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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第6話 静かなる魔手 第2章

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01 アレンズ地方三大国

 ラスピーシュのおかげで、オルフィはキンロップとシレキのやり取りをほとんど上の空で聞くていたらくとなった。

 シレキがちらちらと心配そうに見てくるのに気づき、はっとして集中しようとしたが、気づけばラスピーシュの言葉について考えている。

(リチェリンと、カナトと、神子)

(あいつ、何を掴んだんだ?)

(いや……そもそも、何を知ってるんだ)

 〈湖の民〉に関わる話を慎重にしたいというのはオルフィ――ヴィレドーンも同じことだ。だが彼には「故郷を守りたい」「自分の過去を当座は隠しておきたい」というふたつの動機がある。ラスピーシュには、いったい?

(ラシアッドのためになる話が、何かあるってことか?)

(エクール湖はラシアッドに近い。あんなところに密偵を放ったら目立つだろうけど、もしいくらかは調査の対象だったとして)

(三十年前のことを知っていたら、あの村は危険だと判断するだろうか?)

 一歩間違えば畔の村どころか、半径何十ゴウズにも渡って影響が出たかもしれない。となればラシアッドは大きな被害に遭っただろう。

(しかしあれはエク=ヴーのせいじゃない。エク=ヴーはあの炎を追いやろうとして……)

 ちかっと目の奥が痛くなった。

(あれ? 何だ?)

 彼は目を押さえる。

(まだ……そうだ、俺はまだ思い出していないことがある)

(それともまだ知らないこと)

「おい、オルフィ。聞いてんのか?」

 ついにシレキが彼を呼んだ。

「あ、ああ。もちろん」

 聞いてるさと彼は答えた。

「ハサレックが〈ドミナエ会〉の一部と組んでた可能性が出てきた、ってんだろ?」

そうだ(アレイス)

 シレキはうなずいた。

「最初にやり合ったことは、やり合ったみたいだな。そのときのハサレックの心情は判らないが」

 ナイリアンの平和のために汚れ仕事を引き受けたというような発言は、いまにしてみれば嘘臭く響く。だが彼の転換点がどこにあったかは判らない。もしかしたら最初は本当に言った通りのことを考えていたのかもしれない。ざっとシレキはそんなことを言った。

「……いや」

 オルフィは呟いた。

「俺はあいつと少し話した。死にかけたことは本当で、九死に一生を得たときに価値観が変わったというようなことを口走っていた。あれは本音だと思う」

「ふむ……」

「死に瀕した人間は『人が変わる』ことがある。まるで憑き物が落ちたようにな」

 祭司長は肩をすくめた。

「悪人が心を入れ替えるならばよい話だが、ハサレックは逆だったということか。もっとも」

 ふう、とキンロップは息を吐いた。

「騎士の任が重荷であったのであれば、それを捨てるということが彼の解放だったのかもしれん」

「……それを受け止め、支えきってこそ、ナイリアンの騎士だ」

 黙っていられず、彼はそう言った。

「――もっともだ」

 キンロップは同意し、じっとオルフィを見た。居心地悪く、彼は身をもぞもぞとさせた。

「元騎士殿の考えはどうあれ、〈ドミナエ会〉の拠点がいくつか潰されたのも確かのようだ」

 ふたりを見ながらシレキが言う。

「ただそれがハサレックの仕業であるか、連中の親分(ジェレン)は明言を避けた」

 ジェレンとの言いようにキンロップは少し眉をひそめたが叱責はしなかった。

「本気で潰しにかかってると思しき相手と組む……何も戦ってる内に友情が芽生えた訳じゃないだろう。そこには〈損得の勘定〉があったと」

「それって、どんな」

「〈ドミナエ会〉には派閥があるという話だ」

 キンロップはいつもの渋面よりもしわを深くした。

「そうか、ある一派に都合の悪い人物だけが死んでった、って訳か」

 成程とオルフィはうなずいた。

「そいつらがハサレックの協力者?」

「どっちかってえとハサレックが協力してやった側かもな」

 シレキは口の端を上げる。

「それならば敵対しながら手を結ぶことができるな」

 キンロップは相変わらず苦々しい表情を見せていた。祭司長には〈ドミナエ会〉のこともコルシェントやハサレックのことも悩ましい、または腹立たしいことであるのだから、終始不機嫌と見えるのも致し方ないかもしれなかった。

「つまり……物事を過激に運ぼうって一派がいて、ハサレックの手を借り、穏健派を倒していた?」

「そういう話だ。連中の活躍(・・)時期と場所を確認したところ、黒騎士の足取りと一致してる」

「それに関しては、〈ドミナエ会〉を放置していた私に責任がある」

 祭司長は呟いた。

「しかし、異なる思想の相手を異端として対処するようでは〈ドミナエ会〉と同じだ」

「八大神殿はエク=ヴー信仰、アミツ信仰も認めてる……と言うか、黙認してる。なまじ〈ドミナエ会〉がかりかりするから、却って鷹揚にならざるを得ないということもあるのかね?」

「なくはない」

 キンロップは認めた。

「かつては〈はじまりの湖〉の信仰を王に倣って敵視していた時代もあるようだからな」

 その発言にまさしくその時代に近いものを知っているオルフィは沈黙するしかなかった。

(あれは敵視と言うのでもなかった)

(下らぬきっかけによる逆恨みと、目障りだから消してしまおうという幼稚な考え)

(いや……考えるな)

 いまはそのときではない、と彼は気を落ち着けた。

「この様子だと奴らの完全分裂も間近のようだな。何しろ問題の過激派が、脱退しそうなんだそうだ」

「脱退? でも」

 オルフィは首をかしげた。

「脱けてもらったところで、こっちに特にいい話はないんじゃないか? むしろ抑える奴らと離れられたら歯止めが効かなくなる」

「それがどうやら、ナイリアンを離れてカーセスタへ行くことをほのめかしてるらしい」

「カーセスタか」

 キンロップはうなった。

「それはそれで面倒なことだ」

「南の大国に逃げられちゃさすがに追えないということもあれば……」

 シレキは南の方を指差した。

「ハサレックが既にそこに逃げのびてる可能性が出てくる、と」

 元騎士と繋がりのあった一派であるなら、彼の力を借りようと考えることも有り得る。そして剥奪されたものであろうと元〈青銀の騎士〉の肩書きは他国の目に魅力的に映るはずだ。高い技術と知識を持ち――ナイリアン国の内情に詳しい人物。

「他国に身売りするほど堕ちたとは思いたくないものだが、きれいごとよな」

 祭司長は息を吐いた。

「カーセスタ王ってのは、どんな人物なんだ?」

 オルフィは尋ねた。

「あまり野心家ではないと聞く。だが周辺にどんな人物がいるか……或いは現れたかは判らない」

「コルシェントのように?」

「またはハサレックのように」

 シレキの言葉にオルフィが続けた。

 カーセスタ。

 それはナイリアンの南に広がる断層〈サリアサの谷〉セモデ広原を越えた向こうにある、大きな国だ。歴史はナイリアンよりも古く、アレンズ地方三大国――ナイリアン、カーセスタ、ヴァンディルガ――の「最長老」である。伝統や格式を重んじ、ナイリアンではとうに失われたような古い祭事も毎年行われていると言う。「識士(カファ)」と呼ばれる学者が力を持っており、国の性格としては本来、武よりも知という感じだ。

 ナイリアンとは行事の際に使者を送り合う友好関係にあるが、たとえば君主同士が親密ということもなければ血縁関係もない。いや、過去にはあったが嫁も婿も傍系で、言葉の上以上に「二国の友情が深まった」訳でもなかった。

 どちらも西方のヴァンディルガを刺激したくないという気持ちがある。

 かつての「血のつながりの薄い」婚礼の前後、ヴァンディルガは両国の密偵が慌てて報告してくるほど一気に軍事力を強化し、ナイリアン、カーセスタとの国境線を脅かしたのだ。向こうにしてみれば結託して攻め込まれる前の防衛準備というところかもしれないが、もう一歩進めば「攻め込まれる前に攻めろ」になり得た。

 ナイリアンには騎士たちもいるし、正規軍も訓練を欠かしておらず、もし侵略行為を受ければ対抗することはできる。だがナイリアンにせよカーセスタにせよ、意味もなく国力を疲弊させたくはなかった。

 結局当時は三国がそれぞれ警戒しただけで終わった。

 ヴァンディルガの挑発とも取れる行動に反応を返さないことで、それ以上緊張が高まることはなかった。

 これにはナイリアンでも賛否両論あった。何もしないのは勇気と忍耐を必要とするからだ。国境方面に軍を派遣しないで本当に攻め込まれたらどうする、という声はもちろんあり、結果的にそうならなかったのはヴァンディルガが踏み切らなかったからというだけだ。

「カーセスタか」

 キンロップはまた言ってまたうなった。

「事実であれば面倒だが……」

 確かめる術もない、というようなことを祭司長は呟いた。

「……もし」

 シレキが片手を上げた。

「俺を信頼してくれるなら、いっちょ隣国の様子をうかがってきてもいいんだが」

「それは私に許可が出せることではない。出せたとしても認めないな」

 すぐさまキンロップはは首を振った。

「権限がないのは判ったが、あってもと言うのは何でまだ」

「当たり前のことだろう。他国では何が起ころうと責任が取れん」

「別に責任を負ってくれとは――」

「訓練も補償もなしに放り出せないって話だよ、おっさん」

 オルフィはシレキの肩にぽんと手を置いた。

「諜報活動については俺もほとんど知らないが、秘密裡に訓練された奴らがいることは間違いない。だが」

「『ほとんど知らない』?」

 キンロップが聞き咎めた。

「他国を探る役割の者が公的に存在する、と知っているのはひと握りの人間だけだ。城内にいれば噂のひとつも聞くことはあろうが、わずかなりとも知っていると言うのは」

「あ、いや、知らないさ」

 オルフィは手を振った。

「でもこの前、王子殿下が言ってたろ。ちらっと」

「そうした流れには聞こえなかったが」

 じろりとキンロップは青い目でオルフィを見る。

「どこでいつ誰から聞いたか、そのようなことをいま探る必要はないな。ただ、もしその人物が城内の人間であるなら告げておけ。そうしたことを軽々しく話すものではないとな」

「あ、ああ……」

 少し気圧されて、オルフィはこくりとうなずいた。

(体格は小柄なのに、迫力のあるおっさんだよな)


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