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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第3章

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05 同じじゃない

「だが明確な目的は判らんなあ」

「それは俺もだよ。まあ、敢えて言うなら」

「ほほう?」

 興味深げにシレキは身を乗り出した。

「聞かせてもらおうじゃないか」

「あんまり期待すんなよ」

 少し困ってオルフィはこめかみをかいた。

「俺が思ったのは、ラシアッドに招く点に意味があるってこと」

「ふむ?」

「つまり、ナイリアンとカーセスタのごたごたをラシアッドが解決したという形で、両国に恩を売る」

「それがまじだとしたら、あれもなかなか腹黒王子様だな」

「食わせもんだって言ったろ、あんたも」

 どうにもオルフィは苦笑した。

「ラシアッドがナイリアンに勝てるところはないんだし、あれかこれかと策略したっておかしくないさ。それに、まじでウーリナがレヴラールに嫁ぐことになったら、カーセスタにもいい顔しとく必要があるだろうし」

 ナイリアン国と縁組みをしたからと言ってカーセスタ国を蔑ろにするものではない、という意思表示が必要なはずだ。オルフィはそんな判断を下した。

「ともあれ、俺は行くよ。リチェリンは断れそうにないし、彼女だけ行かせる訳にはいかないし」

 下手に彼女がひとりでラスピーシュの膝元へ行ったりしたら、二度とナイリアンに戻ってこられないのではと半ば本気でそんなことも考えた。

「そうか」

 シレキは小さくうなずいた。

「お前がそう決めたんなら、俺はもう口出しはせん」

「悪いな。気ぃ遣ってくれたのに」

「気にするな」

 ひらひらとシレキは手を振った。

「半月後って言ったか? とするとナイリアールに戻ったんじゃ間に合わないかな?」

「〈移動〉を使えばどうとでもなるが、さすがに導師に他国まで送ってもらうのもな」

 魔術師に国境はない、などと言うが、実際にほいほい国同士を行き来するのは犯罪防止のためにもよろしくない。可能ではあるが、魔術師協会という形式を重んじない場所にしては珍しく、少々面倒なことが多いであるのだとか。

「んじゃ俺はこのまま行くとして。リチェリンは……」

「ああ、前にも話はしてあるらしい」

「前?」

「具体的な話が出る前のことだが、是非ラシアッドにきてほしいと言い、彼女は乗り気だったそうだ……ってのは王子様のお言葉だがな」

「そんなふうに言われたら、リチェリンもますます断りづらいだろうからなあ」

 オルフィは顔をしかめた。

「それで、キエヴ族の村から戻ってきたらすぐに発てるよう、手はずを整えておくとか」

「キエヴ族? ヒューデアの?」

「ああ。ヒューデアと出かけてるらしい」

「何ぃ!」

 思わずオルフィは声を大きくした。シレキは片耳をふさぐ。

「そんな声を出さんでも。あの坊やは騎士同然だろ」

 何も「悪いこと」をするはずがないというような意味でシレキは言ったようだった。

「それくらいは判ってるけどさ」

 もごもごとオルフィは言う。

「どの道を採るのか知らないが、ラスピーシュ王子とウーリナ王女も一緒なら警護も万全だろう。加えてあの若いのが彼女の専属なら何も心配ないんじゃないか」

「だろうね」

 とでも言うしかない。確かに、このところ剣を合わせたことで、ヒューデアの実力はよく判っている。その辺の(イネファ)ごときに後れを取るはずはない。

 相手がナイリアンの騎士級であれば、判らないが――。

(あれっ)

 オルフィは目をしばたたいた。

(何だろう。いま、何だか変な感じが)

 一(リア)、首の後ろの毛が逆立ったように感じた。それが緊張感であったと気づくのに数(トーア)を要した。

 だが周囲を見回しても、何もおかしなことはない。誰かがこちらを見ているということもなかったし、小動物さえ通った様子はなかった。

(……ニイロドス?)

 それも疑ったものの、悪魔の気配とも違う。

(何だろう。過敏になっているのかな)

 オルフィはそう考え、何かが彼に向けて発した警告を掴み取ることができなかった。

「おっさんはどうするんだ?」

 それから彼は尋ねた。

「ラシアッドに?」

「そうだなあ」

 シレキは両腕を組んだ。

「招待はされてないが、ささやかな魔力が役に立つこともあるだろう。同行してやるよ」

「そりゃどうも」

「何だ。どうでもいいと言わんばかりだな」

「そんなこと言ってないさ。ただ、おっさんの立ち位置がいまひとつぴんとこないことも事実だ」

 さらりとオルフィは言った。シレキは片眉を上げた。

「おっさんがラバンネルの協力者ってのは判ったし、信じるよ。弟子みたいなもんで、術師に恩を感じてるってのも。でも、いくら限定的に籠手からラバンネルの力を借りられるとしても、対コルシェントに関する助力だけが予定だったんじゃないか?」

「む? うん……」

「その後も、ラバンネルと相談してるのか?」

「……いや。俺からは連絡が取れないから」

「だと思った」

 オルフィは肩をすくめた。

「籠手の魔力だって無尽蔵じゃないんだろ?」

「む……」

「もし『カナトの代わり』なんてことを考えてくれてるんなら」

 きゅっと胸が痛む。

「はっきり言わせてもらえば、おっさんには荷が重いだろ」

「まあ、あいつほどの魔力はない。たとえ元通りであってもな」

「人生経験って意味でも、前に言ったように、年数でいけば俺はおっさんと同等かそれ以上だ」

「いや、それは違うだろう」

 シレキは首を振った。

「二十年を二回と四十年を一回は同じじゃない!」

「そ、それはそうかもしれないけどさ」

 不意に意気込むシレキにオルフィは怯んだ。

「何だよ、急に」

「そりゃあ、俺にあるのは人生経験くらいだからな。そこまで秀でてると言われちゃ黙ってられん」

「何言ってんだか」

 オルフィは苦笑した。

「冗談言ってる訳じゃないんだぞ」

 年上の男はしかめ面を見せる。

「経験ってのは、知識に勝る場合がある。だがお前の経験は、何て言うか」

 うーんとシレキは言葉を探した。

「積み重なってない」

 これだ、と指を弾く。

「積み重なってない?」

「そうだろう? お前の話によれば、昔の記憶のないままでついこの間まで過ごしてきた。俺の言う、二回目だ。それはやり直しみたいなもんで、何もないとこからはじまった。前の記憶が戻ってきたってお前さんは二十歳前の若造……前はどうだか知らんが」

「……二十八」

「ほう。三十前の若造か」

 四十半ばほどのシレキはにやにやとした。

「という訳で、おじさんの経験を少し頼りになさい」

「はは」

 オルフィは少し笑った。

「――有難う、おっさん」

「む?」

「本当は、少し心細かった。連中と対決したときは高揚してて訳判んなかったけど、剣の訓練をしてても、気持ちばっかり空回りしてたって言うか」

 その、と彼は考えた。

「俺は……『前』のとき、ひとりで戦って酷い目に遭った。いや、この言い方は公正じゃないな。酷いことをした。とてつもなく」

 ファロー。何故あんなことをしたのか。本当にあれしかなかったのか。

 あのときは迷わなかった。迷いはあったが振り切ったと言うべきか。あれしかないと信じていた。

 だがいまにして思うと、本当にそうだったのか。

 近頃、そうした考えがふと湧くことがある。

 違う道に導いてくれようとしたアバスターとラバンネルの手をもっと早く取っていたら、いったいどんな運命が彼を――そしてファローを待っていたのか。

(……どう考えたって)

(今更だ)

「とにかく」

 彼は気持ちを切り替えた。

「有難い。本当に」

 あのとき、そうした気持ちになっていたら。

(考えるな)

「お、おいおい」

 シレキは慌てたようだった。

「どうしたんだ。情けない顔して」

「あっ、いや、これは」

 彼も慌てて目をしばたたいた。

「わはは! 意外と可愛いところがあるじゃないか。よーしよしよし、お兄さんが一緒に行ってやるから心配しなくていいぞ!」

「……『お兄さん』は図々しいだろ、いくら何でも」

 思わず言って、オルフィはまた笑みを浮かべた。

「俺なんか特に荷物があるでもなし、長老やミュロンさんに挨拶したらすぐにでも発てるけど」

 オルフィは首をかしげた。

「ラシアッドの首都は何て言ったっけ? 王城がどこにあるかとか、俺、何にも知らないな」

「スイリエというのが王城のある街だそうだ。何でもスイリエだけはそれなりに栄えているがあとは似たりよったりの田舎町で、ナイリアンとは比較しないでほしいとのことだ。スイリエもナイリアールより格段に落ちるからとさ」

「街の規模になんか興味ないけど」

 彼は目をしばたたいた。

「ラスピーの野郎も意外と気にしい(・・・・)なんだな」

「もしかしたら、レヴラール殿下の向こうを張ってラシアッド王子をやって見せてた分、気恥ずかしいところもあるんじゃないか」

「そんな殊勝なタマかねえ」

 ははっと笑ってオルフィは言った。

「でも一種の劣等感みたいなものはあるのかもしれないな。だからこそ……」

「ああ。何か企んでいると言えば聞こえは悪いが、考えてることがあるんだろう」

「ま、少なくともナイリアンやカーセスタと争う段取りではなさそうだ」

 ウーリナをレヴラールの妃にと「差し出し」、カーセスタとの戦を避けさせるために奔走して戴冠式を行うのだ。そもそも二大国をまとめて敵に回すなど、滅亡したいと言うようなものだ。

「俺にはよく判らんような、貿易だとか何だとか、何かしら政治的な旨みを得ようってんだろう。それくらいなら協力してやってもいいさ」

 気軽な調子で彼は言った。

 それくらいのことしか、いまの彼には思い浮かばなかった。


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