05 約束をしてた
幸いにして占い師は拐かされることもなく、急に遠ざかった強制力に自室で戸惑っていた。
オルフィはコルシェントが逃亡したことを話し、捕らえられなかったことを詫びた。ピニアは驚いたように首を振って、詫びの必要はないと返した。
「あなたは彼に対する責任を負っていません」
「確かに、義務は何もなかった。でも」
「いえ」
いいんですとピニアは繰り返した。
「私に打ち込まれた楔は、他人には抜けません。〈定めの鎖〉という言い方をするのであれば、これが私の定めなのです」
「――そんなこと、あるもんか」
オルフィは呟いた。
「縛りつけられて苦しむのが決まってる運命だなんて、おかしい。そんな鎖なら、ぶち壊してやる」
ぎゅっと拳を握ってオルフィは言った。
「決まってるなんて、決まってたなんて、俺は認めない」
彼の心に浮かぶのはカナト少年のことだった。
カナトの死が決まっていたなんて、絶対に認めない。
「オルフィ……」
気遣わしげにリチェリンは幼なじみを見た。オルフィははっとすると、大丈夫だと言うように笑ってみせる。
「とにかく、ピニアさんの周辺はもう少し警戒しなきゃな。シレキのおっさんに相談しよう」
「シレキ、さん?」
リチェリンが首をかしげた。
「ああ。ちょっとした知り合いで、魔力は強くないけど一応魔術師で」
「魔術師じゃない」
と言ったのは当のシレキだった。オルフィは片眉を上げ、リチェリンとピニアは驚いたが、オルフィの知人とすぐに理解して悲鳴を上げたりはしなかった。
「おっさんのそれ、どうなってんの?」
「あ?」
「――カナトより」
その名を口にするのは痛かった。
「魔力は弱いって話だったろ。嘘ついてたのか?」
「嘘なんかついてない。確かに、強力な術師は自分の力を抑えて実際ほどじゃないように見せることもあるって言うが、俺はそんな器用な真似はできない」
「でも」
カナトが〈移動〉術を使えないと言っていたこと、オルフィは覚えていた。この館に現れたとき――最後、とは言いたくなかった――はそれを使っていたようだったが、カナトが急に覚えたにせよ、コルシェントの推測したように誰か――サクレンだろうか――が手を貸したにせよ、ほんの少し前までは使えなかったものだ。
「借り物だってことはお前も理解してたろ。そう、借りてるんだよ。そいつや」
と、男はオルフィの左腕を指した。
「こいつから」
「箱」
シレキが掌を上に向けると、そこに銀色をした箱が現れた。
「どういうことだ?」
「割とそのままだ。箱の方は弱くて、籠手の方が強力なんだが、遠くだと力を借りにくくてな」
だいぶここに近くなるまで徒歩で――走ってやってきた男は肩をすくめた。
「これに力を込めたのがラバンネル術師だってことは知ってるよな。籠手はもちろん、箱もただの入れ物にしちゃ相当の力を秘めてる。そこから借りた」
「……そんなことができるのか」
「普通は、できない。だがあらかじめ施術者、この場合はラバンネル術師がそうやって術を編んでおけば可能だ」
「それはつまり」
オルフィは考えた。
「ラバンネルが、あらかじめ」
「そう。彼に予知の力はないから具体的に何かを予測してたってことはない。だが未来に何か起こるかもしれんとは考えてたんだな。そこで箱に、魔力を残した」
「『何か』ったってそんなもん残して、悪い奴に利用されたら」
コルシェントは箱のことを気にかけていなかったが、もし気づかれていたら面倒だったのではないかとオルフィは言った。
「いや、それがな」
シレキは頭をかいた。
「お前は、箱を開けたろ」
「うん?」
「カナトが言ってたよな。お前だから箱を開けられたと」
「――その意味は、いまでは判る」
オルフィは呟くように言った。
「カナトには見えていたのに、俺は否定してばっかだったな」
「そりゃ仕方ない。あいつだってきっちり全部を見て取ってた訳じゃないし、本当にそう思ってたと言うよりは、そうしないとお前さんが咎人ってことになっちまうから『運命説』を推してたって気も」
シレキの言葉の意味は判るように思った。カナトは何も嘘をつこうとしたり、ごまかそうとしたのではなかったが、いつでもオルフィのためになるよう考えていた。
「何で」
彼は呟く。
「何であいつ、そこまで、俺なんかを」
「『なんか』なんて言うな」
男は顔をしかめた。
「俺も訊いたよ。だがあいつ自身、判ってないみたいだった。『友だちだから』ってのが単純だが真実だったのかもしれないな」
「判らないって」
「何?」
「あいつ……俺が友だちかどうかも、判らないって言ってた」
「別にそれは『お前なんか友だちじゃない』って意味じゃないだろう」
「ああ、うん、それは判ってる」
オルフィはうなずいた。
「たぶん、あんまり友だちづき合いってもんをしたことがなくて、それで判らないって言っただけだ。でも、そんなの、あいつ、これからいくらだって、できるはずだったのに」
「弔いをしてやろうな」
シレキは言った。オルフィはまた静かにうなずいた。
「それで、箱を開けられたのが俺だから、何」
気を取り直すように顔を上げ、彼は尋ねた。
「ああ、そういう意味で、その」
こほん、とシレキは咳払いをした。
「俺だからラバンネル術師の魔力を借りられたんだ」
「……どういうことだよ」
「黙ってて、悪かった」
男は謝罪の仕草をした。
「さっきちらっと話も出たが、俺はラバンネル術師のことを知ってるんだ。直接な。それに、年に一、二度だが連絡も取ってた」
その告白にオルフィはぽかんと口を開けた。
「すまん。誰にも言っちゃならん約束をしてたんだ。あの人はいま、静かな暮らしをしてて……いくらアバスターほどの有名人じゃなくても、どこからか聞きつけた人間が『どうか魔術師様、助けて下さい』なんてやってこられたら困るんだよ」
「俺は何も闇雲に、『すごい魔術師だから』って曖昧な理由でラバンネルを探してた訳じゃないのに」
しかめ面を作ってオルフィは言った。
「それが判ったのはしばらくしてからだろ。それに、俺からばらすことはできなかったんだ。カナトには言ったんだが、俺があの人に抱く敬意は、お前がジョリス様に抱いてるもんと似てるんだよ」
たぶんなとシレキは言った。ジョリスの名にピニアがびくりとしたが、そのことには誰も気づかなかった。
「まあ、いいさ、済んだことは」
オルフィは手を振った。




