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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第5話 契約と犠牲 第3章

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05 ふたりの「裏切りの騎士」

「だがすぐさま死罪とは言わぬ。罪人であればこそ捕らえて尋問し、謎である部分を解明するべきだ。俺の個人的感情で私刑にかけてはならん」

 震える声で、しかし王子はしっかりと言った。

「グードならば、そうするべきだと言う。それに――」

 レヴラールはジョリスを見た。

「お前も」

 その言葉に、〈白光の騎士〉はかすかに笑みを浮かべた。

「ご立派です、王子殿下」

 言ったのはシレキだった。

「殺してしまえば何も判らない……こういう前後関係があった故にこういうことだったに違いないと、たとえば『悪い魔法使い』の巧い言葉に騙されてしまうかもしれませんからね」

「何だと」

「おおっと、何も貴殿がそうだと言ってるんじゃありませんよ、宮廷魔術師閣下。いまのはたとえ話というもので」

 シレキはにやりとした。

「だいたい、現状においてはあんたは罰される立場だ。したり顔で事情を作り出すことはできませんがね」

「ふ……」

 コルシェントは息を吐いた。

「ふふ、ふ」

 いや、笑った。

「思いがけない、全くもって予定外の結末だ! いいや、まだ終わりではない。終わりではないぞ」

 魔術師は一歩退いた。

「ハサレック!」

「どうする?」

 どこか面白そうにハサレックは問うた。

「全員、皆殺しにして口封じか? ああ、王子殿下には残ってもらわなくちゃまずいんだったな。傀儡として活躍してもらわなくちゃならないんだから」

「ハサレック、貴様」

 コルシェントは口軽く言ったハサレックを睨みつけた。

「それが、目的か」

 レヴラールは拳を握った。

「おいおい、そんなことまでぶちまけちまっていいのか?」

 思わずと言った体で、シレキ。

「俺に魔術師サンを抑えるだけの力があることが判ってないのか」

「さあ、どうかな」

 ハサレックは肩をすくめた。

「抑えるので精一杯、なんだろう?」

「実際のところは、やってみなくちゃ判らん」

 シレキは杖をくるりと回した。

「試すか?」

「やめとけよ。やれるならさっさとやってるはずだ、と言った通り」

 騎士位を剥奪された男はにやりとした。シレキは顔をしかめた。

「さあ、オルフィ。どうだ?」

 ハサレックは片手を上げた。

「いま、俺の相手ができるのはお前だけだな。その状態じゃジョリスは、剣も持てやしない」

 ジョリスは否定も肯定もしなかった。もとより、オルフィの手を断ってひとりで立っているだけでも奇跡的なような状態だ。否定したところで無意味であったろう。

「こいよ。ジョリスの仇という理由はなくなったようだが、仇討ちなら、したいだろう?――あの子供の」

「……カナト」

 ぐっとオルフィは拳を握った。

「オルフィ。よせ」

 シレキが牽制する。

「挑発に乗るな」

「戦うために磨いてきた剣技だ。そうじゃないか?」

 ハサレックは続けた。

「正直に言って、いまの俺に敵う相手はいないと思ってる。たとえ」

 〈青銀の騎士〉は剣の切っ先を動かした。

「『裏切りの騎士』ヴィレドーンであろうとも、な」

 オルフィはぴくりとした。

 その名は、怖ろしい。

 いや、それとも。

 慕わしく感じられることが――怖ろしい。

(馬鹿な)

(何で三十年前の悪い奴のことなんか)

(悪い、奴……?)

 「裏切りの騎士」ヴィレドーン。〈漆黒〉の銘を持つナイリアンの騎士でありながら謀反を企み、当時の〈白光の騎士〉と国王を殺害した大悪党。

 名前は知らなかったが、子供の頃からその話は耳にしていた。アバスターの英雄譚のひとつとして、誰もが知っていた。

 だが――。

(違う!)

(謀反なんか、企まなかった。傭兵らの契約を解除して城の外で待機させたのは王城を攻め落とすためじゃなく、企みが潰えたことを国王に知らしめるため)

(ああ、王のあれは「企み」なんてものですらなかった。気まぐれ。子供の癇癪。自分に反対する者が気に入らず、彼らが謀反を企んでいるなどという有り得ない理由を作り出し、消してしまおうと)

(そんな理不尽な理由で、畔の村は滅ぼされるところだった。それをとめただけだ!)

 ほかに方法はなかった。王を殺すには、ファローを殺さなければならなかった。

 つらかった。だが友を説得できるはずもなかった。

 「裏切り」であることは否定できない。騎士の誓いを破ったことも。友を背中から斬り殺したことも。

 だが彼には彼の正義があった。

 村を守ることと、そして殺された神子の仇討ち。

 ここには大いなる矛盾(レドウ)、それともねじれて裏表の判らない〈ドーレンの輪っか〉のような絡まりがあった。

 エクールの神子メルエラが首都へやってきたのは、国王に畔の村への攻撃を思いとどまらせるためだ。

 どうして彼女がそれを知ったかは何も不思議ではない。湖神の神子は畔の村が危機に面していることを湖神から聞いたに違いないのだ。そしてそのままであれば何が起こるかも。

 彼女は国王を、ひいてはヴィレドーンをとめるためにナイリアールを訪れ、そして悲劇の引き金となった。

 もしもあのときメルエラが死ななかったら、どうだったであろうか。いや、国王が、そしてヴィレドーンが計画を遂行しようとする日が少しずれたかもしれないくらいだろう。

 もしかしたら――メルエラの死といういちばん大きな負の力が働かなければ、ヴィレドーンはファローを斬ることなどできなかったかもしれない。ファローは、三十年後の〈白光の騎士〉と同じように友と戦うことを躊躇ったかもしれないが、ヴィレドーンの方がそれ以上に躊躇していれば、彼によって殺されることはなかっただろう。

 もっとも、過去についてたとえ話をしても何にもならない。

 過去は過去。

 起きたことは起きたこと。

 もう、変わることはない。

 だが、続いている。

 過去から現在へ。

 三十年の時を経た世界と、そして、過ぎた時を知らない者と。

「裏切りの騎士、か」

 ぽつりと彼は呟いた。

「正直……混乱していると言っていい。俺の知らないことを知っているこの俺はいったい、誰なんだ?」

「何?」

 その声は小さすぎて、近くにいたシレキでも聞き取れなかったようだった。

「いいや」

 何でもないと彼は肩をすくめた。

「なあ。ハサレック」

 彼は初めて〈青銀の騎士〉の名を呼び捨てた。ハサレックはそれに対して憤ったりはしなかったものの、変化は感じ取ったか片眉を上げた。

「『裏切り』に、どっちがまだまし(・・)かなんて比較は意味がない。俺もお前も、友に刃を向けた。そして忠誠を誓った相手を手にかけた」

 ゆっくりとヴィレドーンは、足元に投げられた剣を拾った。

「俺には理由があったが、お前にもあったんだろう。どっちがましかなんて話はしない。だいたい、俺にもお前にも、そうすることになったきっかけってもんがあったはず」

「ふん?」

 ハサレックは何もとめることなく、ただ待った。言葉の続きでも、剣戟の開始でもかまわないと言うように。

「お前と戦うこと自体は、俺も別にかまわない。ここを切り抜け、生き延びるためなら。『そうだな、()ろう』と答えてやりたい気持ちもある。だが、な」

 くるりとヴィレドーンは細剣を回した。

「俺は、感謝した。恨みはしていない。いまでもだ。だがな、恩を感じるってことは、別になくてだな」

「――何を」

 ここでハサレックは判らないと言うように眉をひそめた。恩はもとより感謝される言われも彼にはないはずだからだ。

「見てるんだろう。出てこいよ。ニイロドス(・・・・・)

 彼は空中に呼びかけた。

「ふたりの『裏切りの騎士』を戦わせて、高みの見物か?」

「それが何か問題かい?」

 くすくすと笑う声がした。声だけだ。姿は見えなかった。

「ニイロドスだと……何故その名を」

 驚愕を隠しきれずに呟いたのはコルシェントだった。

「さあ、だいぶ役者が揃ったね」

 楽しげに悪魔は言葉を発した。

「彼らは出てくるつもりはないのかな。君たち(・・・)が代理人? 彼ら同等かそれ以上に僕を楽しませてくれるんだろうね?」

「何の……」

 コルシェントは顔をしかめた。

「いや、誰の話をしているんだ」

「悪いけど、さあ」

 青年のような声は笑いを含んだ。

「少なくとも、君じゃないよ」

「……何」

「本当のことを言おうか、リヤン。僕はちっとも、君に興味なんかないんだ。理念も理想もろくに持たない、ただの俗物だもの」

「なん、だと」

 魔術師は宙に視線をさまよわせた。

「怒ったかい? でも本当だろ。君には、僕から力を借りる価値なんてないんだ」

 悪魔はさらっと言い捨てた。

「最も端的だったのがジョリス・オードナーへの嫉妬心。嫌いじゃないけれどね。面白みはない」

 そう言えば、とニイロドスは続けた。

「もう出てくるとは思わなかったな。大した回復力だね。さすが〈白光の騎士〉というところかな」

「何だと……」

 コルシェントは再び言って、愕然とした。

「知って、いたのか」

「もちろん」

 ニイロドスは悪びれなかった。


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