04 最後のお使い
「ジョリス様が黒騎士を探してこの近くまでいらしてるんだ。偶然、お会いしたんだ」
彼は説明した。ジョリスは「黒騎士を探しにやってきた」とは言わなかったが、この説明でも大きく間違っていないだろうと思った。
「よく知らないけど、タルー神父に聞きたいことがあるってことだった。だから俺はカルセン村の位置をお教えした。ただ黒騎士が出たばかりだと話したら、まず砦に向かわれるってことで」
早口で大まかなことを伝えた。チェイデ村の兄妹の話はカルセン村でも話題になったと見え、リチェリンもニクールも問い返さなかった。
「あの、だから、俺がいない間にジョリス様がいらっしゃったら、伝えてほしいってことなんだ。俺は戻ってきますって。ああ、でももしジョリス様が急いで首都に戻らなくちゃならないとかあったら、俺の方で訪問しますって」
「ちょ、ちょっと待て」
ニクールは額に手を当てた。
「ジョリス様?〈白光の騎士〉様だって?」
「信じられないかもしれないけど、本当なんだ」
化け狐に騙されたのではなければ――かもしれないが、妖魅にあんな品が出せるはずはないと思った。
「嘘だとは思わないよ、驚いただけだ」
ニクールは言った。
「タルー神父はジョリス様を個人的にご存知だったのか? そんな話は聞いたことがなかった」
「いや、そういうことじゃないみたいだ。神父様が知っている誰かについて訊きたいっていうようなお話だった」
生憎と、それは叶わない話となった。オルフィはそっとタルーの眠る部屋を見る。
「そうか……だが」
ニクールは釈然としないような顔を見せた。
「ジョリス様がいらっしゃるとして……お前がいないとならない用事っていうのは何だ?」
〈白光の騎士〉とまた会いたいだとか、オルフィ側にはそうした動機があるかもしれないが、ジョリスの方にオルフィを待ったり首都で再会したりするどんな必要があるのか。ニクールはそうしたことを問うていた。
「それは」
何も青年がオルフィに意地悪をしている訳ではないのは承知だったが、「お前ごときにジョリス様がお会い下さるはずがない」という昨夜の言葉を思い出してオルフィは顔をしかめた。
昨日までは確かにそうだった。オルフィはそう言われて納得したし、腹も立たなかった。
だがいまは違う。
彼は実際に〈白光の騎士〉ジョリス・オードナーその人に会い、言葉を交わし、こともあろうに仕事まで。
別にそれは「オルフィがすごい」訳ではない。客観的に見ればたまたま行き合っただけであり、たまたま荷運び屋であったから依頼されただけだ。
オルフィもそうしたことは判っていたが、どんな事情にはじまろうと、これは「縁ができた」ということ。特に彼の実力ではないにしても、いまの彼は「騎士様がお会いして下さるはずもない名もなき田舎者」ではない。少なくとも、名は知ってもらっている訳だ。
しかし、仕事を任されたという肝心の部分について口をつぐんでいるのだから、ニクールの疑問ももっともと言えた。
「それは……この辺りのことについてお話しする約束をしてて」
もごもごとオルフィは言った。だが生憎と説得力はなかった。オルフィは確かにこの付近に詳しいが、彼でなくてはならないということはない。
リチェリンもニクールも首をひねっていたが、嘘だろうなどと糾弾はしてこなかった。
「判ったわ。ジョリス様がいらっしゃったら、いまのことをお伝えすればいいのね。ちゃんとしたためた方がいい?」
「手紙なら、リチェリンやニクールさんが忙しいときでも誰かに頼んで渡してもらえるかなって」
「ああ、そうね。それがいいかもしれないわ」
こくりとリチェリンはうなずいた。
「忙しくならない内に、早速書いておくわ」
「有難う」
感謝の仕草をするオルフィに向かって、リチェリンはぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「オルフィのためになるなら喜んで」
そんな言葉にどきりとする。彼女は「弟のため」というような気持ちなのだと判っているのだが。
「あっ、そうだ、それから」
彼ははたと思い出した。
「リチェリンでもニクールさんでもいいんだけど、小銭ある?」
「うん?」
「ちょっと崩してほしいんだけど」
「ああ、ちょうど細かいのがかさばってるところだ」
ニクールは小袋を取り出し、オルフィは十ラル銀貨を手に入れた。
「三、四、と。これを手紙につけといてくれ」
「え?」
「ジョリス様に?」
ふたりは怪訝そうな顔をした。
「あー、その」
「釣りだ」という説明はこの場合、意味を成さないのだと気づいた。
「えっと。そう、借りたんで。返さないと」
「オルフィったら、ジョリス様に小銭を借りたの?」
それはどうにも奇妙な状況だろう。リチェリンは目をぱちぱちとさせていた。
「何つーか。その。ちょっと訳があって」
とでも言うしかない。
「詳細は今度、話すよ。落ち着いたら、改めて」
リチェリンもニクールも不思議そうな顔をしていたが、オルフィがそう言えば突き詰めてくることはなかった。
「じゃ、俺はこの辺で」
「もう行くの?」
「ああ。ちゃっちゃと済ませてくる」
「気をつけて」
リチェリンは神に祈る仕草をして再び微笑み、手紙を書くために別の部屋へと入っていった。
「有難う」
と言ったのはニクールだった。オルフィは片眉を上げる。
「俺が礼を言うのもおかしな話だがな」
「あ、気づいた?」
オルフィは苦笑いのような照れ笑いのようなものを浮かべた。
「彼女、お前さんと話してる内にだいぶ顔色が戻った」
「だといいけど」
「本当さ」
ニクールは確約した。
「俺だって驚いたし、衝撃を覚えてる。リチェリンはなおさらだもんな」
リチェリンは確かに神女見習いだが、二十歳そこそこの娘だ。彼女の師匠同然の存在にして、もしかしたら父親のようにさえ思っていたであろうタルーの突然の死に嘆き、泣き喚いても誰も責めないのに、そうしてはならないと気を張っていた。
ひとりになったところでまだ涙をこぼしはしないかもしれないが、もう彼女にどんな言葉も投げかけてくれない神父を前にニクールとその葬儀の相談などをするのはどんなにつらいか。ほかにやることができたというのは、リチェリンよりもオルフィやニクールが安心することだった。
「正式な儀式は、首都からやってくる神官を待つしかない。だがとりあえずは、村長にでも代行してもらうしかないな……」
「そんなんでいいのか?」
「ちっとも、よくないだろう。だが何か代案があるか?」
「いや」
ない、とオルフィは首を振った。
「ごめん」
「お前さんが謝ることじゃないさ」
ニクールはオルフィの肩に手を置いた。
「リチェリンを支えていてほしい気持ちもあるが、タルー神父の……」
青年は少し言い淀んだ。
「遺言、みたいなことになってしまったからな。できれば俺が持っていきたいくらいだが」
「あんたにはここにいてもらわなくちゃ」
オルフィは当然だと言った。
「俺も一緒にいてやりたい気持ちはあるけど、俺がいたらリチェリンは却って参ってるところを見せないかもしれない。何しろ姉貴気取りだからさ」
そう言って少し笑ってみせた。
「ニクールさんが気遣っててくれれば安心だよ」
「そうか」
「じゃ、俺、行ってくる。まず砦、それからサーマラ村。リチェリンとジョリス様の件、頼むな」
「任せろ」
青年は胸を叩いた。それにうなずいてオルフィは踵を返しかけ――ぴたりと足をとめると神父の眠る部屋に向けて会釈をした。
(最後のお使い、行ってきます)
(こればかりはどうか、無償で行わせてください)




