03 どんなに信頼できる人でも
「いや、実は昨日、君が帰ったあとにタルー神父が仰っていたんだ。オルフィ君がナイリアールに行くのでなければ頼んだのだが、とね」
「どこか遠くへの届けものなのか?」
「北のサーマラ村だ」
「ああ、それなら行ったことある」
普段オルフィが行き来している村々からは少し離れており、滅多に行くことはなかったが、とても遠いと言うほどではない。サーマラ村には数年前一度だけ、ちょっと不規則な仕事で訪れたことがあった。
仕事として届けものをしただけなのに、ものすごく感謝された。あそこまで感謝されたのはあのときだけだ。オルフィは何も感謝されたくてこの仕事をしている訳ではないが、されれば嬉しいのはもちろんだ。
「サーマラ村なら、半日もあれば充分かな」
「ナイリアールに行く前に、寄ってもらえるか」
「急ぎ?」
「神父様はなるべく早くと仰っていた」
「かまわないけど……」
彼は近くにいたリチェリンと、それから部屋をちらりと見た。
「ここでの手伝いは、要らないかな?」
「ああ、そういうことか」
カルセン村の青年は目をぱちぱちとさせた。
「有難いが、人手はある。いまはみんな、動じているが……」
「そうだよな……あっ」
オルフィははたと気づいた。
「砦に連絡、してないって聞いたけど。俺がついでに、寄ってこようか」
「それは助かるな」
ニクールはほっとしたように言った。
「村長が決めて下さればいいんだが、すっかりおろおろしてしまっていてな……」
仕方ないが、と青年は呟いた。
「俺だっておろおろしたいところなのに」
「ご、ごめんなさい、ニクール」
はっとして、リチェリン。
「私、しっかりしなくちゃならないわ」
「君のことじゃないさ。気遣わせてすまない」
慌ててニクールも謝った。
「そうだよ」
オルフィも言った。
「いい年したおっさんたちがびびって遠巻きにしてるじゃないか。若いリチェリンが気にすることなんかない」
「こうしたときに彼らを支えるのが、神父様だもの」
気丈に彼女は顔を上げた。
「いま、その代理をできるのは私だけだわ」
「無茶すんなよ」
オルフィは顔をしかめた。
「リチェリンは見習いだろ」
「未熟なのは判ってるわ」
「そうじゃねえって。いちばん動揺してたって、神様も叱りゃしねえって言ってるんだよ」
さっきみたいに、と心のなかでつけ加える。声に出さぬ言葉が届いたか、リチェリンは少し顔を赤くした。
「オルフィ……有難う」
「れ、礼を言われるようなことじゃねえよ。じゃあ、その、ニクールさん」
こほん、とオルフィは咳払いをした。
「その届けものっていうのは」
「ああ、ちょっと待っていてくれ」
青年は一旦部屋に引っ込むと、少ししてすぐ戻ってきた。
「これだ」
彼は布でくるまれた小さな何かを差し出した。掌に載る程度のもので、重さも見た程度にしかない。
「何?」
当然の疑問としてオルフィは尋ねた。
「判らないんだ」
「へ?」
「先日、旅人が供物として置いていったものらしい。見た目には聖印に似ているが、力の質が判らないとのことだった。少なくとも悪いものではないと神父様は仰っていた」
「へえ……」
「ただ、力を秘めたものであるならきちんと神殿や魔術師協会で鑑てもらうのがいいと」
「魔術師協会?」
神父が神殿を頼るのはごく自然なことだが、魔術師協会というのは解せなかった。タルーは偏見なく人々を教えていたものの、子供の内はまだしも、成長すれば余所からいろいろな知識も入ってくる。この付近の村人も都会の例に洩れず「魔術師は忌まわしい」と考え、「神官と魔術師は仲が悪い」と考えた。
「魔術が関わるかどうかは神官にははっきり判らないそうだ。だがもしそうであれば放っておくのは危険らしい。神父様から協会に直接依頼をするのは難しいが、サーマラ村の老ミュロンには導師の知り合いがいて、頼んでもらえるんだとか」
「老ミュロンって、あの爺さんか」
「知っているのか?」
「知ってるってほどでもないかな。少し話をしただけ」
かつて一度サーマラ村を訪れたのは、ミュロンのところへ行く用事のためだった。もっとも、ミュロンに用事があったのではないのだが。
「そうか。じゃあ安心して任せられるな」
「知らなくたって大丈夫だよ」
オルフィは片目をつむった。
「俺ぁ玄人なんだから」
言ってから――はたとなった。
大事なことを忘れている。
(いや、忘れてた訳じゃないんだけど)
彼の腰には、〈白光の騎士〉がそうしていたのと同じか、それよりも厳重に、預かった荷が結びつけられていた。
(どうしよう、これ)
必ずタルー神父に渡すように、というジョリスの声が蘇る。
(ジョリス様にお返しするしかないか)
(ここにきて下さるはずだから、ニクールさんかリチェリンに預けて)
(……でも)
(どんなに信頼できる人でも、タルー神父以外に渡しては駄目だって)
まさかジョリスだって、タルーが死んでいるなどとは思わなかっただろう。彼の発言は、あくまでもタルーに荷を渡せる状況であることが前提だ。
だが、ここでニクールにせよリチェリンにせよ、荷を預けることは約束を違えることになる。少なくともオルフィはそう判断した。
(ジョリス様との約束を破るなんて、俺にはできない)
「オルフィ? どうしたの?」
リチェリンが彼の惑いを感じ取って首をかしげた。
「あ……うん」
彼は迷った。
ジョリスの話をすれば、もちろんふたりとも、その荷を預かろうと言ってくれるだろう。渡せないと言うのは気が引ける。話せば納得してもらえるとは思うものの、オルフィ自身がまるで「あんたたちを信頼しない」と言うかのようで引っかかるのだ。
だが騎士はこの村にやってくるだろう。
オルフィが待っていられればそれでいいが、タルー神父の用事がある。その重要性は彼には判然としないが、タルーが急いでいたのなら急いで行うことが神父への弔いになるとも感じた。
「……リチェリン。あのさ、ちょっと手紙を書いてもらいたいんだけど、いいかな」
「もちろん、いいわよ」
少し驚いた顔をして彼女は答えた。オルフィはたいていの村人と同じように読み書きなどできないが、リチェリンは神女見習いとして勉強し、読むも書くも自由自在だ。
「手紙っていうか、伝言代わりみたいなもんなんだけど」
どう言ったらいいものか。
「あとでこの村に、タルー神父を尋ねて人が……すごく偉い人がくると思うんだ」
「何ですって?」
「その」
ええい、とオルフィは首を振った。
「〈白光の騎士〉ジョリス・オードナー様」
彼の言葉に、ふたりはぽかんと口を開けた。
「オルフィ……大丈夫?」
心配そうにリチェリンが言った。
「別に白昼夢を見た訳じゃねえよ」
たぶん、と小さくつけ加える。




