04 まだ足りない人物
「警戒する必要はない、と言おう。投獄するつもりであればとっくにやっている」
「話を聞くだけ聞いてから掌を返すってこともある」
「では誓おう。このレヴラール・フェンディ・ナイリアン、王家の血にかけて、アレスディアを盗んだまたは身に着けているという罪で貴殿を捕らえさせることはしない」
片手を上げて王子は言った。
(ここまでするからには、本気か)
オルフィにもそう判断できた。
「キンロップ祭司長。イゼフ神官」
ふとレヴラールは神職者たちを呼んだ。
「オルフィの言い方に倣えば、貴殿らは『神殿組』だが」
それは王子の冗談なのかどうか。オルフィは片眉を上げた。
(何だかこいつ、雰囲気が変わったな)
(いや、俺が会ったときは単に、いちばん取り乱してたときなのかもしれない)
ふと彼はそのことに気づいた。
(思ってたほど嫌な奴じゃないのかも)
「どう思う。コルシェントの件。悪魔の件」
「コルシェントにせよハサレックにせよ、彼らはナイリアンを離れた。爪痕は残されましたが、現状、この先の心配はないかと存じます」
まずキンロップが答えた。
「もっとも、油断が招いた事態でもある。ハサレックがまだ何か企んでいそうなこともあります故、警戒は必要かと」
「悪魔の件はともかく、ハサレックに注意が必要ということか」
「ハサレックこそが契約者であったことをお忘れなきよう」
イゼフが言った。
「彼がどんな契約をしたか、知るのは彼自身と悪魔のみ。子供の命がコルシェントの供物であったのならハサレックは何を差し出したのか」
「いや、それについては悪魔が口走ってた」
シレキが片手を上げた。
「いまひとつ意味が判らなかったんだが、オルフィの言葉で形が見えた。子供の命を捧げる約束をしたのはコルシェントかもしれんが、実行したのはハサレックだったということ」
「ああ……そうか」
オルフィも思い出した。
「コルシェントは指示していただけで、実行していた、つまり捧げたのはハサレックだと、あれはそういう話か」
「何とも……ねじれた輪だ」
キンロップがうなるように呟いた。
「もっとも、この場合、供物については重要ではない」
子供たちに出あろうか、追悼の仕草をしながらイゼフは首を振った。
「得たもの、または得るものの方が問題だ」
「――白光の」
レヴラールは呟いた。
「まさか、白光位というようなことも、なかろうが……」
その言葉のあと、沈黙が降りた。誰もが、考えたからだ。〈ナイリアンの双刃〉と呼ばれた騎士たちの間にあった何か。目には見えず、言葉にもならないもの。
たとえば嫉妬だとか羨望だとか、そうした言葉で括ってしまうことはできる。「ハサレックは白光位にあるジョリスを妬み、コルシェントに協力してジョリスを亡き者にと企んだ」と言ってしまうのは簡単だ。
だがそんなに単純なものだったろうか。
オルフィはハサレックの独白――懺悔を聞いた。
最初は「妬みが理由だ」というようなことを言った、それも嘘ではなく、いくらかは実際にあった気持ちなのだろう。だが彼はそのあとでもっと複雑なことを言った。
ジョリスと本気で戦いたかったと。そしてジョリスが敗れるはずがないと思っていたと。――敗れてほしくなかったと。
それをしてオルフィ、或いはヴィレドーンは、ハサレックが「黒騎士であったことを裁かれたがっていた」と判定した。
いまでもそれは的外れではないと思っている。
ジョリスが黒騎士に敗れたことにハサレックは落胆した。
大きな矛盾がここにある。あの晩に起きたのは〈白光の騎士〉と黒騎士の公正な対決ではなかった。あの街道にいたのは死んだ友が悪行をなし、自らを殺そうとしている事実に驚愕した男と、その隙を狙って友と呼んだ相手の命を奪おうとした男。
ジョリスの不意を突いておきながら、負けてほしくなかったと言う。矛盾があることをハサレック自身知っている。
(白光位がほしかった訳じゃないだろう)
(ただ、ジョリス様と戦うことがハサレックの望みだったなら……)
(ええい、巧く言葉にならない!)
たとえばニイロドスが白光位を示したところで、ハサレックはそれを求めはしなかったはずだ。だが、彼が白光位に就くということは〈白光の騎士〉ジョリスがどんな形であれいなくなるということを意味する。
自ら追い落としてやろうと思ったのか。
いや、判らない。ハサレック・ディアが何をどう思ったのかも。契約の内容も、何も。
「失礼ながら、白光位というのはただの栄誉。話を聞く限りでは、彼は名よりも実を取る気質と見受けたが」
イゼフが言った。
「白光位と青銀位の間には、周りが思うよりも差があるというようなことは言ってたが」
オルフィは呟いた。
「それでも、白光位が欲しかったというのはちょっと、違うようにも思う」
(俺は、どうだったろうか)
(ファローと俺の間には……確かに、ハサレックの言うようなこともあった。だがその分、あいつは責任も負っていた。別の誰かがしくじっても、白光位のファローが責任をかぶる)
(俺は漆黒位の方が気楽で、ファローにすまないとも、思ったようだが)
しかしハサレックが狭量でヴィレドーンが寛大だということでもないだろう。彼らの時代はまだ、それぞれの騎士たちがそれぞれきちんと評価を受けていたのかもしれない。「何でもかんでもファロー様」ということはなかったように思う。
もっともそれとて、気の持ち方次第とも言える。
だがやはり、ハサレックが「小さい男」だという答えはぴんとこない。
あれは誇張して話していたか、それとも――ほんのわずかな隙を悪魔に突かれ、増幅させられたか。
「どうであろうか……ハサレックのことはあまりよく知らぬ」
レヴラールは首を振った。
「ジョリスに訊くのがいちばんであろうが、医師の見立てでは、起き上がることすらとんでもないということだ。当分は面会も、俺ですら禁止。その状態でも自分は大丈夫だと言い張るのだから、あの男はどうかしている」
ふう、と王子は息を吐いた。そこには紛れもない安堵が、あるのだが。
「あ、あの」
上ずった声がした。視線が一斉に集まったのは、ピニアの上だった。
「どういう……ことなのでしょう? ジョリス様は……生きて……」
「ああ、貴女は彼の『死』をご存知だったか」
レヴラールはうなずいた。
「ハサレックに不意を打たれ、危険な状態にあったが、無事だ。言ったように現状では長く話すこともままならぬが、時間をかければ必ず回復する」
それが医師の言葉であるのか、はたまたレヴラールの希望であるのかは、この言葉からは判らなかった。
「ああ……ジョリス様が……」
ピニアは瞳を潤ませると、両手で顔を覆った。オルフィが戸惑う間に、リチェリンが占い師を軽く抱くようにした。こほん、とレヴラールは咳払いをした。
「話は、サレーヒから聞いてみるとしよう。ハサレックの関する考察はそのあとだ」
王子の言葉にオルフィは片眉を上げた。
(そっちが現状の最優先事項じゃないのか?)
(まあ、情報の少ない状態でああだこうだと言ってても、確かに解決はしないか)
判断間違いとするのは気の毒だろう、とオルフィは思うことにした。
「ともあれ、ピニア殿の星見を参考にするならば、三十年前と同じになるにはまだ足りない人物がいる。アバスターとラバンネルだ」
レヴラールはそこに話を持ってきた。成程、とオルフィは納得した。
「祭司長、イゼフ神官。貴殿らは先ほど『継承者』と言ったな」
「申し上げた」
イゼフはうなずいた。
「そう、イゼフ神官が貴殿らをアバスターやラバンネルを継ぐ者だと」
王子の視線が再びオルフィたちの方を向く。
「おっと、もし俺のことが入ってるなら誤解もいいところですぜ」
素早く反応したシレキが手を振った。
「俺は、まあ、ラバンネル術師の弟子と言ってもいいです。正式に師弟となった訳じゃありませんが教わったことは多い。しかしそれは彼を継ぐことにはならない」
とてもとても、と彼は首を振った。
「謙遜の類じゃありませんぜ。俺ぁやれることはやれると言います。『難しいがやってみればどうにかなるだろう』なんてこともある。だがラバンネル術師の後継は無理」
どうあっても、と彼はまた手を振る。
「それを言うなら俺だって」
オルフィは肩をすくめた。
「多少ばかり剣を操れたところでアバスターなんて継げるもんか。あの人の尋常じゃない点は剣技だけじゃないんだし」
「まるで知っているかのように言うのだな」
キンロップが片眉を上げた。
「知ってるさ」
さらりとオルフィは言った。
「ナイリアンの人間ならみんな知ってるだろ」
そして誤解したふりで続ける。キンロップは黙った。
「では籠手のことはどう思うのか」
イゼフがオルフィを見た。
「シレキ殿の否定とオルフィ殿のそれには少々違いがあるようだ。シレキ殿は違うということを知っておいでのようだが、オルフィ殿はただ闇雲に違うと言っている」
「なっ、ちょ、それはずるくないか」
「いいや、何もずるくない。大正解だ」
と言ったのはシレキだった。




