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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第2章

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06 お嬢様

 気の毒な子供を助けてやろうと思う善人だって、誰も彼も拾って衣食住や仕事を世話することはできないだろう。家も仕事もない子供たちは数いるのに、そのなかでたまたまマレサが聖人のような人物と出会い、恩恵を受けるものだろうか。

 もちろん、そうした「偶然」だってあるかもしれない。何より彼女が無事でいると判ってバジャサたちが安堵し納得しているのであれば、オルフィが口出しすることでもない。

「まあ、馬鹿な真似をした結果がこれなら、上々だと思う訳」

 そんなふうに行ってマレサの兄は肩をすくめた。

「落ち着いたらまた手紙を書くってあったし……そのときには世話になってる人の名前や居場所くらい、記しておいてほしいもんだけど」

「そう、か」

 すっきり解決、とはいかなさそうだ。だが最悪の事態は免れていると言えるのではないか。いくらかは嘘が含まれているとしても、少なくとも生きているのだし、盗賊に身を落としているのでもなさそうだ。

「まあもし兄さんがまたナイリアールに行って、もしあいつに会うことでもあれば、様子見てやってくれよ」

 ははっとバジャサは冗談めかして言ったが、本音であるかもしれなかった。

「あっ、悪かったな、俺ばっかり話しちまって」

 少年ははっとしたようだった。

「俺を探してたのか? 何か情報が必要とか?」

「いや……」

 言いかけてオルフィは迷った。

 「情報屋」バジャサを探していた訳ではない。だが彼は確かに、この橋上市場付近の情報を欲している。しかしここで、ハサレックへの敬意をいまだ捨てきれない少年に、元騎士に対する人々の声について尋ねるのは酷であるような気もした。

「ちょっと通ったから、顔を見にきただけだよ」

 ハサレックの話はほかからも聞けるだろう。そう考えてオルフィは気軽な調子を装った。

「マレサのことも判って安心した」

 これは本心である。

「そっか。今度はどこに行くんだ?」

「あー……〈はじまりの湖〉に」

 またナイリアールに戻ると言うのもおかしいと感じ、とっさに出てきた出鱈目がそれだった。

「ふうん。忙しいんだな」

 バジャサはまた言った。確かにそう見えるだろう。

「じゃ、また寄ってくれよ」

「ああ」

 うなずいてオルフィは少年と分かれた。

 きた道を引き返し、シレキのところへ戻ろうとしたオルフィは、少しぎょっとした。と言うのは、遠くから見たシレキがうずくまるような体勢でいたからだ。

「おいっおっさん。大丈夫か!?」

 休めば回復すると言っていたのに、まるで悪化して苦しんでいる風情だ。慌てて彼は駆け寄り――。

「あ?」

 平然とシレキが起き上がるのでがくっとした。

「何だよ。心配させんなよ」

「あん?」

「だから、苦しそうにしてたから俺、てっきり」

「ああ、成程」

 判ったと言うようにシレキはうなずき、それからわははと笑った。

「何だかんだといい子だなあ、お前さんも」

「ちぇっ。もうあんたの心配はしないことにするよ」

 顔をしかめてオルフィは舌を出した。

「そう言うな。ちょっと話をしてたんだ」

「話?」

 オルフィは目をぱちくりとさせた。

「地面と話してでもいたのかよ」

「ばか。地面が話すか」

 言ってシレキはひょいと横を向き、指を差した。その先を見てオルフィは口を開け、苦笑する。

(ミィ)と話してたって?」

 そこでは茶色い縞柄の猫が、オルフィを警戒したか少し離れてこちらを見ていた。

「何だ。文句でもあるのか」

「文句はないよ。おっさんの猫好きは承知だし。でも猫は話さないだろ」

 当たり前のことを言ったつもりだったが、シレキはオルフィが太陽(リィキア)が西から昇ると言ったかのように呆れた顔をした。

「お前なあ。どんな動物にだって意思はあるんだぞ。お前だってクートントに声をかけたりしてたろうに」

「俺がクートントに『今日も頑張ろうな』とか『あともうちょっとだから辛抱してくれ』とか言うのと、猫好きのおっさんが通りすがりの猫に話しかけるのは似て非なることだと思うんだが」

 だいたい、とオルフィは首を振った。

「俺はあくまでもクートントに『話しかける』んであってクートントと『話した』ことはないね」

「なかなか、向こうの言葉は判らんもんなあ」

 うんうんと同意がきた。

「だが動物の方はお前が思ってるよりも賢いぞ。特に人と暮らしているような動物は、何か言えば大意は理解するもんだ。ましてやよく話しかけたりしていればな」

「まあ、そういうことも、あるかもしんないけど」

 調教師(キロス)の口上に、オルフィはしかしまた首を振った。

「いまの場合は?」

「うん?」

「その辺の野良猫に、おっさんの恋人ならぬ恋猫を知らないか、とでも訊いたのかよ?」

 そして果たしてそれは通じるのか。オルフィは胡乱そうな顔を隠さずに言った。

「あのなあ」

 シレキは唇を歪めた。

「いくらマズリールが冒険をしても、マルッセからここまではこんだろう」

「否定するのはそこなのかよ」

 マルッセの町から近ければ訊いた、とでも言わんばかりだ。いや実際、もしかしたらときどき、訊いていたのかもしれない。

「俺が訊いてたのはマズリールのことじゃない、ハサレックのことだよ」

「ふうん、それなら……はっ!?」

 聞き流しかけたあと、オルフィはまじまじとシレキを見た。

「まあ、俺自身も話しかけてるんであって、向こうの言うことはあまり判らないんだがな」

 シレキはあごをかいた。

「……それじゃ、尋ねても意味ないんじゃないか?」

 仮にシレキの言葉が猫に通じたとし、更に猫が答えを知っていたとしても、返答が判らないのであっては。

「いやいや、大意は判るんだ」

 男はそう主張した。

「最初の内はこっちの言いたいことを伝えるのが精一杯だったが、まあ、いろいろやってみるたびに相手の主張もいくらかは判るようになった」

「はあ」

(俺はいまいち、おっさんの主張が判らないが)

 正直なところは飲み込んだ。

「で? そちらの愛人(・・)は何て?」

「馬鹿野郎、俺はマズリール一筋だ」

「あー、悪い」

 謝るところなのか判然としなかったが一応謝った。

「怪しい連中がいることにはいるらしい」

「『怪しい連中』?」

 オルフィは繰り返した。

「そりゃまた曖昧な」

「仕方ないだろう、伝わってくるものは曖昧なんだ」

 大意だよとシレキはまた言った。

「で、どんなふうに怪しい連中がどこで何を」

「詳細は判らんが、橋の向こうでのことらしい」

 シレキは東を指した。

「こちらのお嬢様(セリ)の話によるとだな」

 真顔で男は言い、オルフィは余計な指摘はしないことにした。

「このところ、普段は人気のない倉庫に人間どもが夜な夜なたむろってるんだそうだ」

「急に詳しくなったような」

「ああ、多少ばかり俺の意訳(・・)も入ってる。何でも彼女が普段巡回する倉庫に無粋な侵入者がいるということでな」

 そのためにいつもの行動が取れず、「彼女」はご機嫌斜めということらしい。

「詳しくは橋向こうにいる奴に訊けとさ。この時間帯にわざわざ橋を渡る気はないようだ」

「はは、は」

 オルフィは笑いのようなものを浮かべるしかなかった。

「疑うんならそれでいいさ。俺も慣れてる」

「とりあえず、その倉庫とやらを探してみるか」

 ふたりの声は重なり、ふたりは互いに聞き取れず、聞き返すことになった。

「だから」

 オルフィの方が先に言い直した。

「まずお嬢様(・・・)の仰る、橋の向こうへ行くとしようじゃんか」

「そうか」

 シレキは目をぱちぱちとさせた。

「有難うよ」

「あ?」

「いいや」

 何でもない、と男は手を振った。


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