05 あとで考えろ
アバスターとラバンネルは、何も訊かなかった。
ふたりは村に唯一の酒場で彼を待っていたが、まるでたまたま立ち寄った村で連れと合流したとでも言うように、特別な態度を何も見せなかった。
もちろんと言おうか、ヴィレドーンの方はそうもいかなかった。彼が〈漆黒の騎士〉であることは村中に知れていたし、そうでなかったとしても同郷の仲間が久しぶりに帰ってきたのだ。歓迎されない訳がない。
ただ、彼は、言わなくてはならなかった。
自分はもうナイリアンの騎士ではないということを。
当然、村人たちは驚き、事情を尋ねた。彼は話すことができず――それを見て取ったアバスターが適当に煙に巻いた。ラバンネルの魔術も、絡んでいたかもしれない。
追及がなくなったことに彼はほっとした。
だがいずれは、知れることだ。
〈漆黒の騎士〉が国王と〈白光の騎士〉を殺害したこと。
隠すつもりはなかった。しかし、もう少しだけ、凶悪な大罪人ではなくただのヴィレドーンでいたかった。
この場所では。
(感傷だな)
彼は自分の感じるところを判定した。
(このようなものを抱く資格など)
無い。
自分には、どんな資格も権利も。
なくなった。なくした。
捨てた。自らの意志で。
「進んでないようだな」
アバスターが彼の酒杯をのぞき込んだ。
「そんな気分じゃない、か?」
代弁された。ヴィレドーンは答えなかったが、アバスターも答えを欲したのではなかった。
「まあ、生きるのに必ずしも酒は必要じゃないわな」
あった方が楽しいとは思うが、と続いた。
「その代わり、飯は食え。ただ無意味に弱っていく気じゃないなら」
「食って……生きて、どうすればいいのか」
判らないと彼は呟いた。
「んなことは、あとで考えろ」
それがアバスターの答えだった。
「余裕のないときに小難しいことを考えたって答えは出ないか、出たとしても的外れなもんだ。食って、寝て、休んで、そうしてりゃいつか判る」
そんな資格だってないだろう。そう思わざるを得ない。
だが何も食わず、ろくに眠ることもせず、そんな日々を続けることもできまい。もちろん食べなければ、時間はかかるが、死に近づくだけだ。
(俺は、どうするつもりだったのか)
(どうするつもりも、なかったのかもしれない)
(先のことなんて、どうでもよかった)
生き延びろとアバスターは言う。いますぐは無理でも、考えろと。
自分のやるべきこととはいったい何なのか。
「次はお前の番だ」
「……何だって?」
「言ったろ? アレスディアを使えって。お前に必要だってな」
「『あいつ』と戦うために? だが……」
「そうじゃない」
アバスターは首を横に振った。それから顔を近づけ、声をひそめた。
「国王と白光位、漆黒位を失ったナイリアンは、しばらく荒れるだろう。お前はその責任を取るべきだ」
「責、任」
「そうだ」
彼は顔を離した。
「名なき市井の剣士となって、お前は人々を守れ」
「……それは」
ヴィレドーンの声はかすれた。
「あんたと同じことをしろ、と?」
「別に俺は、人々を守って回ってる気はない。好きなように生きていたら、たまたま運の悪い連中や面倒ごとに遭遇して、たまたまそれが俺の剣やあいつの魔術でどうにかなることだったから、どうにかしてきたというだけのこと」
「たまたま、か」
彼は口の端を上げて「英雄」の言を聞いた。
「何なら、俺の知恵と勇気や、あいつの便利な手妻、と言い換えてもいいが?」
にやっと笑ってアバスターは言った。これはおそらく、両英雄の間でよく交わされている軽口なのではないかと思えた。ヴィレドーンも少し笑い、それからまた真顔になる。
「あんたの言いたいことは、判った。だが……その志を受けるには、俺は」
「まだ時間が要る、ってとこだな」
アバスターは先取った。拒否の言葉を言わせまいとしたのかもしれなかった。
「いいさ。俺の言ってるのは一案にすぎん。ほかに面白いことを考えついたら、何でもやるといい」
気軽に彼は手を振った。
(この人が言っているのは)
(俺に提示しているのは、俺が生きる方法)
(俺の)
(――罪滅ぼし)
贖えぬ罪を贖えと。アバスターはそう言っている。
いまの彼には判らない。応とは言えない。
贖罪すら、彼には許されぬのではないかと。
「……少し、夜風に当たってくる」
ヴィレドーンは立ち上がった。
「ひとりでか?」
「ああ」
「そうか」
行ってこい、とアバスターは杯を掲げた。




