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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第二部 第6話 静かなる魔手 第1章

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01 平穏な時間などない

 静かだった。

 怒濤の一日が終わり、彼らが寝台に横になったのは、もう夜もだいぶ更けた頃だったろう。

 王城を出たあとも、オルフィにはまだやることがあった。

 ひとつはマレサのこと。

 ハサレックに会いたいとナイリアールまでやってきた少女に事情をどう告げたらいいのか、オルフィは大いに迷った。だがいずれ、どんな形であれ公表はされるのだし、少なくとも王城に出向いて〈青銀の騎士〉に面会することは叶わない。詳細は話せないものの「ハサレックが悪事を為したので罰を受けることになった」くらいの曖昧な説明でもするしかないだろう。

 だがマレサは神殿で大人しく待ってなどおらず、神官が教えたという宿にもいなかった。オルフィは案じたが、彼にできるのは町憲兵隊に届けて「もし保護されたら連絡をくれ」と言うことだけだった。

 少女に言いづらい話をするのがあと回しになったのは少しだけ気を楽にしたが、その使命が消え去った訳でもなければ、万一マレサに何かあれば気が重いどころでは済まない。無事でいることを――たとえ盗みに手を染めていても――願うしかなかった。

 次にオルフィが優先したのは、魔術師協会を訪れることだった。サクレンにも、つらい報告をしなくてはならない。

「――オルフィ、ちょっといいか」

 そうして彼が協会へ向かうために別行動を取ろうとする少し前だった。シレキが声をかけてきたのは。

「カナトのことで、話しておきたいことがある」

 シレキが耳打ちしてきたその話はオルフィを混乱させた。だがそれがいったい何を意味するのか判らない。サクレンやミュロンに尋ねてみる必要があった。

 彼はひとり協会を訪れた。そのときもう協会の扉は閉ざされていたが、彼はサクレンに大事な用事があると大声で繰り返しながら戸を叩き続け、幸いにして協会に残っていた彼女と面会することができた。

 カナトの死は女導師を驚かせ、哀しませた。

 誰がカナトを死なせたかという話はできなかったが、サクレンは初めて彼の話を聞いたときのように、彼が口をつぐんだことについて追及はしなかった。

 もっともオルフィも隠し通すつもりはない。王城がハサレック・ディアについて何かしらの発表をしたあとで、改めて説明をするつもりでいた。

 レヴラールもキンロップも、この件に関して一切他言無用であるなどといちいち釘を刺さなかったが、オルフィとて分別はある。いかに導師相手と言えども、コルシェントやハサレックについて話すことはまだ避けるべきと判断したのだ。

 つまり、ずいぶんと欠けた話しかできなかったのだが、それでも話さなくてはならなかった。と言うのも、カナトの葬儀をするならやはりミュロン抜きという訳にはいかないからだ。

 ミュロンにも半端な話しかできないのは痛いが、どれだけ責められようとも、カナトの師匠にして保護者に黙ったままカナトを冥界へ送る訳にはいかない。

 それにミュロンとは別に話したいことがある。

 もっともいくらかは導師に譲らなくてはならなかった。と言うのも、サクレンが魔術でミュロンをナイリアールへ連れるにせよ、オルフィと「カナト」をサーマラ村に連れるにせよ、何かしら説明をしなくてはならない。オルフィは、まず自分を連れてもらえればミュロンに彼から話すと言ったのだが、サクレンはそれを断った。オルフィの話をそのまま伝えて相談をしてくるから、彼は休むようにと。

 そこでいささか押し問答になったものの、サクレンが引かなければオルフィにはどうしようもない。そして彼女は頑として引かず、オルフィは第一報を伝える役割を導師に任せなくてはならなかった。

 サクレンが彼を気遣ってくれたことは判る。

 その瞬間を目の当たりにした上、まだ何か大きな出来事が続いており、彼はそれを背負っている。そのことを導師は不思議な力によってか、はたまた人生経験によってか見抜き、明日のために休むよう説得した。

 確かに彼の緊張も限界に近く、オルフィはサクレンに深々と頭を下げてピニアの館に戻ることになった。

 その頃にはリチェリンもピニアも館に戻ってきており、心配そうにしていた。話したいことは山ほどあったが、みんな疲れ切っていた。

 そんな状態で話をしたところで何もいいことはない――とオルフィはそう言ってみんなにも休むよう勧めた。

 館の主人はピニアだったが、彼女は使用人たちを雇っていても、てきぱきと命令を出すような気質ではない。リチェリンは客人であるし、もともと指示されて動く生活をしている。結果として気づけば何故だかオルフィが彼らに指示を出すような位置に立っていた。シレキやヒューデアですら、特に異論がなければ素直に従う様子だった。

 風呂を借りたり眠る支度をしたりしていると、まるで何も波瀾などなく、たまたま高名な占い師と知り合ってその館に滞在させてもらったような、そんな錯覚に陥りそうにもなった。

 だがそれは甘い夢だ。

 いや、それとも苦いだろうか。

 平穏な時間などないのだ。まだ。

 それとも、今後ずっと。

「――どうしたんだ」

 よく知る声がする。彼は振り返った。誰かがいる。だが影になっていて顔が見えない。

 こういう夢を見たことがあったな、とふと思い出した。

 これも、夢か。

「何を怖れている」

 声は言った。

(怖れる?)

 彼は訝しんだ。

「いったい何の話だ」

 素直に彼は問うた。

「俺は何も怖れちゃいない」

「そうか」

 声は言った。

「本当なら結構なことだ」

「どういう意味だ。俺が何かにおののきながらそれをごまかしているとでも言うのか」

「そうではないかと思っている」

「何を言っているのか判らない」

 彼は首を振った。

「第一、お前が誰なのかも」

「判らない?」

 声は驚いたように言った。

「それは酷いな、ヴィレドーン。君が殺した私のことを忘れてしまうなんて」

 蔑むような調子で彼を見下ろしていたのは。

「ファロー!」

 叫んでオルフィは目を覚ました。

「どうした」

 ヒューデアが素早く飛び起きる。

「あ……悪い、起こしちまったな」

 嫌な汗を拭う。

(ただの夢だ)

 ファローはあんな目をしない。そうされても当然だという、彼の罪悪感が思わせるのだ。

 だが同時に、そんな夢を見ることにも罪悪感を覚えた。奇妙なものだ。

「気にするな。いろいろあったからな」

 肩をすくめてヒューデアは呟いた。

 占い師ピニアの館に部屋数はあったが、「籠手、ひいてはその主を守る」というヒューデアの役割上、彼らは同室に眠っていた。初めの内はぴりぴりした空気があったが、眠りにつく頃には落ち着いてきた。もっとも彼らは油断なく、剣を傍らに置いていたが。

「休めそうか?」

「ああ、大丈夫だ」

 オルフィは口の端を上げ、もう一度謝罪の仕草をした。かまわないとキエヴの青年は手を振った。

「なあ、ヒューデア」

「どうした」

「アミツはいま、俺をどう見てる?」

「何?」

「危険だと、あんたは前にそう言った。いまでも?」

 ファローを殺した「裏切りの騎士」ヴィレドーン。キエヴの精霊はオルフィにそれを見たのではないかと思った。

 「危険」で当然だ。どんな動機があろうとも、目的のために親友を殺した男。もとよりその目的とは、故郷を守るためであろうと、忠誠を誓った国王を殺すことだった。「危険」以外の何ものでもないだろう。


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