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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第一部 終章

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09 神秘的な方

 静寂が部屋を支配しがちだったのは、何も気まずさからではない。

 共通の話題が見つからず、いったい何を話せばいいものか誰も判らなかったのだ。

 隣国ラシアッドの王女と、王家に信頼される〈星読み〉の占い師と、田舎者の神女見習い。年齢の近い女同士だと言ったところで、接点はないに等しい。

 それは広間での緊張した会合を終えたすぐあとのことだった。

 リチェリンとピニアはラスピーシュに呼びとめられ、ウーリナのお喋りにつき合ってやってほしいと頼まれた。約束したことであるし、そうでなかったとしても断れるものではない。

 王女様とお話しするだなんて、リチェリンはこれまで想像してみたこともなかった。ナイリアン国に王女はいないが、だから想像しなかったと言うのではもちろんない。夢見がちな娘であれば「いつかお城の舞踏会に呼ばれて王子様と踊る」というような空想もしようが、彼女にその気質はなかった。

 もっとも、たとえ想像したことがあったところで、実際にそつなく対応できるものでもない。こうした状況で大胆に振る舞える者は度胸があって過剰なほどに自信を持つか、自分を捨てる覚悟をしているか、それとも何も考えていないか。

 ウーリナはふたりのナイリアン人を迎えて嬉しそうにしていたが、それぞれが簡単に自己紹介をしたあと――「ラシアッドの王女」「王宮付きの占い師」の前に何故ただの「神女見習い」がいるのか、リチェリンは不思議でならなかった――あまり次から次へと話をする感じでもなく、言葉は途切れがちになった。ピニアはいちばん年長で王城にも慣れているが、やはり他国の王女と話した経験などなく、相槌を打ったり問われたことに答えたりするのが精一杯という様子だ。

 もっとも、普段のピニアであればもっと流暢に対応ができた。だが彼女にはいま、とても心を騒がすことがあって、それ以外のことに考えを傾けるのが困難だったのだ。

 しかしその闇を知る者は、彼女のほかには誰もいなかった。

(ラスピーさん、いえ、ラスピーシュ殿下は、慣れない異国で戸惑っている妹君を慰めてほしいとお思いなのでしょうけれど)

(本当に、何を話したらいいのかしら)

 「紀行家」の正体にも驚かされたが、オルフィやヒューデアとその衝撃について話し合う時間はまだなかった。彼らはイゼフとともにコズディム神殿へ行きカナトの件について相談するとのことだ。

 リチェリンもそこに参加したい気持ちはあったが、ラスピーシュの頼みは断れない。何も彼が王子――権力を持つ者だからと言うのではなく、やはりラスピーシュにも世話になったと思うからだ。

「それにしてもナイリアン国というのは広いですわね」

 ふう、とウーリナがため息をついた。

「このナイリアールまでやってくる間に、ラシアッドは三つくらい入ってしまいそうだと思いましたわ」

「まあ」

 ピニアは少し笑った。

「長旅でしたでしょう。大変ではありませんでしたか?」

 どうにかリチェリンはそんなことを尋ねてみた。

「いいえ、ちっとも!」

 ウーリナはにっこりと笑んだ。それは実に可愛らしい微笑みで、成程、ラスピーシュが妹を溺愛するような発言をしていたのも当然だと思わせた。

「私、ラシアッドを出たのは初めてですの!」

 そこでウーリナは目をきらきらと輝かせた。

「ロズウィンドお兄様からナイリアールへ行くようお話をお聞きしたときは、目が回るかと思いましたわ」

「遠いからですか?」

「いいえ、楽しみで楽しみで」

 王女は両手を合わせてくすくすと笑った。

「ラスピーシュお兄様は昔からいろいろなところを巡っていましたの。それはもう面白可笑しく話して下さるものですから」

 想像がつくようだ、とリチェリンは思った。

「私もいつか、行ってみたくて。ラスピーシュお兄様に連れて行って下さいと何度もお願いしたのですけれど、笑ってかわされるばかりでした」

「殿下はウーリナ様をご心配なさってのことでしょう」

 ピニアが言った。

「やはり女は、殿方のようには振る舞えませんわ」

「ふふ」

 不意にウーリナが笑ったので、ピニアもリチェリンも目をしばたたいた。

「それが、そうでもありませんのよ」

 少し悪戯っぽく王女は笑う。

「わたくし、橋上市場を通ってきたのですけれど……おふたりは、いらしたことがございますか?」

「きょう……何ですか?」

 聞き覚えがなくてリチェリンは尋ね返した。

「橋上市場。東部を流れる川に架かっているディセイ大橋、その上にある屋台街を確かそう呼ぶのでしたわね。噂に聞いたことはありますけれど」

 思い出すようにしながらピニアはウーリナへの返答とリチェリンへの説明を兼ねた。

「ではおふたりともいらしたことはないのですね。とっても楽しい場所でしたのよ、人がたくさんいて、賑やかで」

 ウーリナはにっこりとしてリチェリンを見た。何だろう、と彼女が思う間もなく次の言葉が続いた。

「オルフィさんとはそこでお会いしましたのよ」

「……えっ?」

 思いもかけない話に彼女は目をしばたたく。

「あの、ウーリナ様、オルフィをご存知なんですか?」

「ええ。橋の近くで偶然お会いしましたの」

 にこにこと少女は言った。

「私、最初は誤解してしまいましたのよ。てっきりオルフィさんが小さな子供を苛めているのだと思って」

「オルフィが? そんなこと、するはずありません!」

 思わずリチェリンは素早く反論した。

「ええ、私の思い違いでした。オルフィさんは大事なものを取られてしまって、それを返してもらうためにその子を捕まえていたんです」

 ウーリナはざっと説明した。

「それでその子供というのが、男の子のような女の子だったんですのよ」

 くすくすと王女は笑った。

「驚きでしょう! そんなふうに活発な女の子なんて!」

「か、活発と、言うのかしら……?」

 いまの話からすると掏摸(すり)とか引ったくりとか、そうしたところだというのは判った。神女見習いとしては、いやそうでなくとも「元気でいいことだ」とは言えない。

「そのとき私、オルフィさんに何か不思議なものを感じたんですわ」

「不思議な?」

「ええ。左腕に包帯をしていましたけれど、あの青い籠手を隠しておいでだったんですね」

「籠手……」

 王家の宝とされる籠手、〈閃光〉アレスディア。

 ジョリスが、ラバンネルが、アバスターが、オルフィに託した。

(いったい)

(何故?)

 リチェリンの疑念は、晴れないままだ。

「あのときのオルフィさんは、分不相応だと思っておいでのようでした。でも私はそんなことはないと感じたんです。そして先ほど、それが正しかったようで安心したんですわ」

「どういう、ことですか?」

 ぴんとこなくてリチェリンは問うた。

「ちらりと拝見しただけですけれど、隠していたものをあらわにしても堂々としておいででしたし、最初はお兄様より目を奪われてしまいました」

「え、え?」

「確かに、不思議な感じのする若者です」

 ピニアがそっと言った。

「優しそうであるのに、思いがけないところに強さを見せますわね。初めは均衡が悪いと言いますか、不自然であるように思えましたけれど、それは私の勘違いだったのだと思います。先ほどは殿下方の前でも一歩も引かずに」

「え……」

 思いがけない共通の話題であったが、リチェリンとしては話すことができてほっとするどころではなかった。

 むしろざわざわするものを感じる。

 この気持ちは何なのか。

(不自然に思えるのは、いまのオルフィの方だわ)

(でも……それはいろいろなことがあって動じていたり、逆にしっかりしなければならないと考えて頑張っていたり)

(私には、さっきのオルフィは無理をしているようにしか見えなかったけれど)

「オルフィさんは神秘的な方ですわね」

「……えっ!?」

 続く思いがけない言葉にリチェリンは目を見開いた。

「あんな方が恋人だなんて、リチェリンさんはお幸せですわ」

「えっ、ち、違います!」

 彼女は慌てた。

「オルフィは、弟みたいなもので」

「まあ」

 ウーリナは目を見開く。

「私とお兄様たちのような関係ね! それならますます、仲がよろしいのですね!」

 恋人より兄妹の方が仲がよい、というのがウーリナの価値観であるようだった。リチェリンは何と返してよいものか戸惑った。

「でも、あの……神秘的というのは?」

 どうにかそこを尋ねた。何とも予想外の形容だ。

「朴訥な若者のようであるのに、時折ふっと見せる鋭い目」

 ピニアが言った。

「ウーリナ様の仰ることは判りますわ」

「え……」

 オルフィの幼なじみは困惑した声ばかりを出していた。

(誰か違う人物の話、じゃ、ないわよね)

 彼女らはオルフィの名を口にしているし、籠手の話もしている。別人を勘違いしているのでもないことは明らかだ。


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