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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第2章

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08 探していたのは

「あんたを騙す気はなかったよ、買い取りとしちゃああんなもんだ」

「あのときの金額に苦情を言いにきたのでもない。だが、もし私が買い戻したいと言えば?」

「はー、参ったねえ!こりゃ」

 商人は言葉と裏腹ににやりとした。

「こういうのは、あれだ。買い手同士に相談してもらうのがいいかねえ」

 値を釣り上げさせようという魂胆であることは判りやすかったが、オルフィには困る理由も焦る必要もなかった。というのも、それは見知った顔だったからだ。

「まさかこいつがソシュランさんのものだったとはなあ」

 苦笑めいたものを浮かべてオルフィはエクールの戦士を見た。それは確かに、畔の村の守り人だった。

「驚いたなあ、こんなとこで会うなんて。守り人は滅多に外に出ないだろ?……と、思ってたから」

 こほんとオルフィは咳払いをした。

「つまり、何だかあの村の人たちは外に出ない印象を持ってたけど、そうでもないんだってことだ」

 どうにかそれっぽいことを言ってごまかす。

「そう言えばたまに出る人もいるとかって」

 ほかでもないこの商人から聞いたのだった、とオルフィは思い出した。

「でもそれがソシュランさんだとはな」

 守り人は本来、土地に属する存在である。もし「旅に出た人物を当てろ」と言われたら、オルフィは最後から二番目まで当てられなかっただろう。最後はもちろん長老だ。

「いったい何でまた。今日だって……」

 何をしに村を離れ、こんなところまできているのか。彼の知っている――知っていた村とは何か常識が違っているのかもしれない、ということも考えた。

「探しにきた」

 というのがソシュランの答えだった。

「へえ」

 守り符は確かに大事なものだが、村の戦士でもあればすぐに新しいものを作ってもらえるはずだ。失った事情の詳細は判らないが、どうしてもラルが必要で売ったということなら仕方のない事情で、不謹慎だなどとは思われないだろう。

(ま、ソシュラン自身が不名誉だとか思ってるってことはあるかもしれないけど)

「おいおい、本当に買い戻したいのかい?」

 商人は困惑した顔を見せた。

「だが、こっちの兄さんも、なあ……」

 そしてちらりとオルフィを見る。

「あ、俺は競りに参加する気はないよ」

 ひらひらと彼は手を振った。

「この人のものだったんだろ、もともと。何も買値で戻せとは言わないけど……」

「うちは質屋(バンドン)じゃない。そんなこと、できるはずがない」

 商人は一転、表情を険しくした。

「一度買い取ったものにどんな価格をつけようが、それはこちらの自由だ」

「そんな言い方は」

「ままま、そうだよなあ」

 シレキが諫めるように前に出た。

「商人さんの言うことはもっともだ。だが、売れないものを後生大事に抱えてるよりは、もういくらか負けてもラルを懐にもらった方がいいんじゃないか?」

「そりゃそうさ。だが、そう言われて『はい、仰る通り』と値引きをしてたら商売なんて成り立たないんだ」

 ふんと男は鼻を鳴らした。

その通りだな(アレイス)

 同意したのは、ソシュランだった。思いがけなかったか、商人は目をしばたたく。

「お前はいまいくらで彼にこれを売ろうとしていた? 百か?」

「百二十だ」

「そのあとで百十まで下げたじゃないか」

 オルフィは指摘した。商人は顔をしかめて認めた。

「五十までなら出そう」

「何だって。話に――」

「そして、いままでの保管料としてもう五十。これでいかがか」

「む」

 商人は考えるようにして、それからにっこりと笑みを取り戻した。

「結構。商談成立ですな」

「おいおい……」

 とオルフィは思ったが、ソシュランが払うと言うものをとめるのも妙な話だ。あとは黙って彼が守り符を取り戻すのを待っていた。

「ま、せっかくだ。思いがけない再会を祝って、向こうの屋台街で食事でもするか?」

 奇縁の商人と何とかにこやかに分かれると、シレキが提案した。

「あんたが村を出てるってのは、奇妙な状況に思える。時間があるなら話を」

「無い」

 ソシュランはシレキの言葉を遮った。

「そっか」

 オルフィは頭をかいた。

「じゃあ気をつけて――」

「何を言っている?」

 戦士は片眉を上げた。

「お前もくるんだ」

「へっ?」

 オルフィは素っ頓狂な声を上げた。

「私は『探しにきた』と言った」

「そ、それは守り符のことじゃ」

「これは(しるべ)になった。長老は、これを探せばお前に行き着くと」

 取り戻した白い守り符をきゅっと握ってソシュランは言った。

「つまり、私が探していたのはお前だ」

「なっ、何で」

 オルフィは焦った。

「俺は長老に、出て行けと言われた。『災いを招く者』だからと――」

「お前が何者であるか、長老はご存知だ」

 ソシュランは言い、オルフィはやはりと思った。何者というのはもちろん、ヴィレドーンのことであるはず。

「だがそのことも踏まえて、お前を呼ぶべきだと言った人物がいる。長老も同意なさった」

「え?」

 オルフィは目をしばたたいた。

「それって……いったい」

「くれば判る」

 そう言ってソシュランは歩き出した。オルフィとシレキは顔を見合わせる。

「どうするよ? オルフィ」

「そ、そうだな」

 急いで彼は考えた。

「おっさんはさっきの猫の話を追ってくれ。で、何か判ったら必要に応じてナイリアールに戻ってくれ」

「……信じるのか?」

 シレキは目を見開いた。

「あ?」

「猫がどうのなんて、話だよ」

「正直、珍妙だとは思うさ」

 オルフィは素直に言った。

「でも俺はおっさんのことを信頼してる。何言ってるか判んないときもあるし、隠してることもあるんじゃないかと思うけど」

「む」

「でも、信頼してる」

 繰り返してオルフィは微笑んだ。

「……おう」

 シレキは驚いたような顔を見せながら、こくりとうなずいた。

「何かあればナイリアールに伝える。特になければ、そっちを追うぞ」

「ああ。判断は任せるよ」

 オルフィもまたうなずき返す。

「じゃソシュラン、行くとしようか」

 言って彼は村の戦士を促した。ソシュランはじっと彼を見て、それからくるりと踵を返すと先に立った。

 残されたシレキはそれを見送りながら、どこか気遣わしげな表情を浮かべた。


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