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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第一部 終章

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08 ジョリスの信じたことを

「俺は人を教えたことはない」

 困惑したようにヒューデア。

「基礎から教えろと言ってる訳じゃない。まあ、あとで手合わせしてくれよ」

 彼が軽く言えば白銀髪の剣士はいささか疑わしそうな目つきをした。ヒューデアの知るオルフィには、とても心得があるとは見えなかっただろう。

「よし、ではサレーヒも呼ぼう」

「ふえっ!?」

 王子の発言にオルフィは素っ頓狂な声を出す。

「正直なところを言うなら、俺には判らん。予言のことも……貴殿に本当に託していいのかも。だが、ジョリスが渡した、それが運命ならば」

「運命」

 好まない言葉だ。

 しかしそうとしか言えなかった。

 ジョリスと出会ったあの四つ辻――あの日あのとき、オルフィの運命はここに向かって動こうとしていた。

(ヴィレドーンの技術をオルフィに)

(それがあんたたちの考えだろ? アバスター……ラバンネル)

 かつて出会った英雄たち。いや、彼らは「オルフィ」が思っていたような超人ではなかった。確かに優れた技能を持っていたが、怒り、笑う、普通の人間だった。

 友と呼べるほど親しくつき合いはしなかった。あのとき彼らには時間がなかった。だが彼らは信じてくれた。ヴィレドーンを。オルフィを。

(俺は、それに報いる)

「判った」

 オルフィはうなずいた。

「サレーヒ様にも手を借りる。びびってらんないからな」

「さて、肝心の元〈青銀の騎士〉殿の行方だが」

 ラスピーシュはあごに手を当てた。

「誰も心当たりがない?」

「情けないがその通りだ」

 嘆息混じりにレヴラールが答えた。

「あやつが死んだとされてから半年、どこでどんな(えにし)を作ってきたものか見当もつかない」

「コルシェントは彼を使っているつもりだったようですが、生憎と言うのか、道化(バルーガ)だったようですな」

「気になることがある」

 オルフィは片手を上げた。

「ハサレックは、〈ドミナエ会〉と戦ったのは事実だというようなことを言ってた」

「〈ドミナエ会〉? あれはコルシェントがキンロップを中枢から(はじ)くために用意した小道具にすぎぬのではないのか」

「かもしれない。でも何だか気になるんだ」

 少し顔をしかめてオルフィは言った。

「承知した」

 と言ったのはイゼフだった。

「〈口を付けたら最後まで飲み干せ〉と言う。もう一度、今度はハサレック・ディアのことに焦点を絞って、会から話を聞いてこよう」

「会と戦ってたというのが本当なら、何のためか」

 オルフィは呟いた。

「自衛のため? そうは思えない。〈ドミナエ会〉がわざわざ〈青銀の騎士〉に喧嘩を売る必要はない。ナイリアンのため、というのもいまとなっては信じがたい」

「成程」

 ぱちんとラスピーシュが指を弾いた。

「誰かしら〈ドミナエ会〉と戦う理由のある人物、または組織……そうしたものがハサレックの背後にいる、と踏んでるんだね?」

「神殿、と言いたいのか?」

 キンロップが渋面を作った。

「組織的に八大神殿が、とは言わないさ。でもどこにでも外れ者(ラゲンド)はいるだろ」

「む……」

「もっとも、本当にどっかの神官がハサレックを匿ってると疑う訳じゃない。可能性のひとつだ」

「そうだね。いろいろ考えられるだろう」

 ラスピーシュがうなずく。

「しかし当座、裏切り者たちも悪魔もナイリアンを離れた。内ひとりは冥界、いや獄界行きだ」

 肩をすくめてラシアッド王子は言い、ナイリアン王子を見た。

「名高い騎士の内ひとりは負傷、ひとりは追放、王陛下も負傷されており、宮廷魔術師は謀反。大国とは言え、揺るぎなくとはいかぬでありましょう。立て直すには苦労もありましょうが」

 彼はさっと片手を上げた。

「これらの出来事に関する情報提供及び事後の対策、はっきり言ってしまうが情報操作、私はラシアッド第二王子の名誉にかけて、その手の『後始末』を手伝いましょう」

「ラスピーシュ殿」

 レヴラールが驚くのも当然だった。他国の王子が述べるにはずいぶんと強い、ともすれば「出過ぎている」言いようであったからだ。

「関わり合ったのも何かの縁。全面的に協力させていただく。いささか図々しいが、願わくば私を友だとお思いいただきたい」

「友」

 ナイリアンの王子はまばたきをした。

「――有難いお言葉だ、ラスピーシュ殿」

 ほぼ無表情でいたレヴラールの顔がわずかに緩んだ。ふたりの王子は年齢もごく近く、平時に顔を合わせれば普通に――外交上のものでも――言葉を交わし、程度はともかく、親しくなったかもしれなかった。

 もっとも、ラシアッドは小国だ。ナイリアンに及ぶべくもない。もしかしたらこのあとでキンロップはレヴラールに、ラスピーシュが自分とラシアッドを売り込もうとしている可能性について忠告するかもしれない。何しろウーリナのこともある。

 だがいま、国王という最大の柱が崩れかけ、二柱とも言えた宮廷魔術師と祭司長の片方を酷い形で失い、三十年前には国の危機を支えた騎士たちも白光位は動けず、青銀位は欠けた――漆黒位はない――状態だ。

 若い王子はひとり、それに立ち向かわなくてはならない。もしも西のヴァンディルガや南のカーセスタが好機と見て何か仕掛けてくれば、軽々と退ける訳にもいかないだろう。

 そんななか、たとえ小国であっても他国の王子が危機を知りながら協力をと言ってくれるのは実に有難い。少なくともラシアッドとヴァンディルガは組まない、ということになる。もちろん騙すつもりであれば別だが、ウーリナまで差し出している以上は考えづらい。そのことはキンロップも認めざるを得ないだろう。

「さて、私の話はしたし、籠手についても聞いた。今後の指針もわずかながら出たことだし、しばし休憩とするのはいかがかな。レヴラール殿やオルフィ君がなかなかきつそうだ」

 ぱちんとラスピーシュは手を打ち鳴らした。

「正直に言えば、私も疲れた」

 ふう、と彼は息を吐く。

「続きはまた明日というところでどうかな?」

 ラシアッド王子がここで仕切るというのも妙な話だったが、彼らを休ませるにはそれしかなかったとも言えるだろう。レヴラールはなかなか自ら休むとは言い出さず、キンロップが提案しても問題ないと答えたろうが、ラスピーシュに言われては退けづらいからだ。

「うむ、それがよさそうだ」

 こくりとうなずいてレヴラールも同意した。

「すぐに部屋を用意させる。ラスピーシュ殿と……」

 レヴラールはオルフィを見た。彼は目をぱちくりとさせ、はっとしてぶんぶんと手を振った。

「いやいやいや、お城に寝泊まりなんてそんな」

 オルフィは慌てた。否、そのふりをした。

「ピニアさんのところにお邪魔することになってるんで」

(この城で眠ったら、悪い夢を見ちまいそうだ)

(――昔の)

 ヴィレドーンが犯した罪から逃げるつもりはなかったが、自虐的になって苦しんでも何にもならないと思った。

「左様か」

 レヴラールは何も不審に思わなかった。

「ではサレーヒをつけよう」

 しかし続いてやってきた言葉にこそ、オルフィは口を開ける。

「はあっ?」

「貴殿は王家の宝を持っている。言うなれば重要人物だ。警護の対象とするのは当然」

「じっ、自分の身を守るくらいのことはできる」

「だが騎士が同行して悪いことはあるまい? 逃げるつもりでもなければ」

「逃げるもんか! それを疑ってんのかよ!」

 思わずオルフィは叫んだ。

「いや」

 王子は否定した。

「俺はジョリスの信じたことを信じる」

「そ……か」

 気負うでもなくレヴラールは言った。そのことにオルフィは胸を突かれた。

(この事態は、相当おかしいんだ)

(田舎の若造が何を言ったって、王家の宝は王家の宝。斬り落とすという物騒な選択肢こそ採らなくとも、俺の腕から外すという方向に持っていくのが自然)

 ラバンネルにしかできないとの結論は出ているが、それはオルフィらがサクレンから聞いたり調べたりして納得していることだ。ちらっと説明しただけでレヴラールが得心するというのは奇妙な話。

 だがレヴラールはその段階を飛ばした。オルフィを信頼する理由は彼にはない。しかしジョリスの判断ならば信じられると。

 疑ったことをジョリスに詫びるかのように、オルフィを籠手の主として無条件に認めると。

「ああ」

 オルフィはうなずいた。

「信じてもらっただけのことは、しようと思う」

 レヴラールがジョリスに親愛を覚えていたからこそ怒ったのだと、あれはやり場のない哀しみの発露であったのだと、いまではよく判っている。

「で、でもサレーヒ様ってのは、ちょっと」

「何だ。何か問題か」

「ネレスト殿には話しておきたいこともあります。誰か別の者をお願いしたい」

 キンロップが言った。ジョリスの動けない現状では、〈赤銅の騎士〉の年長者であるサレーヒ・ネレストが騎士たちの首位同然ということになる。祭司長の言うのはそうした話だろう。

「そうか、では」

「いや、でも騎士様は……」

 もごもごとオルフィは言った。

「その、変に緊張、しちまうから」

 「オルフィ」には憧れの存在であり、「ヴィレドーン」にはまた別の複雑な思いがある。

「ならば俺が同行しよう」

 手を上げたのはヒューデアだった。

「一時的にこちらで警護をという話だったが、もう俺である必要はないのではないか」

「そうだな」

 イゼフがうなずいた。

「キンロップ殿、よろしければ」

「判った。殿下」

「うむ……いいだろう」

 キエヴの若者もまた「ジョリスのが信じた者」ということだろう、許可が出たようでオルフィは安堵した。

(ヒューデアもまあ、斬り落とすのはやめたという話だし、大丈夫だろう……たぶん)

 レヴラールはジョリスの判断を信頼すると示したが、ヒューデアの方はどう思うものか判らない。もちろん彼とて〈白光の騎士〉に深い敬愛を抱いていることは間違いないが、だからこそ籠手を継ぐのは自分だという思いがあったようだ。

 ジョリスの生存が判ったいま、それはもう変わったろうか。

「ヒューデアさんなら腕も確かね」

 リチェリンが言った。オルフィはぴくりとした。

(……何だ、いまの)

(嬉しそうな、声は)

「では本日はこれで解散を」

 ナイリアン王子は一同を見渡した。

「明日、各所に迎えを送る」


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