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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第2章

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13 黒い魔剣

 そうして彼らは大木のところにたどり着き、しばらく話をした。主にはジョリスのこととなったが、話の流れでお互いの子供時代にも触れた。自然、リチェリンはオルフィとのことを多く話した。もちろんと言うのか、ヒューデアがそれに妬くようなことはなかった。

「さて、そろそろ行くか。暗くならない内に」

「そうですね」

 ヒューデアが立ち上がるのを見て彼女も立ち上がろうとした。と、また手が差し出される。

「あ、有難う、ございます」

 これにはどうにも驚く。

「……ラスピーシュ殿下が」

「あっ、えっ、思ってませんよ、ラスピーさんみたいだとか!」

「何?」

「あ、いえ」

 何でもないです、ともごもごと彼女は言った。

「ヒューデアさんは、何を?」

「いや、もし彼の言うことが本当であれば――」

 ふっとそこでヒューデアは言葉を切った。

「誰だ?」

「え?」

「向こうから、誰か……」

 ヒューデアの視線の先を見れば、確かに人影がこちらへ歩いてきている。

「リチェリン、俺の後ろへ」

「えっ?」

「ただ者じゃない」

「え、それってどういう」

 彼女は目をぱちくりとさせたが、ヒューデアはもうにこりともせずにその人影を見据えていた。すっと右手が剣の柄にかかる。

「アミツが、危険だと言っている」

「えっ」

「後ろへ」

「は、はい」

 その緊張はリチェリンにも伝わった。彼女は一歩退き、不安そうにヒューデアと人影を交互に見る。

「誰だ」

 言葉が届きそうな距離になると、ヒューデアは声を張った。

「この先には何もない。もし道に迷ったのでもあれば案内も可能だが」

「いいや」

 声が言った。リチェリンははっとした。

(この、声)

 聞き覚えのある声だった。

 それは嫌な、怖ろしい記憶を刺激する。

「ヒューデアさん」

 かすれる声で彼女は剣士を呼んだ。

「あれは、あの人は……」

「――ああ。知っている」

 ヒューデアの声にも緊張が現れた。

「ジョリスといるのを……見たことがある」

「そうだったな」

 近づいてきた人物は少し手前で足をとめ、うなずいた。

「覚えている。ジョリスがずいぶん褒めちぎっていた。いずれは騎士になってくれたならと言っていたぞ」

「お前にジョリスのことを語る資格はない」

 きっぱりとヒューデアは言った。

「ハサレック・ディア」

 名を呼ばれて元〈青銀の騎士〉は、宮廷式の礼をした。

(ハサレック、様――)

 リチェリンは鼓動が早くなるのを感じた。

(いったい、どうしてこんなところに)

「俺はジョリスのことならよく知っているのだが」

「黙れ」

 音もなく、ヒューデアは剣を抜いた。

「俺の前に現れたのが運の尽きだ。ジョリスの仇を取る必要はなくなったが、お前のことは討たせてもらう」

「ほう?」

 ハサレックは口の端を上げた。

「やれるものならやってみろ……と言いたいところだが」

 相手は剣に手もかけなかった。

「生憎、今日は相手をしてやる気はない」

「何だと」

「目的はお前ではない、ということだ」

「目的……?」

「さあ」

 ハサレックはさっと手を差し伸べた。

「――エクールの神子殿。お迎えに上がりました」

「え……」

 リチェリンは身をすくませた。

「わ、私は」

「彼女が目的という訳か」

 ヒューデアは剣をかまえた。

「ならばやはり俺が相手ということになる、ハサレック」

「死に急がなくてもよかろうに」

 男は首を振った。

「この場は見逃してやる、と言っている。さっさと故郷に帰って大人しくしているといいだろう」

「ふざけるな」

 単純な挑発に、しかしヒューデアは乗せられた。それとも判っていて、乗った。

「剣を抜け」

「ふ、後悔するなよ?」

 ゆっくりと、黒い剣が引き抜かれる。それを目にしたリチェリンはぞっとした。

「き、気をつけて、ヒューデアさん」

 思わずリチェリンは声を出していた。

「あの剣……ただ黒いだけじゃないわ」

「ほう?」

 ハサレックは片眉を上げた。

「判るのか。神子と言うのもただエクールの神に関わるばかりではないのだな」

「黒い魔剣――世を乱すもの、か」

 きゅっとヒューデアは目を細めた。

その通り(アレイス)!」

 黒騎士ははっと笑った。

「魔剣か。その通りだ。これは魔剣と呼ぶに相応しいな」

「忌まわしき力を得た刃か。それで……ジョリスを」

「はは、気の毒だがそれは違う」

 楽しげにハサレックは首を振った。

「この剣には確かに特殊な力があるが、あいつと()ったときはこの剣じゃなかった。つまり、俺がジョリスに勝ったのは純粋な実力さ」

「ふざけるなと」

 ぐっとヒューデアは全身に力を込めた。

「言った!」

 彼は地面を蹴った。ハサレックはにやりとした。

「青二才が!」

 剣と剣のぶつかる音にリチェリンは一(リア)瞳を閉ざしてしまったものの、勇気を振り絞ってまた目を開けた。

「なかなか」

 ハサレックはヒューデアの渾身の一撃を容易に受け流し、不敵な笑みを浮かべていた。

「その年にしては大したもんだ。ジョリスが褒めるのも判る。さすがクロスの血を引く者だ」

「何」

「だがいまのお前と本気で()ってみたいという気持ちには、ならんなあ」

「――どういう意味だ」

「どうもこうもない。ジョリスやヴィレドーンの域には達してないってことさ」

「ヴィレドーンだと」

 ジョリスの名に三十年前の〈裏切りの騎士〉のそれが何故並ぶのか、ヒューデアには知る由もない。

「煙にでも巻くつもりか」

「とんでもない」

 ハサレックは黒い魔剣をくるりと回した。

「腕を磨いたら、いつかまた俺の実力だけで相手をしてやろうと言ってるのさ」

 黒い魔剣が黒い炎をまとった。リチェリンにはそう見えた。

 ハサレックが腕を振る。

 炎は飛び出し、ヒューデアを襲った。

「ヒューデアさん!」

 たまらずリチェリンは彼を呼ぶ。形を持たぬ黒はキエヴの若者の剣から腕へ、腕から全身へとからみついた。彼はそれを引き剥がそうとするかのように動いたが、叶わず苦しげなうめき声を洩らして、膝をついた。

「それまで生きていられたらの話だが、な」

 そのまま大地に倒れる若い剣士を見下ろしながら、黒騎士はにやりと笑った。


(第3章へ続く)

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