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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第一部 終章

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03 たぶん、な

「『厳密な契約』はどうあれ……もしや」

 レヴラールの視線がピニアを向いた。

「三十年前と同じ星というのは」

「有り得ますな」

 キンロップはうなずいた。

「『裏切りの騎士』の登場や、国王陛下と〈白光の騎士〉への狼藉だけではない、それに忌まわしきものが関わると……」

 当のピニアは身の置きどころがなさそうにもじもじしていた。いくら経験が少ないとは言え、自分の読んだ星を解釈できないというのは〈星読み〉の占い師として恥ずかしいことだと感じているからだ。

「予言か」

 ぽつりとシレキが呟いた。

「先のことが判っても、変えられないんじゃ意味がない。おっとすまん、あんたを貶めてる訳じゃない」

 ピニアの表情が曇ったのに気づいた魔力を持つ男は慌てて手を振った。

「それでも知りたいと思う、これってのは人間の(さが)かねえ」

 適当な一般論を口にしてシレキは肩をすくめ、それからちらりとラシアッド王子を見た。

「ところでラスピーシュ殿下?」

「何かな」

「いったいどうやってコルシェントと不気味な契約……成らなかった契約のことをお知りになったんです?」

「そのことか」

 ラスピーシュは肩をすくめた。

「簡単に言えば、かまをかけただけだ」

「何だって?」

「『全部知っている』と言ってみたところ、彼の方でぺらぺらと話してくれた」

「はあ」

 シレキは目をしばたたいた。

「だが少々私はやり過ぎたようでね。逆に彼を追い詰めてしまったんだ。彼はエクール湖の神にいたく興味を持っていたが、その祟りから逃れようとして」

「祟りだって?」

 オルフィは思わず言った。

「湖神が、祟るなんて」

 あるはずがない、などと彼は言いかけたが、不自然な言いようになると気づいてどうにかこらえた。

「そんなことが、あるのか」

 何とか言い換える。

「さあね、私だって知らないさ。言ったようにかまをかけただけ。ただ魔術師殿には思うところもあったんじゃないか。神に対抗しようと、人の身に余る力を使おうとして……自滅した」

 ふう、とラスピーシュは息を吐いた。

「あっけないものだね、人の命なんて」

 そう言って彼は両手を広げた。

「私の話はこんなところだ。何か訊きたいことは?」

 笑みを取り戻して彼は全員に尋ねた。もっとも、「ラシアッド第二王子」の説明に疑問を呈することができるとしたら、レヴラールくらいだ。

 キンロップは苦い顔をしていたが、それも無理はない。敵国ではない――それどころか大いに友好国になる可能性が高い――とは言え、他国の王子にここまで内情を知られていれば面倒もあるというもの。だが祭司長たる彼でも、或いはだからこそ、踏み込んで何かを口にするのははばかられた。

 だと言うのに、何の身分も持たないほかの人物が何か言うことなどできようか。と、普通ならば思うところであったが。

「そりゃ、大量に、ある」

 そこでさらりとオルフィは、挙手までして言った。

「あんたの目的。ウーリナの迎えってのが嘘っぱちだとは言わないけど、それだけとは思えない。むしろそれは隠れ蓑じゃないかと思うくらいだ」

「ほう」

 ラスピーシュは興味深そうだった。

「私にはほかに目的がある、と」

「または『あった』」

 オルフィは肩をすくめた。

「あんたはリチェリンにつきまとって得たい情報を得、同じようにコルシェントからも必要なものを手にした」

「ほう」

「自分のことを俺に『他国の密偵』だと言ったよな。それは事実でもあるんじゃないのか」

「ははは、ずばずばと言ってくれる!」

 楽しげにラスピーシュは笑う。

「もう少し言葉を選ぶことだ、オルフィ君」

「選んだって同じだろう」

「まあね。でもそんなこと、レヴラール殿下だってご存知だ。推測をつけるのは簡単だ、と言おうか? 当然だろう。ラシアッドは小国で……君を真似てずばりと言えば、王女を差し出して『今後とも友好的にお願いします』と言っているところだが」

「……おい」

 何ということを――とオルフィは顔をしかめたが、ラスピーシュはかまわなかった。レヴラールも何も言わず、ただ聞いている。

「だからこそ、ナイリアンには平和でいてもらわなくちゃならない。この国に影が落ちれば、ウーリナのことがあろうとなかろうと、ラシアッドにも必ず影響があるのだから。そうしたことは、みんな考えている」

 彼はぐるりと周囲を指し示した。

「たとえばカーセスタやヴァンディルガの間者。ナイリアール中にごろごろ存在している。うち(・・)は人材不足で私のような者がやってきているが、ほかは徹底的に訓練を受けた玄人。そしてそんなこと、王子殿下はよくご存知だ。そうでしょう、レヴラール殿」

「ああ」

 こくりと第一王子はうなずいた。

「諜報活動は、我々だってやっている。普通は」

 レヴラールは片眉を上げた。

「王族は出向かぬが」

「はは」

 ラスピーシュはまた笑った。

「お判りかな、オルフィ君。確かに私も、得たいものは得ようとした。だがコルシェントやハサレックの企みを潰し、ナイリアンを平和に保つという意味において、私はこのたびの事件に真剣に関わってきたつもりだよ」

「……そうか」

 オルフィは短く相槌を打った。

「ま、ナイリアンが他国と仲良くやるのはいいことだと思うさ。庶民を代表して言わせてもらえば、平和がいちばんだからな」

 ところで、と彼は口調を変えた。

「おそらくだけど。この小集団は主に三つに分けられると思う」

 彼は指を三本立てた。

「王子殿下、祭司長、神官殿のナイリアン組。俺、おっさん、リチェリンの庶民組。それからウーリナ様は席を外されたけど、彼女とラスピー……シュ、殿下のラシアッド組」

「これまで通りラスピーでかまわないとも。私と君の仲ではないか」

「……ピニアさんがどこに入るかは難しいかな。あと、ヒューデアも」

 思わず無視してオルフィは続けた。

「ナイリアン組とラシアッド組は、少なくとも表面上は対立しないよう巧くやるだろ。やばい企みがあるなら第二王子と第一王女がやってくるとは思わないしな」

「変わらず、ずばずば言ってくれるねえ」

 ラスピーシュは笑った。

「『強いお隣さんと仲良く』、私も兄上も同じ気持ちだとも」

「だろうな」

 オルフィは口の端を上げた。

(ナイリアンへの人身御供(・・・・)に王女殿下を差し出そうってんだ。争うつもりじゃないだろう。そもそも、国力が違いすぎる)

 単純に領土の広さだけを取っても、ナイリアンはラシアッドの十倍でも利かないだろう。そのなかには何の役にも立たない不毛の地もあるが、逆にぐんと肥沃な土地もある。ラシアッドは全体的に土地が痩せているとか。

「で、こっちだ」

 彼は自分たちを指した。

「おっさんとリチェリンは何も問題ないだろう。あくまでも『事情を聞く』場合によっちゃ『口止めをする』ために呼ばれたと見た。もちろんこの『口止め』はあくまでも穏当な方向で」

 彼は肩をすくめた。キンロップが少し顔をしかめたのは、「穏当ではない方向」の手段への抵抗感だろう。

「一方、俺についてだ。王家の宝を持ったまま。黒騎士の疑い、王子殿下の命を狙った疑いも晴れたのかどうか――」

「晴れた」

 短くレヴラールは口を挟んだ。

「あ、そう」

 いささか拍子抜けだが、王子に断言してもらえるのなら安心というものだ。

(ジョリス様の証言があれば、当然か)

 そうとも思った。

「それで、籠手をどうするかは算段がついたのか? 俺を呼んだのはそのことに関してなんだろうし」

 まさか、と彼はヒューデアを横目で見た。

「また、斬り落とす気に?」

「なっていない」

 真面目にと言おうか、ヒューデアは答えた。

「お前と籠手がこの場で無体な真似をすれば、そうするもやぶさかではないが」

「しない、しないってば」

 降参するようにオルフィは両手を挙げた。

「いまここに『敵』はいないだろ。……たぶん、な」

 何も自分が敵に回る可能性があると言ったつもりではない。レヴラールが渋面を作ったのは、しかし、オルフィの言う意味が判ったせいだろう。

 敵のはずはないと思っていたコルシェントやハサレックにいいようにされたことが、王子には酷く苦いはずだ。

「言っておくが、俺は自分を守るためなら相手が誰だろうと戦う。俺が『ただの田舎のガキ』じゃないことは、面倒だから説明はしないが、多少の」

 ほんの少し、彼は間を置いた。

「――心得(・・)があることは確かだ」

 この言い方を使ったことによって胸に浮かんだ痛みを抑え、オルフィは全員を見渡した。

「詳細はややこしいんで、省かせてもらう。『田舎のガキ』扱いしたいならかまわないが、俺はそれにつき合ってやる気はない」

 オルフィは宣言した。背後でリチェリンが心配そうな、または不安そうな顔をしていた。

「ねじ伏せるために招いてはいない」

 レヴラールもオルフィの牽制を理解した。

「本当かねえ?」

「おい、もうちょっと丁重にしたらどうだ」

 シレキからの忠告が飛んだ。

「お断りだ」

 オルフィは鼻を鳴らした。

「そりゃあ王子様はお偉いだろうよ。でも俺は」

(俺は?)

(……落ち着け、オルフィ)

「――俺は平民生まれの平民育ちだからさ、下手に敬語使おうとしても面妖になるだけだっての。いまは無駄に丁重にして俺の真意を伝えられないより、いくらか無礼でも内容が伝わるように話した方がいいだろ。……ため(・・)口じゃ殿下に通じないってんなら、別だけど」

「いささか判らぬところもあるが、おおよそは通じる」

 そのとっさの言い訳を本気にしたかどうかは判らないが、ともあれレヴラールはそのままでかまわないと言った。


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