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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第二部 第6話 静かなる魔手 第1章

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07 そういう相手は友と言う

「私は捧げる剣を持ちませんが、もしも持っていたならいまレヴラール様に差し出すところです」

「何故、だ」

 レヴラールは戸惑った。

「俺はお前に認められるようなことを何も成し得ていないように思うが」

「そのお手伝いをいたします、という誓いです。ですが殿下は何も気負わずに結構。私はいままで通り、殿下のご意見に異論があれば差し挟み、断じて誤りだと思えば強固に反対しましょうぞ」

「相判った」

 彼は表情を引き締めた。

「このレヴラール・フェンディ・ナイリアン、貴殿の信頼に報いるべく」

「そのように力まずとも」

 ふっとキンロップは――珍しく――笑った。

「殿下もいままで通りでかまいません。自らが正しいと思ったことをお述べ下さい。ただ、他者の意見を平等に聞き、感情的に否定せず考えていただければ」

「耳が痛いな」

 レヴラールは苦笑した。そして驚いた。あの日のくすぶった黒い憤りを軽く流せたことに。

 ジョリスの訃報を耳にしたときの痛みはとても怖ろしいものだった。だが、「裏切られた」というあの子供じみた思いは、いまにして思えば恥ずかしくてたまらない。

(あれはコルシェントの術か何かだったのか)

(いや、そう考えられれば楽だが、違うであろうな)

(あれは俺だ。仮にコルシェントが魔術を使ったとしても、俺の本心を増幅させたというようなことだ)

(グードの指摘が正しい。グードはいつでも正しかった)

(俺は、彼に恥ずかしくないよう生きなければ)

 それはキンロップの言う「力んでいる」ことに近かったかもしれない。しかしレヴラールにとっては誓いだった。

 王子の騎士だった男に、彼は静かに誓いを立てた。

「時に、ジョリスの様子はどうだ」

「よいとは言えませんな」

「何?」

「ラバンネル師の魔術は彼に驚異的な回復力をもたらした。もちろん、オードナー殿自身の生命力もありましたでしょうが、何とご説明申し上げたらよいのか」

 祭司長は少し迷った。

「その生命力を彼は使いすぎたのです。いえ、命を落とすということはまずないと思われますが」

 レヴラールの顔色が一(リア)で青ざめたのを見て、キンロップはすぐさま言った。

「自然に任せた治癒に、通常よりもずっと時間がかかりましょう。『先取り』した分を返すとでも言えば、或いは適切かもしれません」

「ふむ……あまり相応しくないたとえだが、一度に借りた大金を少しずつ返済するようなものだろうか」

「その辺りです」

 キンロップはうなずいた。

「できれば王城で、私なり専門の癒やし手なりが診られればよいのですが、陛下ばかりか〈白光の騎士〉までが寝込んでいると王城の者に常に意識させるのもよろしくない。彼には侯爵家で養生してもらうのがよいでしょう」

(おおやけ)には、通常の任に当たっているとでもするか」

 レヴラールは息を吐いた。

「また嘘、ということになるが」

「必要なこともあります」

 祭司長は神に許しを求める仕草をした。

「ただ、衰弱しているオードナー殿を見ている者も多い。口止めをするのも妙な話です故、休養中というのは発表してもよいかもしれませんな」

「あまり長い休養になれば、要らぬ憶測を呼ばぬか」

「呼びましょう。ですが実際、長い休養になる。もとより、彼が回復して姿を見せればよいだけのこと。……時間がかかろうと、それが可能なのですから」

 死んでいれば、不可能だった。当たり前のことだが、彼らには大事な真実だった。

「判った。俺はジョリスを説得するとしよう。いや、どうせ口では負けそうだからな、命令になるとは思うが」

 口の端を上げて王子は言った。キンロップも少し笑った。

「〈ドミナエ会〉の件ですが」

 それから表情を引き締め、祭司長はその名を出す。

「何か判ったか」

 レヴラールは表情を引き締めた。

「イゼフ殿の話によれば、揉めているようで」

 キンロップは肩をすくめた。

「神殿への攻撃を支持した者と、やり過ぎだったとする者でまっぷたつだそうです」

「ほう、自ら外れ者(ラゲンド)になりながら神を怖れるとはな」

「怖れるということは考えているということでもある。神罰を怖れて会を脱する者がいるなら、私はそれでもよいと思っています」

「イゼフ神官というのは? 彼もそうして戻ってきたのか?」

「いえ、彼は違います。彼が怖れているのは彼自身だけです」

 祭司長はどこか気遣わしげな様子で答えた。

「買っているのだな」

「私がイゼフ神官をですか?」

「ほかに何がある」

「……彼は私に助けられたと言うが、私も彼に助けられた。我々は祭司長と一神官ではなく、神官同士なのです」

「成程」

「お判りに?」

「少しな」

 レヴラールはそうとだけ言った。

「会のこと、イゼフ殿にだけ任せてはおけぬ。それから〈はじまりの湖〉のことも」

「エクール湖の方は、かのミュロンなる人物が信頼できるかと」

「ほう?」

「少し話をしただけですが、彼が自ら言ったような『田舎村の長老』にしてはなかなかの慧眼を持っていると感じました。多くを求める訳にはいきませんでしょうが、なまじ『城の使い』を送るよりも深い話を聞いてくるだろうと思えます」

「お前が言うならそれでいい」

 レヴラールはうなずいた。

「では〈ドミナエ会〉についてはどうだ。やはり城の使いでもなければ、神殿の使いでもない方がよいと言うのだろう」

「そうですね。イゼフ殿は適任ではあるのですが、やはり祭司長としてはいつまでも彼を異端の会に派遣し続けたくはない」

「会との関わりがあればこそ、か」

「誤解のないように申し上げておきますが、私は彼が再びあの会の思想に影響を受けることなど怖れてはいません。彼は完全に過去を乗り越えている。しかしそれでも、古傷は古傷ですから」

 祭司長は呟くように言い、レヴラールは少し笑った。

「何か?」

「俺が思うに、キンロップ。そういう相手は友と言う」

「は?」

 キンロップは目をしばたたいた。

「お前とイゼフ神官だ。相手を信頼し、気遣う。彼の方でもきっと同じだろう。お前たちは神官がどうのと言う以前に、よい友人なのではないのか」

「これは、また」

 キンロップは困惑した表情を浮かべた。何か危ぶんだと言うよりは単純に反応に困ったという様子だった。

「少し、羨ましいようだ」

 レヴラールはぽつりと呟いた。

「殿下……」

 信頼できる友。レヴラールの立場では難しい。幼少時代からの親友でもいたならばよかったかもしれないが、いまからでは誰もが彼に王子、近い将来には王という地位を見る。たとえこれから友と呼べる人物が現れたとしても、権力者の友であることの利を一切考えぬ者はまずおるまい。

「そんな顔をするな」

 王子は手を振った。

「俺は俺の立場で、信頼できる相手を作ろう」

 気軽な調子で言った。そして、思った。

(以前の俺なら、いまの言葉は出なかっただろうな。自分が何か理不尽に苦労をしているかのような、的外れな怒りを感じただろう)

(おそらくあれは……そうだな、疎外感と言うのだ)

 彼は気づき、苦笑いのようなものを浮かべた。

(俺は固くなり過ぎていた。キンロップの言うように、必要以上に気負っていたのだ)

 第一王子らしくあろうとした。なまじ身近に騎士たちがいたため、彼らを従えるのに相応しくなろうと。

(その一方で、ジョリスに頼ろうとした)

(だが素直に口に出せず、気持ちを固まらせたのだ)

(そうだ。俺は、思うことを溜めすぎていたのかもしれない)

 ふと彼は気づいた。

(本当の心を抑えようとしたからこそ、誤った方向に破裂したのだ)

 必要以上に悔やむこともなく、彼はかつての自分を思った。

(やはり俺の立場上、誰にでも真情を吐露する訳にはいかんが)

 グードがそうした相手になってくれるところだったのだ、と思うとどうにも胸が痛んだ。

 だが乗り越えなくてはならない。グードの仇というような感情的な理由ではなくハサレックを征伐できたとき、何かが変わるようにも思った。

 それは期待にすぎなかったかもしれないが、そんなことを考えたとき、彼の心にはひとりの少女の姿が浮かんだ。

 ウーリナの微笑みは彼の心を和らげる。どうやらそれは事実だった。


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