12 俺が知らせる
イゼフの来訪はともかく、それにラスピーが同行してきたことはオルフィを驚かせた。彼もまた青年が起き上がれるとは思っていなかったからだ。
「話は、聞いた」
あのラスピーが神妙な顔つきで言うとオルフィの肩に手を置いたのは、イゼフが寝台に横たわるカナトを前にひと通りの祈りを終えたあとのことだった。
ラスピーは――驚くべきことに――入室や発言の許可をオルフィに求める神妙ぶりだった。
「すまなかったな。私がカナト君に、君の行き先を教えたばっかりに」
「教えなくてもあいつはどうにかして知ったさ」
ほんの少しタイミングがずれたなら、確かにカナトの運命は違ったかもしれない。しかしその考察には意味がない。少年が騎士であった男に殺された、その事実には何の変わりもないからだ。
「あんたのせいじゃないよ」
ラスピーは扉の鍵を渡したかもしれないが、開けて飛び込んできたのはカナトなのだ。カナト自身もそう言うだろう。運命だったのだとでも。
それにはオルフィは納得できないものの、少なくともここでラスピーのせいだと咎めたところで何にもならない。そのことは判っていた。
「……て……な」
青年の声がずいぶん低くなったので、オルフィは片眉を上げた。
「何だよ? 言いたいことがあるならはっきり、陰口なら最初から聞こえないように――」
「何て健気な!」
くわっと瞳が開かれ、両手が伸ばされた。
「おいっ、ちょっと待っ……」
オルフィは制止して下がろうとしたが、驚くべきことにと言おうか、アレスディアでさえそれをとめることはできなかった。
「誰かのせいにして怒鳴りつけたくてたまらないだろうに! そんなことをすればカナト君が哀しむとばかりに耐えて!」
「ば、馬鹿っ、放せっ」
全く予想外かつ突然の抱擁にオルフィはじたばたした。
「謝ろう、オルフィ君。何だかんだでカナト君の方が可愛いと思っていたんだが、君も十二分に可愛らしい!」
「んな謝罪は要らんっ」
声を裏返らせて主張し、どうにか彼は気に入らない抱擁から逃れた。
「オルフィ殿」
そのひと幕をどう思ったものか、表情に全く見せぬままイゼフが声を出した。
「彼のご家族は」
「あ……」
はっとして彼は目をしばたたいた。
「両親は、確か、亡くなってるはずだ。兄弟姉妹や親戚なんかのことは、知らない。魔術師協会のサクレン導師なら知っているかも。……でも」
きゅっと彼は拳を握った。
「いまのカナトの家族って言ったら、サーマラ村のミュロンって人だ。血のつながりはないけど、師弟として三年間一緒に暮らしてて」
「そうか」
イゼフはただ相槌だけを打った。
「神殿から知らせを送るか?」
「いや、俺が知らせる」
オルフィはすぐに答えた。
「ミュロンさんには、俺が、ちゃんと」
「では葬儀は」
神官は神官として問うべきことを問うたが、これにはオルフィは迷った。
(俺の勝手で、そんなことを決める訳には)
やはりそれはミュロンや、場合によってはカナトと血の繋がる誰かの仕事だ。
彼は黙ると、イゼフはそっと首を振った。
「え?」
「サーマラ村と言ったな。気の毒だが一日や二日でやってくることはできないだろう」
イゼフはそうとしか言わなかったがオルフィにも理解できた。
死体は、腐る。
「で、でも……そうだ、サクレン導師なら、ミュロンさんを連れてきてくれるかも」
「それは相談してみるといいだろう」
神官は「魔術は汚らわしい」などとは言わず、もっともなことを返した。
「葬儀は執り行う、ということでよろしいか」
「あ、当たり前だ!」
「失礼な問いかけをして申し訳ない。だが世の中には、実の家族であっても葬儀や墓は不要と言う者もいる」
いったいどんな不仲ならそんなことになるのかと、善良なオルフィには想像しがたかった。しかし事情はどうあれ、神官はそうした現実を知っていて、必要な確認をしただけ。
「すんません」
彼は謝った。
「俺、こういうの、初めてで」
「葬儀に慣れるのは神官だけでよい」
イゼフの口調は変わらなかったが、不思議と優しく聞こえた。
「もっとも、いまは少々異例の事態だ」
「それってのは、その……」
「いや、死者や葬儀の話ではない。私の口からは言いにくいのだが、そうした重要な決めごとの詳細をあとにしてでも、貴殿には王城に行ってもらわなくてはならない」
ハサレックの件で何か判ったのかとオルフィは意気込みかけたが、そういうことではないようだった。
「とにかく、オルフィ殿にはきていただくよう、キンロップ祭司長から言いつかっている」
「祭司長が」
少し驚いて彼は繰り返し、それからうなずいた。
「判った。ただ、事情があってこの館を手薄にはできないんだ」
「そのことなら問題ない」
イゼフは手を振った。
「コルシェントは死んだ」
「何だって?」
「案じていたのは彼の再訪では?」
「その通り、だけど……」
(死んだ?)
それは思いがけなかった。
「事故だが、自殺だ」
口の端を上げてラスピーが言った。
「どういうことだ? いや、そんなことより」
彼はラスピーを見たものかイゼフを見たものか迷った。
「ピニアさんは……あいつが魔術の契約で縛っていた女性がいるんだが、彼女は?」
「施術者が死ねば解放されるはずだ」
「そう、か」
かろうじて吉報だ。オルフィは安堵した。
「当人には判るんだろうか」
「縛りの厳しいものであれば、おそらく」
明らかな変化があるだろうと神官は言った。
「ピニア殿か。まだお目にかかっていないのだが、噂によると朴念仁の魔術師でさえ虜にしてしまう美女だとか」
ふむ、とラスピーはあごに手を当てた。
「早速、ご挨拶を」
「あとだ」
イゼフは遮った。
「王城が先」
「って、ちょっと待て」
オルフィは片手を上げた。
「まさか、こいつも行くのか!?」
「もちろんだよオルフィ君」
にこやかにラスピーが答えた。
「祭司長殿はむしろ私に縄をつけてでも引っ張っていきたかったようだが、どうしてもオルフィ君とカナト君の様子が気になってね。彼は私、ではなくイゼフ殿を信頼し、イゼフ殿と行動を共にするならという条件でこうしてここへ」
「……何をやらかしたんだ、あんた」
「ちょっと話して、あとは見ていただけだ」
「はあ?」
「コルシェントの死の目撃者だ」
ラスピーの適当な言いようをイゼフが補足した。
「あんた……」
オルフィはどきりとした。ラスピーの「正体」を思い出したからである。
「お、おい」
彼は小声でラスピーを手招いた。
「王城なんか行って、大丈夫なのか?」
「私を心配してくれるのかい? 何て健気――」
「だあっ、それは要らんからっ」
素早く身を引いたオルフィは、今度はその腕に捕まらないで済んだ。
「別に心配って言うようなことじゃなくてだな、あんたの立場の……ああ、もう、いいや」
どうでも、と彼は呟いた。
ラスピー自身の問題だけではなく自称とは言え「他国の密偵」をナイリアン城に連れていいものかという心配もあったが、コルシェントの死に様を知るという人物を連れないことも難しい。ラスピーが勝手に城内をうろつくようなことがないよう、少し気をつけておけばいいだろうと思った。
「それじゃすぐにでも行こう。シレキのおっさんに、一応もう一度あとを頼んで」
「その必要はない」
神官は手を振った。
「シレキ殿にも同行していただく」
「成程」
王城が――王子と祭司長が、だろうか――何を気にかけているかがだいたい判るように思った。
「でも、いくらコルシェントが死んだと言っても、リチェリンとピニアさんをおいていくのは」
「問題ない」
またしても彼を遮ってイゼフは言った。
「彼女らにも同行願うことになっている故」




