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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第1話 託されし運命 第2章

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09 ちょっとした心得

「何」

 ミュロンは目をしばたたいた。

「まさか。あやつはなかなか頑丈だったはずだぞ。もちろん、病の精霊(フォイル)はいつ何時、誰に憑くとも限らんものだが」

病気(フォイル)のせいでは、ないんです」

 そう前置いてから彼は、タルーが賊に斬り殺されたのだと話した。ミュロンは口をぽかんと開け、オルフィが何を言っているのか判らないというような顔をした。

「これはその前日……一昨日になりますけど、たまたま、神父様がミュロンさんに渡したいと言っていたものだそうです。悪い魔術の品でないかどうか、知り合いの導師に言付けて調べてほしいということでした」

 オルフィは彼なりの理解でニクールから聞いた話を伝えた。老ミュロンは若者が卓上に置いた包みをじっと見つめた。

「そうか……タルーが」

 ミュロンは追悼するように瞳を閉じた。

「判った。これは預かろう」

 黙祷を終えるとミュロンはうなずいて包みを受け取った。

「お願いします」

 これで依頼をひとつ果たせた、とオルフィはほっとした。

「それから、もうひとつ」

 彼は眉をひそめて懸念を見せた。

「黒騎士の噂は、ご存知だと思いますが」

「少年少女を殺して回っているという、騎士の幽霊の話か」

「幽霊だって?」

 それは初耳だった。オルフィは目を見開く。

「わしはそう聞いたがな」

違う(デレス)。あいつは幽霊なんかじゃ」

あいつ(・・・)?」

 ミュロンは片眉を上げた。

「まるで知り合いのように言うのだな、おぬし」

「し、知り合いなんかじゃ」

 思い出せばぞっとする。悪夢のようだが、現実だった。獄界の底から響いてくるかのような、あの低い声。

 オルフィは身体が震えるのを感じた。昼の光のなかでも、昨夜の記憶は怖ろしい。

「……どうした?」

「あ、いや……」

 何でもないとオルフィは笑おうとしたが、いささか引きつった。

「もしやおぬし」

 ミュロンは顔をしかめた。

「見たのか? 黒騎士を」

 言い当てられてオルフィはびくりとした。

「は、はい。それで俺、この辺の村にも警告をと思って」

 彼はこの村にたどり着いたのは昨夜であることと、見張りを置いているようなので安心したが、一日二日は特に警戒した方がいいと提案し、近隣の村にも警告してもらえないかと話した。判ったとミュロンはうなずいた。

「くれぐれも気をつけて下さい。カナトだって、狙われ得る年齢ですし」

「カナトか。あれは大丈夫じゃ」

 老人は肩をすくめた。

「どうしてです」

「それはな」

「お待たせしました」

 ミュロンが何を言おうとしたにせよ、それは一旦遮られた。

「この新茶にはこの焼き菓子が合うと思ったんですけど、あると思ってた場所になくって、探してしまいました」

 少年は三つの茶杯のほかに小さな籠を盆に乗せてきた。そのなかに焼き菓子が入っているらしい。

「む」

 ミュロンは顔をしかめた。

「見つけたか」

「もしかして、お師匠」

 カナトも同じような顔をした。

「隠してました?」

「わしだけでこっそり食おうと思っておったのに」

「子供じゃないんですから!」

 と、子供は老人を叱った。

「どうぞ、オルフィさん」

 カナトは師匠を差し置いてオルフィの前に茶と菓子を置いた。

「お、有難う」

 礼を言って彼は茶杯に口を付けた。

「……何? 俺の顔に何かついてる?」

 少年がじっと自分を見ているので、オルフィは思わず尋ねた。

「あっ、いえ、ごめんなさい。失礼でした」

「いや別に、怒っちゃいないけど」

「何だか調子が悪そうだなあと思ったんです。顔色もあまりよくないようですし……」

 ちらりとその視線がオルフィの左腕に向いた。

「あっ、いや、これは何も関係なくて」

 オルフィは慌てて左手に持っていた茶杯をおいた。そして右手で持ち直すと左手を卓の下にするという不自然きわまりない行動を取る。

「ふむ」

 ミュロンもまた、若者が隠そうとして隠しきれずにいる左手を見た。

「まるで〈黒の左手〉じゃな」

「え……」

 「黒」の一語に、オルフィはぎくりとした。

「知っておるか? (よこしま)な欲望に囚われることを『〈黒の左手〉に捕まる』と言うのだ。それは比喩であって左手が黒くなる訳ではないがな、左半身に残るような傷を負うと、悪魔(ゾッフル)に魂を売ったと思われることがある」

「な、何……」

「お師匠」

 こほん、とカナトは咳払いをした。

「脅かしたら気の毒ですよ」

「おお、すまんすまん」

 ミュロンは呵々と笑った。

「いまのは魔術師たちが言う話だ。闇の召喚術師メイ・ツェンの伝承になぞらえてそんなふうに言うんじゃが、何もたまたま左手にまじないをしたくらいで悪魔に魂を売ったとは思われん」

「まじない」

 目をぱちぱちとさせてオルフィは繰り返した。

「違うのか? 怪我でないのなら、願掛けの一種なんじゃろうと思ったが」

「願掛け」

 また彼は繰り返す。

「そ、そう、願掛けってやつです。うん。ははは」

 意味もなく笑う。

「じゃあ、調子が悪そうなのは」

「それは、その、ええと、黒騎士! そう。昨夜、俺、黒騎士を見て。この辺の村に警告しないとって思って、夜中に駆けてきたもんだから。それでちょっと疲れてるかもな。ははは」

 それは事実の一端であったが、少なくとも笑う話ではない。当然ながらカナトもミュロンも一緒になって笑ってはくれず、オルフィの笑い声は虚しく響いた。

「いや、その」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「黒騎士のことは、本当だからな。カナト、君はいくつだっけ?」

「十三です」

 少年は答えた。

「くれぐれも気をつけろよ。それくらいの年齢が黒騎士の標的らしいし」

「僕は大丈夫ですよ」

 カナトはミュロンと同じことを言った。

「何で」

「ちょっとした心得があるんです」

「心得だって?」

 今度はオルフィがじろじろと少年を見た。細身、悪い言い方をすれば貧弱な体格だ。十三歳より幼いと言われてもちっとも驚かないくらいである。いったいこの子供にどんな「心得」があると言うのか。

「オルフィさん、ご存知でしょう?」

 緑の目をぱちぱちとさせてカナトは言った。

「は?」

 心当たりがない。オルフィは口を開けた。

「だって。三年前……」

「俺は君に届けものをしただけだよ。君の『心得』の話なんて」

 していないと言おうとして彼は躊躇った。したのに、忘れてしまっているのだろうか。

「だって、オルフィさん。あれを誰から預かってきました?」

「誰って」

 オルフィは首をかしげた。

「正直、名前は覚えてないかな。ナイリアールの魔術師協会(リート・ディル)の人ってことだけ」

「ほら」

「何」

「そりゃあ、協会からの届けものが魔術師相手とは限りませんし、魔術師同士なら術を使えば容易だと考えればむしろその可能性は排除されるのかもしれませんけど……」

「ん? ああ、そうか。魔術師からの荷の届け先は魔術師かもってことか。考えたことなかっ……」

 言いかけてオルフィは、はたと気づいた。

「え?」

「はい」

「……魔術師?」

 カナトを指差し、彼は言った。

「はい」

 にこりと少年はうなずいた。

「ええっ!?」

 驚いて若者は大声を上げた。少年の表情が曇った。

「ごめんなさい……気味悪いですよね」

 カナトは謝罪した。

「ここでは受け入れてもらえているものだから、僕、つい忘れちゃうんです。魔術師は忌まわしいと思われていることを」

「えっ? いやっ、そうじゃなくて!」

 慌ててオルフィは手を振った。

「不吉だなんて思ったんじゃないよ。単純に、驚いたんだ。だって君みたいな子が」

 オルフィはううんとうなった。

「俺はさ、偏見なんかはないけど、『魔術師』って言うと黒いローブを着てて陰気そうで病気かと思うくらい痩せてるって感じだろ、だから」

「それは偏見と言うな」

 にやりと笑ってミュロンが口を挟んだ。言われてみれば返す言葉もない。オルフィはまたうなった。


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