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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第二部 第6話 静かなる魔手 第1章

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02 本当に関わりがあるのなら

「初めてお前を目にしたときほどの警戒感は覚えない。だが、アミツがお前を注視していることは変わらない」

「それって、どうなんだよ」

「どうもこうも」

 ヒューデアはふんと鼻を鳴らした。

「俺がお前についていくと申し出たのが友情からだとでも思ったのか?」

「成程ね」

 見張るためという訳だ。納得した、とオルフィは唇を歪め、それから少し笑った。

「何が可笑しい?」

「いやね、こうして寝食を共にしても、あんたは仏頂面なんだなあと思うと何だか可笑しくてな」

「笑っていられる状況になれば、いくらでも笑ってやる」

 それがヒューデアの返答だった。オルフィは笑みを消した。

「……そうだな」

「いや」

 ヒューデアはしかし首を振った。

「すまなかった」

「な、何だよ」

 思わぬ謝罪にオルフィは驚く。

「いや……」

(カナトのことか)

 青年がそのことについて気遣っているのだろうかと思った。オルフィだって楽しくて笑った訳ではなく、つらいなかでのちょっとした軽口であったと気づいたのかと。

「気にかかっているのはラスピー……ラスピーシュ王子(カナン・ラスピーシュ)のことだ」

 不意にヒューデアは言った。それは話題を換えるためと言うより、自分の考えを提供することで謝罪に換えるといった雰囲気だった。

「ああ。ありゃ驚きだったな」

 オルフィはうなずいた。

「あんたも知り合ってたみたいだが」

「王子とは思わなかったが他国の王族に近い者であろうとの推測はしていた。驚かなかった訳ではないが、些末な問題だ」

「あ、そう」

 些末ときたことにオルフィは目をしばたたいたが、ヒューデアが強がるのでも何でもなく、ごく自然に「王族でもそれに近い者でも関係ない」と思っていることは判った。キエヴ族という特殊な――数多いナイリアン人とは異なるという点で――環境下で育った青年は、ナイリアン王家に敬意や忠義を覚えないのと同様に、他国の王子というのも「ただの地位」と解釈しているのだろう。

「エクールの民にずいぶんとこだわっている」

「何だって?」

「最初から、キエヴとエクールに繋がりがあるだの何だのと奇妙なことを言っていた。神子を探すことにも熱心だったし、レヴラール王子の前でその話を避けたのもおかしい」

「それは」

 オルフィもいくらかはおかしいと思ったが、ヒューデアは疑問を通り越して疑念という方向に行っているようだった。

「神子が……誰かってことを慎重に」

「リチェリンだと、少なくともラスピーシュ王子が主張していることは判っている」

「ああ、そうか。そうだよな」

 もとはと言えばヒューデアから聞いたのだった、とオルフィは思い出した。

(うん?)

リチェリン(・・・・・)?)

 少々引っかかったのは、ヒューデアが彼女を呼び捨てにしたことだ。

(こいつがジョリス様を呼び捨てにするのは、たぶん、親愛のためだって思ったんだよな)

(ピニアさんやイゼフ神官には「殿(セル)」とつけてるようだし、ラスピーシュにもいま「王子(カナン)」と)

(いや、あれだ。そうだ、きっとリチェリンが)

(きっとリチェリンが敬称をつけるような呼び方はやめてくれって言ったに違いない)

(……いやいや、そんなこと、気にしてる場合じゃない)

「神子のことだがお前はどう思う?」

 オルフィは尋ねてみた。

「その、彼女が神子だと、思うか」

「少なくともその背中にアミツのしるしによく似たものがあったのは確かだ。俺に言えるのはそれだけだな」

「見た、んだったな」

 そのことも引っかかる。いったいどんな状況になったらリチェリンの背中を見ることになるものか。

「なあ。その、何で……」

 しかしどう問うたらいいものか。

「何故彼女が神子ではないかと考えたのか、ということか?」

 ヒューデアは少々的を外してきたが、オルフィは顔を上げた。

「ラスピーシュ王子がそうではないかと推測をしたんだが、その理由については明確ではない。アミツが指したということを彼なりに考えた結果だったようだったが……」

「アミツが? リチェリンを?」

 精霊のことはよく判らないが、少なくともヒューデアが何かを見るというのは本当のようだ。

そうだ(アレイス)。お前は籠手の主として示されたのだろう。カナトという少年については判らないままだったが」

 ヒューデアは追悼の仕草をした。

「――彼もまたエクールか、籠手に関わりが?」

「……ない、はず、なんだが」

 オルフィはうなった。

「何か気になることが?」

「俺は、見てない。でもシレキのおっさんが……彼だけじゃない、話してみたらリチェリンやピニアさんも見たって言うんだ」

「何をだ」

「……カナトの背中に、その『しるし』とやらがあるのを」

「何だと?」

 キエヴの青年は完全に起き上がった。

「どういうことだ。彼が神子だったのか?」

「カナトもやっぱり、エクールの村じゃないところで育ったと言ってたそうだ。そんなことで嘘をつくとは思えないし、もう、何が何だかさっぱり」

「神子が……」

 ヒューデアは両腕を組んだ。

「この可能性については、俺としてはあまり言いたくないんだが」

「何だ? 言ってみてくれよ」

「ラスピーシュ王子の話したことだ。あの男はキエヴとエクールの民に繋がりがあるのではと言っていた。もしそのようなことがあったとして」

 仮定としてでもそう話すのが納得いかないようだったが、それでも彼は続けた。

「ほかにもそうした集落があれば?」

「あ?」

「かつてナイリアン王家に敗れた部族が散り散りになった、その末裔がエクールやキエヴであるのなら、ほかにもそうした民が存在するかもしれない」

「……リチェリンやカナトがそうした民の出身だ、と?」

「可能性だ」

「ううむ」

 オルフィも腕を組んだ。

「リチェリンの背にあるのがエクールのしるしなら、それはアミツのしるしと酷似しているということになる。本当に関わりがあるのなら……だからこそアミツはリチェリンを指し、カナトを指したのだとしたら」

「俺は?」

 思わずオルフィは訊いてから、しまったと思った。

「確かに、判らないところはある。籠手は直接、キエヴとは関わらない。この国を揺るがす存在ではあると思うが、お前が国を乱す者と戦うことを決めた以上は、アミツが警戒する者ではなくなっていくだろう」

 だがヒューデアはオルフィとエクールという結びつきにも繋げなければ、危険だという方向で断定することもなかった。

「そ、そうか」

「何だ?」

「いや」

 何でもない、とオルフィは手を振った。

(ヴィレドーンの話は、したもんか、しない方がいいもんか)

 レヴラールやキンロップ、つまりナイリアン王家関係者の前では言いづらい話だが、ヒューデアはどうか。イゼフは。ラスピーシュは。ピニアは。――リチェリンは。

(怖れる、だろうか)

(裏切りの騎士……誤解が伝わっている部分を説明したところで、誤解でも何でもないところも多い)

(それに……伝わっていないことも)

 きゅっと彼は唇を噛んだ。

「判らないことを話し合っていても仕方ないな」

 ヒューデアは首を振った。

「事実関係は少しずつ調べていくしかないだろう。今日はもう休め」

「ああ、そうだな。起こして悪かった」

 もう一度オルフィは謝り、もう一度ヒューデアはかまわないと答えた。


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