06 よい均衡
「友にせよ忠臣にせよ、それを決めるのはレヴラール様ではありませんな」
祭司長は手厳しく言った。
「彼らは自らが望んで、傍らにあるのです。あなたにできるのは受け入れるか拒絶するかですが、余程性質の悪い者でない限りは、素直に受け入れておくのがいいでしょう」
「性質が悪いかどうかは、俺が判定できる訳か」
少し可笑しくなってレヴラールはくすりと笑った。
「そうですね。少なくとも、失う不安から拒絶するのは馬鹿らしいとだけ申し上げておきます」
さらりと祭司長は的を射抜き、レヴラールは目をしばたたいた。
「さて、よろしければウーリナ殿、と言うよりラシアッドの話に戻しますが」
「そうだな。余計なことを言ってすまなかった」
「『余計』ではありませんな」
思いがけぬ形で出た若者の真情を年嵩の男は否定しなかった。
「ロズウィンド殿の戴冠が決まったのだったな」
ラシアッド国王は存命だが、政務は既にほとんど第一王子が行っていると言う。近くロズウィンドが王位を継ぐというのはウーリナが洩らした話だったが、ラスピーシュもそれを認めた。まだ日取りは決まっていないが、近々にということだ。
「となればラスピーシュ殿下は王弟殿下です。ロズウィンド様に嫡子のない内は第一王位継承者……現状よりも身分が上になります」
「俺と同等になるな」
「馬鹿を仰いますな」
キンロップは顔をしかめた。
「国力のことは言いますまい。しかし第一王子が第一位継承者であるのと王弟がそうであるのは意味が大きく違う」
第一王子はほぼ確実に王位に就くのに対し、状況にもよるが、王弟は言うなれば王の嫡子が誕生するまでの「場つなぎ」であるからだ。
「判っている。軽口のようなものだ」
「もとより、申し上げにくいですが、近い内に戴冠という話であればレヴラール様にも可能性のあること」
慎重にキンロップは言った。レヴラールは黙った。
「……ともあれ、ナイリアンとしてはラシアッドと縁を結ぶ旨みはあまりありませんが、たとえばカーセスタやヴァンディルガと縁組みをして、もう片方を刺激するということもない。失礼ながら、言うなれば無難です」
祭司長は話を戻した。レヴラールは腹を立てず、ただ聞いた。
「もっともコルシェントの発案というところが気にかかってはいる。あやつが何故、どのような形でラシアッドと関わりを持ったのか、ラスピーシュ殿からお話を伺わなくてはならんな」
「……ラスピーシュ殿下のことですが」
「うん?」
「あまり心をお許しになりませんよう」
ゆっくりとキンロップは言った。
「……ほう?」
王子は軽く目を見開いた。
「それは、彼がナイリアンを探っているからか?」
「その通りです。無論、それはラスピーシュ殿下の務めでもあり、卑しいのあさましいのと言うつもりはございません。しかし」
「そういうことなら、判っている」
レヴラールはうなずいた。
「彼が友のようにと言ったのも、ラシアッドとしてナイリアンを敵には回せないからだ。コルシェントのことがあればこそ、謀反人と手を組んでいたなどと思われては困るだろうからな」
「お判りであれば、結構ですが」
「大丈夫だ。彼がラシアッドを担うように、いや、それ以上に俺はナイリアンを担わなくてはならない」
「……王陛下の状態ですが」
先ほどレヴラールが反応しなかった、または反応を避けた話題だった。だが話に上せない訳にもいかないとばかりにキンロップは再び触れた。
「思わしくありません」
「はっきりと、言え」
少し視線を落としてレヴラールは言った。
「時間の問題かと」
王の息子の指示に、祭司長は明瞭に告げた。
「最高の治療を施してはいますが、予想以上に陛下は身体を弱らせておいででした。いまにして思えばコルシェントが何かしていたのではとも考えられますが、証拠はありません。もとより、仮にそうであったとしても、気づかずにいたのは私の失態です」
「責めはしない。誰も宮廷魔術師をそのような形で疑いはしなかった。いや、お前が疑ったところで競争相手を蹴落とすことを考えていると、お前こそが疑われただろう」
レヴラールは手を振って嘆息した。
「そうであれば……先に戴冠をしてしまう方がよいのか……」
「国王が病床にあるというのは、国としては隙になります。ですがあまりことを急いても隙を見せることになりかねません」
「どうせよと?」
「私がそれを答える立場にはございません」
「何故だ。いつも意見を述べてきたではないか」
「それはコルシェント術師がいたからです」
キンロップは唇を結んだ。
「私が述べれば私の意見が通るという状態ではなかった。無礼を承知で申し上げれば、たとえ王陛下が我らの傀儡と呼ばれることがあろうとも、それは私のでもコルシェントのでもなかった。お判りですか」
「……うむ」
「こうして私は殿下の相談役をしておりますが、これが続けばナイリアンは裏で神殿が支配する国だと思われかねない。そうしたことを避けるにも、私と彼がいたのはよい均衡だったのです」
「だがその時代は終わった。いまは、新たな宮廷魔術師を入れるつもりもない」
リヤン・コルシェントの件は、ほぼそのまま公表された。黒騎士を雇い、国王に刃を向けたが、その企みを暴かれて逃亡する際、魔術の使用法を誤って死んだと。これも民たちの間に大きな騒ぎをもたらした。
「お考え直し下さい」
キンロップの言葉にレヴラールはまばたきをした。
「いま、何と言った?」
「宮廷魔術師を雇うこともお考えを……と申し上げました。或いは」
まっすぐに祭司長は王子を見た。
「祭司長職を廃することを」
「お前……」
それは驚くべき発言だった。
「どういうことだ。何を考えている」
「申し上げました通りです。祭司長職と宮廷魔術師職は、弊害を見せた時代もありますが、多くにはよい均衡を保ってきた。神官と魔術師を同等に扱うことは、殿下がお思いであるよりも重要なのです」
「魔術師は差別を受けやすいが、宮廷魔術師という存在があることでそれを抑制できると、お前の言うのはそういうことか」
「それもひとつです。コルシェントの謀反と死は、人々に不安を与える。多くの者は『やはり魔術師など信用ならない』と考えるでしょう」
「それを防ぐために宮廷魔術師を雇うのか?」
何だか納得がいかないようにレヴラールは眉をひそめた。
「魔術師たちの多くは、非魔術師との間に壁ができていても気にしません。それが高くなろうと厚くなろうと。しかし魔力を持たぬ人々はそうではない。壁が高く厚くなれば、その向こうで怖ろしいことが行われていると、ますます思うようになります」
「――判った。少し考えるとしよう」
レヴラールはうなずいた。
「お前にいま、祭司長職を退かれては俺が困る」
「一神官として助言はさせていただくつもりでしたが」
「何?」
王子は目を見開いた。
「いまのは脅しではなく本気だったのか?」
「脅しなど」
祭司長は眉をひそめた。
「いまからコズディム神殿に戻るのは容易ではありませんが、それが神の試練であれば乗り越えましょう」
「生憎だが、城内に留まってこのややこしい事態を平穏に治める方の試練を手伝ってもらいたい」
「御意」
キンロップは丁重に礼をした。
「このカーザナ・キンロップ、ナイリアン国とレヴラール様のために尽くす所存にございます」
「……祭司長」
それもまた驚かされる言葉だった。キンロップはよく国のため民のためという言い方はするが、そこにレヴラールの名を入れてきたからだ。




