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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第2章

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10 同じだわ

(……ヒューデアさん、気にしていなければいいけれど)

 ピニアの記憶を呼び起こしたのがヒューデアの言葉だということをリチェリンは知らないが、少なくとも彼といるときに起きた出来事だ。青年が気に病んではいないかと、リチェリンこそが気に病んだ。

(あの人も自分の気持ちをあまり表に出す人ではないから、心配だわ)

 超然として見えるからと言って、心までそうだとは限らない。強く在ろうとする人は自らを殺し、平静の仮面をつけて振る舞うことがある。彼らは周りにその仮面を信じさせようとし、多くは信じて彼らに頼るが、その芯が常に頑丈だとは限らないのだ。

 もしナイリアンの騎士と呼ばれるような人物であれば、たとえ芯が弱っているときであってもそれを見せず、耐え切るのが任でもあろう。だがヒューデアは騎士ではない。キエヴの集落では何か責任を負う者であるかもしれないが、ここではそうではない。

(あとでヒューデアさんの様子も見に行こう)

 彼女は決めた。

 オルフィが聞けばまた奇妙な不安を覚えたろうが、彼女の考えはあくまでも神女見習いの立場から出るものだ。たとえそう聞いても、オルフィはやはり不安だろうが。

 ピニアが休んでいるはずの部屋に向かって廊下を歩く。すると彼女は、その扉の前に考えていたひとりの人物を見つけた。

「あ……」

「リチェリンか」

 ヒューデアは剣を抱えて扉の傍に座っていた。

「こんにちは」

 リチェリンは笑みを浮かべた。

「ピニア殿に用事か」

「ええ。少しお話をしたくて」

「生憎だが、ピニア殿はトゥプフェンに入った」

「トゥ……?」

 聞き慣れない言葉にリチェリンはまばたきをした。ヒューデアは謝罪の仕草をする。

「トゥプフェンというのはキエヴでの言い方だった。瞑想(ウィーセン)と言うのに近いと思うが、自らの気を落ち着かせ、整えるために行う」

「ああ、瞑想」

 それなら判ります、とリチェリンはうなずいた。主には神官の修行に関して聞かれる言葉だが、神官でなければしないというものでもない。

「イゼフ殿の薬で落ち着いてはいるが、少し心を整えたいとのことだった」

「ではしばらくはお会いできないわね」

 殊にピニアであれば、それは星を読むため――大いなる運命を読んでも動じないため――に行うものであるに違いない。ちょっとした相談ごとのために邪魔はできない。

「もっともあまり長くひとりにはしておかないよう、イゼフ殿から言われている」

 そのため、彼はここで守るように待機しているらしかった。

「おそらく問題は起きないと思うが」

 ヒューデアはちらりと扉を見、それからリチェリンに視線を戻した。

「どんな話を?」

「え?」

「もし俺でも聞くことのできるような内容なら、聞くが」

「え」

 目をぱちくりとさせてしまったのは何も意外だったというためばかりではない。

(嫌だ、もしかしたら私がヒューデアさんに対して思ったのと同じように)

(無理をしていないかと、気遣われているんじゃないかしら)

 そう思うと何だか可笑しいような気持ちも湧いた。

「有難うございます。でもエクール湖の話なので」

 ピニアに聞きたいのだと彼女が言えば青年は片眉を上げた。

「神子の件か」

「……ええ」

 こくりと彼女はうなずいた。

「そのことならば俺の話も少しは参考になるだろう」

「えっ?」

 彼女は驚いたあとではっと気づいた。

「もしかしたらキエヴのことですか?」

そうだ(アレイス)

 ヒューデアもうなずいた。

「ラスピーシュ王子の言っていた話……キエヴがエクールから分かれたものであるかどうか、それは判らぬ。だが闇雲に『認めない』と言い続けるのも愚かなことと感じる」

「あ……」

(同じだわ)

 神子であると信じることはできないが考えてみるのどうだろうと、彼女自身が考えていることとよく似ている。そんな気がした。

(何だか不思議)

 自分と似ているところがあるとは思いもしなかったヒューデアが、先ほどから自分と同じような思考をたどっているかのようだ。

「キエヴ族にも、神子のような存在があるのですか?」

「神子とは言わぬが」

 ヒューデアは少し迷うようにしてから続けた。

「俺自身がそれに近いと思う」

「あ……」

 精霊アミツを見る者。「アミツ」が何であるのか、それはリチェリンには判らずヒューデアもあまり上手に説明できずにいるが、「一部の民に伝わる独特な信仰対象」という点でエク=ヴーに共通している。

 そしてそれだけではない。

 リチェリンの背中にあるしるしが、エクールのもののみならずアミツのしるしとも酷似しているというのだ。そのことがヒューデアに、エクールの民とキエヴの民の関連性を真剣に考えさせる要因となっているのだろう。

(私も、もっと考えなくちゃ)

 ラスピーシュの言葉に腹さえ立てていたと見えたヒューデアが、反射的に否定をするのをもうやめている。勝負ごとではないが、負けていられないという気持ちが湧いた。

「聞かせて下さい」

 リチェリンは言うと、ヒューデアの横にしゃがみ込んだ。彼は少し驚いた顔をした。

「キエヴの民……ヒューデアさんの暮らすところはどんなところですか?」

「どんな……」

 青年は考えた。

「小さな村だ。集落と言ってもいい。長たる人物を戴き、アミツの教えに従って平穏に生きている」

「アミツの教えというのはどういうものなんですか?」

「一口で言うのは難しい」

 彼は顔をしかめた。

「だがその多くは、精神的なものだ。八大神殿の教えとそう変わらないだろう」

「たとえば愛を育み、憎しみによる争いを禁ずるというような?」

 神女見習いは真顔で問うた。

そうだな(アレイス)

 ヒューデアはうなずいた。

「だが戦い自体は禁じていない。そこはラ・ザインにも近いだろう」

 剣士は〈裁き手〉ラ・ザイン、戦士たちの神について触れた。

「平和が脅かされれば、我々は戦う。〈ドミナエ会〉に対してもそうだった」

 思い出すようにヒューデアは眉をひそめた。

「十年ほど前のことだ。異端の信仰を『正す』などと言って、連中は村に乗り込んできた。俺はまだ子供でろくに戦うこともできなかったが、ジョリスやイゼフ殿の助けで集落は守られた」

「そのおふたりが」

 彼女は驚いた。

「そのとき、おふたりが村にいらっしゃったんですか?」

「ああ。ジョリスはまだ騎士ではなかったが、キエヴの人間と縁があって、たまに我らを訪れていたのだ。イゼフ殿は神官として」

 少し、彼は間を置いた。

「彼が〈ドミナエ会〉の前身である〈神究会〉を作ったという話を聞いただろう?」

「……はい」

「その頃の罪を贖おうとしていたのだ。誰も……キンロップ祭司長はもとより、神ですら彼の過去を罰することはなかったが、だからこそ彼は罪のように感じて、キエヴのような特殊な集落を訪問しては神官としての力を行使していた」

「そう、だったんですか……」

 「イゼフ」――神に許しを請う男。だから彼はそう名乗っているのだと、リチェリンもまた気づいた。


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