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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第一部 終章

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02 まだ思い出せないことが

その通り(アレイス)

 巻き毛の青年はうなずいた。

「もう一度、改めて私が話をした方がよろしいか?」

「お頼みする」

「では」

 ラスピーシュは部屋を見回すようにし、少し下がって全員を見渡せる場所に立った。

「私は以前、ナイリアールを散歩している内に町憲兵に注意を受けたことがあってね」

 そうして彼はコルシェントの邸宅を知った経緯や、リチェリンに協力する形でナイリアールの情勢を見ていたということ――神女見習いは驚いたが、糾弾はしなかった――を正直に語った。

「もっとも、オルフィ君を助けようと必死のリチェリン君を見ていると私も協力しなくてはならないと本気で思うようになった」

 言ってラスピーシュはリチェリンに向かって片目をつむり、オルフィはまた位置を移動した。

 しかし第二王子のそれは彼女に色目を使ったのではないということ、リチェリンにはそのあとすぐ通じた。

「場所柄、移動にも都合がよさそうなので中心街区(クェントル)の旅籠に一室を借り受けたんだ。まさかそこに宮廷魔術師殿がやってくるとはねえ」

 彼は神子云々という話題を省いたのだ。

「コルシェントが? 何故だ」

「うん、彼はオルフィ君の籠手を狙っていたようでね」

 少しラスピーシュは間を置いた。

「『彼の籠手』ではないが」

 念のためとばかりにレヴラールは言った。

「それは失礼。『彼の身につけている籠手』という意味だと思っていただきたい」

 そんなやり取りが挟まれた。オルフィは無意識の内にそっとアレスディアを撫でた。

「かの魔術師は、オルフィ君に対してリチェリン嬢が人質になると考えた。事実その通りで、オルフィ君は彼女を助けようと現れたが逆に捕らわれ、『黒騎士』に仕立て上げられそうになった」

「ちょ、ちょっと待て。何であんたがそんなことまで知ってるんだ」

 驚いてオルフィは尋ねた。

「かの大魔術師リヤン・コルシェント殿が得意気に語ってくれたんだよ」

 というのがラシアッド王子の説明だった。

「王城での出来事はレヴラール殿もご同席なさっていたようだから省こう。ほかの者は、聞きたければ後ほど改めてということで」

 誰も異論は挟まなかった。

「私はリチェリン嬢を守りきれず、彼の魔術に打ちのめされて神殿で介抱されていたが、神官方には失礼ながら魔術の影響を消すには魔術薬が適当。カナト君という可愛らしい少年魔術師がオルフィ君の居場所を探して神殿にやってきたことは、マレサ嬢やコズディム神官方に聞けば判ることと思う」

「あっ……マレサ!」

 そこでオルフィは、この波瀾万丈のなかですっかり忘れていた少女のことを思い出した。

「彼女なら大丈夫」

 ラスピーシュは片手を上げた。

「あまりにも危なっかしいので若い神官が面倒を見ていた」

「危なっかしいってのに大丈夫ってのは何だよ」

 思わずオルフィは呟いた。

「宿の案内などをしているのを小耳に挟んだ。昼日中は何をしているにせよ、夜には宿へ行けば会えるだろう」

「何をしているにせよ、ね」

 おかしなこと――主に、犯罪行為――をしていなければいいが、と願うばかりだ。

「様々な断片から、コルシェントが黒幕であることはほぼ確信できた。だが証拠がほしかったのでね。ピニア殿の館の方はオルフィ君たちに任せることにして、私は彼の邸宅へ向かうことにしたんだ」

「失礼だが、どうやって邸内に?」

 キンロップが片手を上げて問うた。

「それは訊かないでくれたまえ」

 ラスピーシュは肩をすくめた。

「どうやって入ったのかということを追及されたくないのは君たちも同じだと思う」

 さらりと言われては祭司長も黙るしかなかった。

「もっとも私が何か探ったりする暇もなく、館の主人が帰ってきた。結局私は、かの魔術師殿と対峙することになった訳だ。状況を考えれば私はどう見ても不審者で、彼の新しい立場――逃亡者としては、穏当に捕らえるよりもっと手っ取り早い方法を採ることは十二分に有り得た」

 そこで、とラスピーシュは指を一本立てた。

「私は殺される前に、身分こそ明かさなかったが『隣国の者』だと言った。そして、この辺りの嘘は大目に見ていただきたいのだが、有能な魔術師殿を我が国に連れたいと告げた」

「コルシェントは何と?」

「彼も馬鹿じゃない、そう簡単には信じなかった。私は通りすがりの間者程度じゃ到底知り得ないような彼の秘密……黒騎士ハサレックとの結託やジョリス・オードナー憎しで彼を死に追いやろうとしたこと、悪魔との契約のことまでみんな指摘してやったら」

「お待ちを」

 レヴラールが片手を上げた。

「ジョリスの……いや」

 王子は言いかけて首を振った。

「悪魔というのは? コルシェントは『裏切りの騎士』のように忌まわしき存在と闇の契約を?」

「本人は契約をしているつもりだったが、悪魔の方にはその気はなかった」

 オルフィが言った。

「あのとき姿のない声が聞こえたろ? あれが悪魔だ。ニイロドス。人間と契約を交わし、何かと引き換えに力を与える。その『何か』は場合によっていろいろだ。本人の命、魂という類は伝承でも聞くだろうが、必ずしもそうとは限らない」

 家族や恋人などの命ということもあれば、何かしらの物品であることも、情報ということもある。ラスピーシュはそんな説明を続けた。

「コルシェントはおそらく……子供たちの命を約束してたんじゃないか」

 ぽつりとオルフィは怖ろしいことを言った。すっと部屋の空気が冷たくなったかのようだった。

「……悪魔の業に詳しいのか?」

「えっ」

 オルフィはしまったと思った。と言うのも、彼にそう問うたのは祭司長であったからだ。

「いや、詳しいなんてこと、ない。聞きかじりで」

「ほう」

 キンロップは薄青の瞳を細めてじっとオルフィを見た。

「籠手のことを調べてたときに、ちょっとな」

 彼はさっと考えた。

「魔術師協会での調べもの中にカナト……友人の魔術師が教えてくれた」

 死んだ少年のことで嘘をつくのは心苦しかったが、オルフィが知っていたと言うよりは魔術師の知識であるとした方が自然だ。

「ふん」

 納得したのかどうなのか、キンロップは追及しなかった。

(さすがに祭司長や王子の前で俺がヴィレドーンだと言う訳にはいかないな)

(悪魔と取り引きしたことがあるなんて――)

 そこで彼はぎくりとした。

(取り引き)

(契約)

(そうだ……俺はニイロドスと契約した。そのことは覚えている。だが)

(俺はいったい、何と引き換えた(・・・・・・・)?)

 思い出せない。

 まだ思い出せないことがある。

 それは気持ちの悪い感覚だった。

(あのとき、俺は既に手に入れていた。村を守るための力。ならばニイロドスは既に俺から何か引き換えているはず……)

(いや違う)

(約束が果たされているなら、ニイロドスが俺の前に姿を現す必要はない)

(俺は)

(もしかしたら、死したときにはその魂を――というような、古典的な契約をしたのかもしれない)

(だとしたらあいつは、俺の死を待っている)

 ただ待たれているだけなら、気分は悪いが問題はない。オルフィだっていつかは死ぬ。しかし悪魔がただ待っているだけとも思えない。

 かと言って、積極的に彼を殺そうとしているとも思えない。

 ニイロドスはコルシェントを乗せ、ハサレックと契約を結んだ。そこにはどんな目的があるのか。いや、悪魔の目的なんて判りきっている。彼らは地位や金など欲さない。彼らは遊戯を楽しみたいだけ。

「コルシェントがそのような忌まわしきものと契約していたというのか」

「厳密に言えば、契約は交わしていないはずだ」

 もう一度ラスピーシュは言った。

「そうだろう? 祭司長殿」

「何?」

「おや、お気づきでない?――魔術師殿の遺体は、残っていたろう?」

「……成程」

 苦々しげにキンロップは呟いた。

「忌まわしき者と契約をした人間は、その死の際に全てを失う。そう言われている。三十年前の『裏切りの騎士』も同様だったかと」

 オルフィはぴくりとしたが、ここは黙っているのがいちばんだった。

「それが事実かどうかは私だって知らない。悪魔と契約して死んだことなんてないからね」

 くすりとラスピーシュは可笑しいことを言ったかのように笑った。


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