、突然ナイリアンの第一王子が現れたのだ。あのときのことを思い出すとオルフィは苦笑いを浮かべ――そしてふっと奇妙な気持ちになった。

(遠いな)

(何月も前じゃない、そんな記憶が、遠い)

 あれからいろいろあったから、と言うのでもない。「ヴィレドーン」の記憶ははっきりと残っている。

 そう、「オルフィ」より前の記憶を思い出したために覚える感慨。

 あの頃は、何も知らなかった。

 知らないままでいられたら――。

(よかった、のか?)

(いや、それも情けないな)

 それは「自分に都合の悪いことを忘れたままでいられればよかった」という考えだ。確かにそうであれば彼は楽だった。しかし、いまさら考えたところで逃避でしかないことは承知だ。

 だいたい、彼が思い出すようにと誘導したのはニイロドスだ。彼自身が思い出したいと願った訳でもない。

 それに、もしも万一「オルフィ」の記憶しか持たなければ、いま彼はただ右往左往していただろう。

 リチェリンの背中にしるしがあることは彼の記憶と何ら関係がない。剣を振るうことを思い出さなければ、彼は何の「心得」もないまま、無力な自分に歯がみしただろう。

 ただ、運命の進み方が少しでも違ったらカナトは生きていたかもしれない。

 その思いだけは苦かった。

「ま、しばらくは城内見物ってところかね」

 初日にクロシアから案内を受け、どこに何があるか、どこなら自由に通ってもよいか、そうしたことを教わった。ラスピーシュの計らいか、オルフィには剣の訓練ができるよう、話が回っていた。シレキは公開されている書庫に興味を持ち、時間と状況が許せば籠もっていたいなどと言っていた。

「そうだな」

 気を取り直してオルフィも言った。

「ナイリアンの騎士みたいな特別の地位はないみたいだけど、ざっと見たところでは腕のいい兵士が揃ってる感じがした。できることならクロシアともちょっと手合わせしてみたいな」

「へえ? あいつもできそうなのか」

「たぶんだけど、長もの(・・・)はあんまり得意じゃないんじゃないかな。普段も身につけてないし。その代わり短剣なんかには慣れてそうだ」

「短剣は、身につけている?」

「表には見せてないが、確実」

 オルフィはうなずいた。

「ナイリアールの城であいつに背後を取られたことがあるけど、俺がもう一歩ラスピーに近づいてたら、あいつは城内だろうと躊躇わずに抜刀したかもしれない」

 彼の腕を斬り落とそうとしたヒューデアのように。ヴィレドーンの記憶に混乱した彼をとめようと戦輪を投げたソシュランのように。いざというときには戦いを躊躇わないに違いない。

「ふうん、なかなか面白いな」

「面白い?」

「いや、俺にはそこまで忠節を抱いているという感じは見えなかったもんで」

「忠節って言うか、何だろう。義務……使命感みたいなものかもしれない」

「成程。それなら少し判るようだ」

 シレキはうなずいた。

「さて。今日も『お風呂(ウォルス)の支度が調いました』なーんて呼ばれるのかねえ」

「たぶん」

「毎日風呂に入るなんて、ふやけたりせんのかね?」

「はは、それはないよ」

 笑ってオルフィは手を振った。

「何だ? まるで毎日風呂に入る生活をした経験があるみたいだな」

「ん?……ああ、いや、別に」

 どんなふうに答えようか迷っていると、扉が叩かれる音がした。ちょうどいいとばかりにオルフィは立ち上がる。

「あー、はいはい」

 「入ってよし」というような許可を出すことは騎士時代には慣れていたが、彼はとうに騎士ではなく、またここはナイリアンでもない。

「はい、何か――」

 かちゃりとそれを開いたオルフィは、そこにいたのが見慣れ出した使用人ではなかったことに目をぱちくりとさせ、そして明らかに地位のある人物であることに気づくと――身なりや顔つきで判るものだ――はっとして一歩退き、ほとんど反射的に宮廷式の礼をした。

「ロズウィンド殿下」

 ラスピーシュに似た顔立ちをした、二十代半ばから後半の男。栗毛色の髪に薄青い瞳を持つこの青年は、ラシアッド第一王子ロズウィンドに間違いない。

「何だって?」

 シレキも泡を食って椅子から飛び降り、目を見開く。そしてオルフィの向こうにいる立派そうな人物を見つけて慌てて頭を下げた。

「そのように堅苦しくなる必要はない」

 ロズウィンド王子は少し笑って手を振った。その様子はやはりラスピーシュとよく似ていたが、しかし何か企んでいそうな弟と異なり、穏やかな雰囲気が感じられる。

「ラスピーシュの友人というのがどんな人物であるのか、話を聞いてから気になっていたのだ。なかなか時間が取れず、こうして突然の訪問になってしまったことは申し訳ない」

「いえ、とんでもありません」

 オルフィは困惑しながら答えた。

「わざわざ足をお運びいただきまして、光栄に存じます」

「参ったな」

 第一王子の方も困ったような表情を浮かべた。

「こうしてやってきたのは、あまり大仰にしない目的もあったんだ。私が招くような形にしては、貴殿らが必要以上に身を固くするのではと思ってな」

「は……」

「だがすぐに気づかれてしまったか。ラスピーシュと似ているとは言われるが、やはりそうか?」

「ええ、よく似た目をしていらっしゃるかと」

「目か」

 彼は目の下を撫でるようにした。

「そんなふうに言われたのは初めてだ」

 どこかはにかむようにロズウィンドは笑った。


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