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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第二部 第6話 静かなる魔手 第1章

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13 過去の記憶

「は?」

 オルフィの慎重な問いかけに、しかしシレキは素っ頓狂な声を出した。

「どこまでって何だ。〈ドミナエ会〉のことはだいぶ判ってきたが……」

違う(デレス)。それも重要だけど、いま俺が訊こうとしたのはそうじゃなくて」

 彼はじっと相手を見た。

「ラバンネル……術師、は、俺のことについて、あんたに何を話したかってことだ」

 それはシレキと再会して以来、気にかかっていたことだった。どうやら全てを知っている様子はないものの、ふたりだけで話す機会がなくて、これまで掴めずにいた。

「ああ、そういうことか」

 判った、とシレキはうなずいた。

「俺が知ってるのは、お前が過去の記憶を持っているということ。彼らが若く、現役(・・)だった頃、その記憶の人物もまた同様だった。〈名なき運命の女神〉がほんのちょっと悪戯をしたら肩を並べて戦うこともあったかもしれないと、そんなふうに聞いてる」

「ラバンネル術師がそんなふうに?」

「言ったのはアバスターだそうだ。だがラバンネル術師も同じように感じてるとさ」

「面映ゆいよ。俺は、彼らに助けられただけなのに」

「そういうのはタイミングさ」

 シレキは肩をすくめた。

「その道を進んだから助けられたが、ひとつ前で曲がっていたら助ける側だったかもしれない」

「はは、礼を言っておくよ」

 励まし、または慰めの言葉にオルフィは笑って手を振った。

「――それから?」

「それから」

 オルフィは促し、シレキは両腕を組んだ。

「その記憶はほかでもないお前さん自身のものだということ」

「……ん?」

「ああ、そうか、つまりな。呪いや憑きものの類じゃないってことだ」

「成程」

 それは考えたことがなかった。他人の記憶に翻弄されているのでないことは、誰より彼自身がよく知っている。

「それと、お前さんがたとえば五十歳だが十代に見えているというのでもないこと。その肉体は間違いなくクソ忌々しい十代の身体」

「『クソ忌々しい』ってのは何だよ?」

 苦笑してオルフィは尋ねた。

「そりゃお前、この年になればだな、若く力に溢れる身体を羨ましく思ったりするもんだ。あの頃はよかったなあとか、いまあの頃みたいに身体が動けば経験のない若造どもになんか負けんのにとか、そういう益体もない繰り言が浮かぶ訳だ」

 ひらひらとシレキは手を振った。

「不老不死、若返り、なんてのは俗っぽいが誰でも抱きがちな夢さ。魔術は外見だけなら若く見せることもできるが、実際に肉体や頭を若くすることは無理でな。ま、研究をする魔術師はあとを絶たんらしいが」

「俺は」

 オルフィは戸惑った。

「じゃあ俺はどうなんだ? 俺の身体には何が起きたんだ」

 シレキの言う通り「若返った」ということになる。赤子か、もしくは記憶のないほどの幼子まで。

「それは判らない」

 男は首を振った。

「ラバンネル術師なら、少しは見当もつくんだろう。もしかしたら知ってるのかもしれん。だが俺は聞かなかった」

「いまの話からすると、魔術じゃないってことだな? つまりラバンネル術師の技じゃない」

「ああ、違うな。いかに大導師と言われても、何でもできる訳じゃない」

「それは、言ってた」

 思い出してオルフィはうなずいた。

「自分はたまたま強い魔力を持って生まれ、学ぶ機会にも恵まれて大導師とまで呼ばれるようになったが、ほかの人間が想像するほど思い通りに道を進めるものじゃない。力を持つからこそ大きな責任もあれば、力を振るえるからこそ過ちが怖ろしい。確か、そんなことを」

「彼らしい、な」

 シレキは口の端を上げた。

「俺は彼に師事した……と言えるほどじゃないが、いろいろ教わった。まあ、俺は師のように思ってるんだが、彼は俺が学ぼうとしたから学べたのであって自分の功績ではないと、そんな感じのことを言う訳だ」

「アバスターもそんな人だ」

 オルフィは呟くように言った。

「できることをしてきただけ、できなかったこともあった、英雄なんて呼ばれるのはおこがましく感じると。それに」

 オルフィはくすっと笑った。

「『ずる(・・)もしてる』なんて言ってたな。ラバンネル術師の魔術のことだと思うけど」

「ずる、ねえ」

 シレキも苦笑した。

「ま、そんな人たちだからこそ英雄と言われる訳だけどな」

 持ち上げられて彼らが増長していたら、その名声は長々と残ることはなかったかもしれない。少なくとも「影では実はこんなことが」という類の噂も出回っただろう。そういうものだ。

「で、そんな人たちは、お前さんが『誰』であるか語るのはお前さんに任せるんだと」

 シレキはそう続けた。

「だから俺は、お前がオルフィであるという以上のことは知らん」

「過去の記憶を持っていても?」

「あん?」

「だから、それでも俺は、あんたの知ってるオルフィかな」

「そりゃ、それでもお前は、オルフィだろ」

 シレキはさらっと返した。

「もっとも、過去を思い出したせいなのか、少々、感じが変わったところはある」

「そう……か?」

 自分ではよく判らなかった。オルフィは目をしばたたく。

「雰囲気だけでもない。剣技なんかは、少なくともお前、籠手の力だけじゃないだろ」

「……まあ、な」

 いくらか知られている相手にずばりと聞かれては否定もしづらい。オルフィは認めた。

「過去の俺は、自分で言うのもどうかと思うが、結構な使い手だったよ。その技は身体が覚えてる。記憶のない俺からそれを引っ張り出してくれたのは確かにアレスディアだが、黒騎士相手に出た体術なんかは俺が覚えたものだった」

「だろうと思ってたよ。そりゃまあ、あんときは思いもしなかったけどな」

 あのときシレキは「オルフィが戦えるとは思わない」と言ったのだ。当然の判断だったろう。オルフィ自身、同じように思っていた。

「言いづらいなら、聞かないさ。だがラバンネル術師は……それからカナトも、お前に忠告を寄越したな」

「カナト?」

ああ(アレイス)。お前はオルフィだと。過去の自分に呑まれるなってことさ」

「呑まれや、しないさ」

 彼は口の端を上げた。

「確かに過去の俺の方が過ごした時間長いし体験は強烈だけど」

「強烈?」

 シレキは片眉を上げた。

「王家の宝を奪っての逃亡生活より強烈な体験をしてたって?」

 奪ったというのはシレキなりの冗談だと判ったので特に抗議はしなかったが、肝心の質問については答えに迷った。

「……俺はさ」

「うん?」

「〈湖の民〉なんだ」

「何だって?」

「あの畔の村。俺はあの場所で生まれ育ったんだよ。でも外の世界に憧れてな、十五歳そこそこで飛び出した。剣を初めて取ったのはその頃だったけど、運よく手に馴染んでさ……」

 成人すれば軍に入れることは判っていたから、そのつもりで首都を目指した。家を出てきたという後ろめたさから出身地を偽り――もしかしたらそれが運命の分かれ道のひとつだったのかもしれない。

 〈湖の民〉であると知れていたら、彼が騎士に選定されることはおそらくなかっただろう。

 だが意味のない仮定だ。剣士としての頭角を一気に顕した彼は順当に小隊長、中隊長と昇った。もともと文字を読むことはできたから、興味の赴くままに様々な本も読み、積極的に知識も身につけた。そんな彼を面白がった貴族の推薦で騎士の試験に臨んで、見事第二位の漆黒位を得た。

 初めはその伯爵に恩も覚えたが、のちにほかの貴族との勝負――賭けの対象にされていたことを知って、〈損得の勘定〉は果たしたと考えた。

 個人として負うものは何もなかった。

 あるのはただ、ナイリアンの騎士としての責任だった。

 故郷の村ではあまり騎士のことは知らなかったが、「お話の英雄」に対するような憧れは持っていた。兵士時代に憧れと尊敬はますます育てられ、今度は自分がそれを担っていくことを誇りに思った。

 彼より少し先に白光位となったファローとも親しくなっており、あの頃はそのまま平穏で充実した日々が続くのだと、無邪気に信じていた。

 下世話な、しかし重大な噂話を聞くまでは。

 剣を捧げた国王が、彼の故郷につまらぬ反感を抱いていると知るまでは。

 そして思い出の娘が、原因不明の事故死を遂げるまでは。

「――オルフィ?」

「あ、ああ」

 オルフィははっとした。

「いろいろ、あったんだけど、ある出来事をきっかけに俺は十数年ぶりに村に帰ったんだ」

 彼の「出世物語」からあの「裏切り」までを「いろいろ」と「ある出来事」に押し込んでしまい、彼はそう言った。

「でもそのとき、俺は自分でも思いもよらないものを村に呼び込んでいた。その……おっさんたちと畔の村に行ったとき、俺はひとりで長に会っただろ。長は俺を『災いを招く者』と言ったんだ」

「災いだって?」

「ああ。長は神子とは違うけど、やっぱり湖神と繋がりがあって、不思議な感性を持つんだ。それで俺のことも気づいたんだと思う。それに、外見は親兄弟以上に似てるはずだからな……」

 もし十五前後の「ヴィレドーン」を覚えていれば、十八の「オルフィ」はその三年後の姿と酷似しているはずだ。単純に、それで気づいたということもあるかもしれない。

 実際には三年どころではないのだから普通なら他人のそら似と思うだろうが、きっかけが何であったにせよ、長が何か尋常ではない感覚で彼をヴィレドーンと判定したことは間違いない。


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