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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第二部 第6話 静かなる魔手 第1章

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08 休憩

 それは少し曇りがちな日だった。

 リチェリンはひとり、王城への道を歩いていた。

 なるべくひとり歩きは避けるようにと言われていたが、常に「護衛」を伴うこともできない。オルフィもヒューデアもシレキも、毎日忙しくしているからだ。

 彼女自身としては、やはり自分が神子だとは思えずにいたが、それでも「誰かがそう思っているかもしれないこと」を軽視はしないようにしていた。もしもまた自分がさらわれるようなことになれば、オルフィたちに迷惑がかかるからだ。

 だからひとりで出かけるときは、必ず明るい時間帯に人通りの多いところを歩く。また魔術師に狙われるようなことがあればこの警戒にもあまり意味はないが、それならば護衛を連れていたって意味がない。閉じこもっていたところで同じだ。

(私にできることは、あまりないわ)

(もし仮に、本当に私がどうしてか神子という存在なのだとしても、〈はじまりの湖〉にくるよう言われている訳でもないもの)

 神子は湖の近くにいなければならないとか何か修行をしてすごい力を身につけなければならないとか、そうした話になればなったで困惑しただろうが、考えて決断しなければならなかっただろう。しかし幸いにしてと言うのか、エクールの娘であるピニアもリチェリンに向かって湖へ行けなどとは告げなかった。

「あなたがここにいるのなら、それが湖神の意思だから」

 それがピニアの言葉だった。だから強いて戻ったり――リチェリンには「戻る」という感覚はないが――何か修行をしたりする必要はないのだということだ。

(自分でもおかしなことだと思うけれど)

(修行というようなものでも、やるべきことがあったならばもう少し気が楽かもしれないわ)

 ハサレックがどこへ行ったのか、ほかにも何か企みごとがあるのか、その疑念と懸念は解決を見ないまま。彼女はそれについて何かしなければならない立場ではないが、気にかかって仕方なかった。

 何しろオルフィは毎日城へ出かけ、剣の訓練をしていると言うのに。

(……どうしてかしら)

(いったいいつの間に、あの子はあんな剣技を身につけたの?)

 最初はそれは「不思議な籠手の力」と説明された。オルフィ自身驚いていると。だがリチェリンは、それだけではないように感じた。

 具体的な根拠はなかったが、もしそういう事情なら彼はもっと驚いたり困惑したり、場合によってははしゃいだりしそうなものだと思った。驚いているというのも口先だけのようで、彼女は不思議でたまらなかった。

 それとなく尋ねてみることもした。しかしやってきたのは「実は前から興味があって少しずつ練習していたんだ」などという、とても納得できない返事だった。「少しずつ練習していた」という程度の技術でないことは、素人目にも判る。

 ヒューデアも驚いていた。彼ならば、たとえ相手が剣を持っていなかったとしても実力者であるかどうか見て取るだろう。少なくとも全くの素人と騎士級の技を持つ者の違いは、ヒューデアには判るはずだ。

 しかしその彼でさえ、サレーヒと互角に打ち合うオルフィに目を見開いていた。もちろん、当のサレーヒだって驚いていただろう。彼もまたヒューデアと同じかそれ以上の目を持っている。あのとき城門でジョリスに会いたいと言って兵と揉めていた若者がこのような使い手でなかったこと、彼は騎士位を賭けてもいいと言うだろう。

 オルフィに何かが起きた、というのがヒューデアやサレーヒの推測――目に見える〈ラ・ザインの証立て〉はなくとも、剣士としての経験からくる「勘」は彼らには十二分に根拠となる――だったが、それが何かということになると見当もつかなかった。やはりオルフィは多くを語らなかったからだ。

 オルフィによる剣士たちへの説明は、リチェリンにした二点に加え、「旅の途中で素晴らしい剣士に出会い、師事した」という、やはり説得力のあるものではなかった。一朝一夕に身に付く技術でないことを彼らはよく知っている。

 だが彼らは問い詰めなかった。多くは籠手の力であるというオルフィの説明を疑わなかったか、或いは疑わないことにした。つまり、オルフィの――ヴィレドーンの秘密は隠されたままだった。

(いつかは、話してくれるわ)

 彼女は信じていた。

(そのときまで、待ちましょう)

 リチェリンらにはレヴラールから特別の通行許可証が出され、自由に王城に入ることができるようになっていた。もっとも「城」そのものに入ることは滅多にない。オルフィが訪れるのは兵舎の一角であり、リチェリンはオルフィを訪れるからだ。

 慣れてきた道を行き、裏門の番をしている兵士に挨拶をして、リチェリンは城壁を越えた。時刻は昼時、彼女の左手にある籠のなかにはオルフィとヒューデアのために用意した昼飯が入っていた。

(きちんと休憩は取らせないとね)

 放っておくとふらふらになるまで訓練をしているのだ。騎士がいるときはそれでも騎士が気遣って休ませるが、オルフィとヒューデアのふたりのときはまるで根比べのように頑張ってしまうことは既に判っている。

 彼らはピニアの好意で彼女の館に世話になっていたが、何もしないのは心苦しいとリチェリンは食事の支度などを手伝っていた。その流れで厨房を使わせてもらい、彼らに簡単な弁当(トムトル)を作ってみたのだ。

(喜んでくれるといいけれど)

 カルセン村ではタルーの食事を作っていたりしたが、弁当を作って持っていくなど初めての経験だ。彼女は何だかどきどきした。

 中庭にやってきた彼女は若い剣士たちの姿を探した。しかしふたりが中央で剣を打ち合っているということはなく――。

(あら? 珍しく休憩中みたいね)

 片隅に彼らが座っているのが見えた。

「オルフィ! ヒューデアさん!」

 彼女は大きく手を振った。

「リチェリン」

 その姿に気づいたオルフィが立ち上がって彼女を迎えるようにした。

(嫌だわ、オルフィったら)

 彼女は何となく頬が熱くなるのを感じた。

(何も立ち上がらなくたって)

(あれじゃまるで)

 まるで姫君を迎える騎士だ。そんなことを考えそうになって、ますます赤くなりかけた。

「お疲れ様――」

 気を取り直して気軽に言いかけた彼女は、そこではっとした。

「あら、リチェリンさん」

 にっこりと笑みを浮かべたのはウーリナ王女だった。

「王女殿下」

 少し焦ってリチェリンはぺこりと頭を下げた。宮廷風の礼の仕方ならピニアに教わったが、とっさに出るものでもない。

「ちょうどよいところにいらっしゃいましたわね。どうぞご一緒に」

「え?」

 目をしばたたいて彼女はウーリナの指した卓上を見た。

「あ……」

 銀色をした盆には、きれいに一口大に切り揃えられた麺麭(ホーロ)の上に色とりどりの具材がちょこんと乗せられたものが並べられている。真白い皿の上では挽いた肉を固めて蒸し焼きにしたものが贅沢に分厚く切られ、赤っぽいソースがかけられていた。玻璃の器のなかにはふんわり盛られた緑菜たちと飾り切りされた野菜。それぞれの前の皿には黄金色をしたスープ。

 彼女にはとても考えつかないほど豪華な、しかしおそらく王族の感覚からすればとても簡単な昼食が並べられていた。

「リチェリンさんの分もすぐに用意していただきますわ」

「あ、い、いえ」

 結構です――と何とか彼女は口にした。

「その、私、ちょっと様子を見にきた、だけですから」

「何だよ。心配しなくても、転んで怪我なんかしないって」

 笑ってオルフィは言った。最初のときにはらはら見守っていたのを知っているからだろう。

「調子……いいみたいね」

「ああ。だいぶ筋力も戻っ……ついたみたいだ」

 にっと笑って彼は力こぶを作って見せた。リチェリンは曖昧な笑みを浮かべた。

「無理、しないでね」

「……ああ。有難う」

 わずかな沈黙にはどんな思いが込められたものか。彼女には知る由もなかった。


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