09 信じることで、誓うことで
「俺は……そうだな、本来ならば剣を向けるはずのない相手を殺したという意味では、一種の神殺しをしたようなものだ」
忠誠を誓った国王。誰より理解し合っていると思っていた親友。
「だが戻らない。彼らはな。心に強く思ったところで人は生き返らない」
「そうですね、それが自然の摂理です」
厳しくラバンネルは言った。
「そしてあなたは生きている。戦うことができます」
「どうやって?」
またしてもニイロドスが笑う。
「戦いというのは、剣や魔術を振るうことのみにあらず」
アバスターが言った。
「まあ、俺は剣を振るうしか能がないがな。仮にも騎士であったなら、ヴィレドーン、お前さんはもうちょっと違うやり方を知ってるはずだ」
「違う、やり方」
ヴィレドーンは繰り返し、アバスターの言うことを理解しようとした。
(俺はもはやナイリアンの騎士ではない。だがアバスターの言うのはそうしたことではない)
称号の話ではない。彼が知っていること。覚えてきたこと。信じてきたこと。
(――誓い)
ふっとその言葉が浮かんだ。
(誓いの、力)
「さて、そろそろ次の舞台を作ろうか」
ニイロドスは両手を腰に当てた。
「ヴィレドーンには少し罰を与えないとならないね。僕に逆らうとどうなるか……」
くすり、と悪魔は物騒な笑みを見せた。
「君の守ろうとしたこの村。これを壊してしまうというのが、相応しいんじゃないかなと思うよ」
「何だと」
ヴィレドーンは顔を険しくした。
「何をする気だ。よせ」
「反省して、僕に従うかい? 逃げないと誓う? 僕にこの先の一生を……捧げると」
「気をつけて、ヴィレドーン」
「つまらん脅しに屈するなよ」
「ふうん? 脅しだって言うんだね? 僕の力を知りながら……ああ、知らないか。ろくに」
ふっと悪魔は笑った。
「ときどき、うっかりしてしまうよ。君たちがただの人間だってことを忘れてしまう」
「そいつぁ有難くないねえ」
アバスターは唇を歪めた。
「俺は人間だ。こいつらもな」
「悪魔の誘惑に乗って、その身を破滅させる……そんな人間かい?」
「乗る奴も乗らない奴もいるさ」
「あはは、つまり、乗ったヴィレドーンは質の低い人間だという訳だ!」
「乗る側にも事情はありますからね。まあ、褒められはしませんけど、私たちは責める立場でもありませんし」
「――俺の質なんか、どうでもいいさ」
ヴィレドーンは低く言った。
「ニイロドス! この村には手を出すな!」
「は、どの口が言う訳?」
悪魔は片目をつむった。
「これはお仕置きだよ。わがままを言う子供に、与えるものさ」
さっとニイロドスは片手を挙げた。その瞬間、爆音が響いた。
「なっ」
アバスターとヴィレドーンが振り返る。畔の村の真ん中に、炎の柱が上がっていた。
「これは……待て、ヴィレドーン!」
はっとしてアバスターは制止しようとしたが、ヴィレドーンはとまらなかった。
(村が)
炎の柱は高々と夜空を焦がさんとしていた。
(くそ……俺のせいで村に被害をもたらす訳には!)
彼は走った。
何故、きてしまったのか。こんなことになるのだったら。
帰りたいと――還りたいという欲求が、悪魔を村に呼び込んだ。
それとも最初から仕組まれていたのか。
いや、そうであっても。
「何ごとだ!」
「火事か!? みな、起きろ!」
民たちも騒然としはじめていた。
「何だ、あれは――」
「サリアント!」
ヴィレドーンは知った顔を見つけて叫んだ。守り人たる戦士は驚いた顔を見せたが、すぐに表情を引き締めた。
「お前がここにいる理由は問うまい。人々の避難を手伝ってくれ」
「いや、俺は」
彼は首を振った。
「行かなければならない。サリアントこそ、誘導を」
「ヴィレドーン……?」
戦士はきゅっと目を細め、同郷の男が何を思うのか考えるようだった。
「サリアント、早く。あなたにもまた使命がある。村を守ることと、そして次なる守り人を育てること」
「――ソシュランのことか」
「俺は生憎、その子を知らない。だが話には聞いている。守り人の魂を受け継いだ子供だとな」
「その通りだ。だが」
村の守り人は続けて何か言おうとしたが、ヴィレドーンは首を振った。
「この村を守るためにこそ、あなたもここを離れてくれ」
「馬鹿なことを」
「サリアント、どうか」
彼は懇願するように言った。
「ここは俺と……」
「ヴィレドーン!」
アバスターが追いついてきた。ヴィレドーンは複雑な気持ちでそれを見返った。
「彼に、任せてほしい」
「お前な、ひとりで飛び出すな。同じことを繰り返してると気づかないのか」
「すまない」
彼は素直に謝った。アバスターは拍子抜けしたようだった。
「判ったなら、いいが」
「どうか、頼む。手を貸してくれ。何をしたらいいのか、するべきなのか、判らない。だがこの村を守ることが、いまとなっては俺の」
ぐっと彼は炎に照らされた村を見渡した。
「――全てなんだ」
「嫌だと言われても、勝手に助太刀するさ」
それがアバスターの答えだった。
「行くぞ。あれはただの火じゃない。大導師殿の力が必要だ。あいつはニイロドスを見張るつもりのようだが、おそらくこっちに手が要るとすぐ気づく。それまでアレスディアでも何でも使って持ちこたえるぞ」
「ああ」
彼はうなずいた。アレスディアのような「特別なもの」は彼にはない。
だがやれることはある。できることがある。
信じることで、誓うことで――得ることのできるもの。
「向こうだ、アバスター」
「おう」
英雄と呼ばれる男を傍らに、〈漆黒の騎士〉だった男は走った。
エクール湖――〈はじまりの湖〉の畔にある村は不気味な明るさに包まれながら、運命のときを迎えようとしていた。
いや、それは村ばかりではない。
ヴィレドーン・セスタスも、また。
この日に起きたこと、そしてこの日を境に起こったことは、彼らの運命を大きく揺さぶることとなったのだ。
(第6話「静かなる魔手」第1章へつづく)




