11 行ってみるか?
「イゼフ殿の話によれば、〈ドミナエ会〉も頭が変わるたびに方向性がうろつくそうだ。あの時代は最も過激な頃で、悪名も高かったと聞いた」
つまりちょっとした嫌がらせ程度では済まず、武力で「異端」を「排除」しようとしていた頃ということらしい。ヒューデアは渋面を作っていたが、リチェリンもまた同じような表情になった。
「酷いものだった。死人こそでなかったが、それはジョリスたちがいたからだ。村の戦士は大きな負傷もしたし、子供たちは長らく悪夢に怯えた」
のちに死んだ子供の話こそ彼は避けたものの、怒りと憤りを秘めた声は彼女に惨状を想像させるに充分だった。
(何を言ったらいいかしら)
慰めの言葉を口にするのも妙な話だ。だが彼女が迷っている内にヒューデアは話を進めた。
「俺は以前から剣に興味を持っていたが、ジョリスの姿を見て一層、剣を学びたいという気持ちが強くなった。村を守る戦士になりたいと思うようになり、稽古に励んだ。だがアミツは、俺に予想もしていなかった道を示した」
彼は何かを思い出すように目を閉じた。
「俺がアミツを見るようになったのはそれからしばらくして、成人直後のことだった。話に聞いているエクールの神子と違うのは、生まれながらではないということと、しるしなどは顕れないということだ」
「生まれながらではないんですか」
少々思いがけず、リチェリンは繰り返した。
「ああ。アミツを見るのは一族にひとりだけであり、そうであった者が冥界に召されると次なる者が選ばれる」
「選ぶのは、アミツが?」
「そう言われている」
精霊は人の言葉では語らないということだった。
「アミツはどんな形をしているんです? おとぎ話に出てくる、羽の生えた小さな人間のような?」
「羽は生えていない」
ヒューデアは否定した。
「人間のようとも言えないだろう。アミツには実体がない」
精霊には実体がないものだ、と彼は言った。
「でも『指した』と言うからには人の形をしているんじゃ」
不思議に思ってリチェリンは首をかしげた。
「『アミツが指した』というのは比喩のようなものだ。俺がそう感じたというだけ」
彼は説明した。
「アミツは……そうだな、光の球のように感じられる。暖かい光だ。人や動物のように身体はなく、どこが頭だとか手足だとかいう形もない。だが確かに生きていて、意思がある」
訥々とヒューデアは言った。
「この感覚を他者に伝えることは難しい。アミツのことをよく知っているキエヴの者にもだ」
「――思うままに」
リチェリンは言った。
「『伝えよう』としなくてもかまいません。ヒューデアさんの感じるところをそのまま、話してみて下さい」
「そう、か……?」
ヒューデアはすっと横を見た。そこにアミツが「いる」のだろうかとリチェリンも視線を向けたが、当然と言おうか、彼女には何も見えなかった。
「俺はいまアミツを『生きている』と言ったが、少し違和感のある表現だった。アミツは生とか死とかいうものとは関係のないところで存在している。いったいどこからきたのか、何故キエヴと共に在るのか、そもそも何であるのか、そうしたことは伝承でも残っていない。だが疑問は覚えないのだ。……もしかしたら〈湖の民〉も、そうなのかもしれないな」
呟くように彼はつけ加えた。
「『アミツ信仰』などと言われることもあるが、我々はアミツを神として崇めているのではない。守り神という言い方はするが、信奉とは異なるものだ。巧くは言えないが」
「巧くなくていいんです」
リチェリンはまた言った。
「そうか」
ヒューデアも再び言い、少し笑みを浮かべた。いささか意外な表情にリチェリンは目をしばたたいた。
(いつも年上に見えているけれど、笑顔だと何だか)
(可愛いって言うか)
(……嫌だ、失礼なことを考えちゃったわ)
成人男性に「可愛い」などとは失礼だ、と思った彼女は心でヒューデアに詫びた。
「リチェリン」
「え、は、はいっ?」
不意に向き直られ、彼女はどきりとする。
「行ってみるか?」
「え?」
「キエヴの集落だ。長に話を聞けば、何かの参考になるかもしれない」
「キエヴの」
それは考えたことがなかった。
「馬車を使えば半日程度だ」
「そう、ですね……」
彼女はその提案を考えてみた。
(ただじっとしているより、いいかもしれないわ)
「できること」を模索している最中だ。行って何かが判るとは限らないが、動いてみて悪いこともないだろう。
「――ピニア殿を離れるのは少々気になるところもあるが、イゼフ殿の薬湯があれば大丈夫だろう。そもそも俺がここにいるのはいささかやり過ぎでもある。使用人らも彼女によく仕えているのだから」
「……はい?」
ヒューデアの言葉に、リチェリンはまた目をぱちくりとさせた。
「あの、それって、もしかして」
「キエヴの村に行くというのであれば、俺が案内するのが当然だと思うが」
首をかしげてヒューデアは続けた。
「何か問題が?」
「い、いえ……」
少し困惑しつつもリチェリンは首を振った。
カルセン村からの旅路でさえ「若い異性の同行はどうか」とされた訳だが、それは実際に何かがあることを危惧したと言うより、特にリチェリンの名誉に関わると思われたためだ。「何もなかった」という説明は「男とふたりきりで幾日も過ごした」という事実に敵わないとされるため。
(でもそれは、カルセン村でおかしな噂が立っては、という配慮だわ)
(ここではおかしなことを言い立てる人もいないでしょうし、もちろんヒューデアさんも信頼できる方なんだから)
妙な疑いを抱くのは、可愛いなどと考えるより失礼というものだ。
「判りました。お願いします」
彼女はうなずき、知らず、オルフィの心配の種を育てることになった。




