04 告発
「おっさん、俺はいいからジョリス様を」
「馬鹿言うな。助っ人と言っただろ。まあ、騎士殿はこの場合、証人としてきて下さった訳だがな」
シレキは口の端を上げた。
「誰もがこう言っていたよな。『黒騎士がジョリス様を殺害した』と。幸い、彼は生きていた。だから証言できる。誰が彼を殺そうとしたのか」
「ふん」
ハサレックは動じなかった。
「こうは思わないのか?『みんな、ジョリスの狂言だった』」
男は両手を拡げた。
「そこのオルフィと結託し、黒騎士に襲われたふうを装った。いや、その様子を見ると本当に襲われたか。仲間割れというところかな」
「ふざけるなよ!」
誰よりも早く怒りを見せたのはオルフィだった。
「落ち着けって」
シレキが諌める。
「そんな阿呆な話に惑わされる奴ぁ、ここにはおらんよ。そうだろう?」
「判ってるさ。ただ、腹が立っただけだ」
「――事実などというものは」
すっとコルシェントは片手を伸ばし、軽くひじを曲げた。
「その気になれば作れるのだと、教えて差し上げましょうか?」
完全に余裕を取り戻したとはいかないものの、ジョリスの姿を見たときの驚愕からは立ち直り、魔術師は彼らを見回した。
「コルシェント、貴様、まさか……」
「ええ、その通りです、殿下」
何か言われるよりも早く魔術師は答えた。
「『ハサレック・ディアは救国の英雄である』とあなた方は容易に信じたではありませんか? ああ、祭司長殿はお疑いでしたね」
ふんとコルシェントは笑った。
「もっとも私は大して、魔術を使いませんでしたよ。ハサレック殿を歓迎し、称えたのは殿下、あなたご自身の意思です。ですが少し操ろうと思えば、簡単に」
「へえ?」
口を挟んだのはシレキだった。
「『簡単に』何ができるのか、見せてもらおうじゃないか?」
「なに……」
不審そうにコルシェントはシレキを見、それからはっと目を見開いた。へへっとシレキは悪戯っ子のように笑う。
「そっちの力は抑えさせてもらったよ」
「おのれ……」
コルシェントが憎々しげにシレキを睨んだ。
「どこから、斯様な力を!」
「出どころが判らんか?」
シレキはにやにやと言った。
「なかなか、いいねえ! 俺ぁこういうの、一度やってみたかったんだ。自分より強い魔術師の魔力を抑え込んじまうなんて普通は不可能だからな」
「お、おい、おっさん。いったい」
「ん? まあ、話はあとでしてやる。とにかくいまは、俺様があいつの魔力を抑えられてるってことだけ理解して、安心していいぞ」
「よく判らないけど借り物なんだろ」
「あ?」
「つまり、おっさんの力じゃないんだろってことだよ」
オルフィは指摘し、シレキはうなった。
「……可愛くないな。助けてやってる俺がまるで騎士様のように見えるだろうに」
「感謝はするけど、『騎士様のように』はちょっと図々しいんじゃないか」
顔をしかめてオルフィは言ったものの、これはシレキとの決まった応酬のようなものだ。
「まるで騎士のよう、か」
ゆっくりと言ったのはハサレックだった。
「ではここは騎士たる俺が、魔術師らしいことを言ってやろう」
「何だって?」
シレキは眉をひそめた。
「判るぞ。お前の力の出どころとやらが、な」
「ほう」
魔力を持つ男は片眉を上げ、相手を計るように見た。
「さすが〈青銀の騎士〉様。いや、黒騎士と言った方がいいのかね」
「黒騎士?」
ハサレックは目を見開いてみせた。
「私が黒騎士だと? はてさて、当の黒騎士を背後にかばいながら異なことを言うものだ」
「今更恍けようってのか」
本気でシレキは呆れた。
「茶番はもうおしまいだ、ハサレック・ディア、お前さんが白光位に就く日はこないし、青銀位も失くすところ」
手を振ってシレキは言い放った。
「どう、なのだ」
レヴラールがすっと前に進み出た。
「黒騎士……ハサレックが黒騎士など、突拍子もなさ過ぎる話だ。だが……」
王子は躊躇いがちに、横を向いた。
「――ジョリス。真実を」
「は……」
〈白光の騎士〉が返事をする。オルフィとシレキは彼に手を差し出したが、騎士はそっと首を振った。
「私は、告発する」
息苦しそうな声音で――本当に、ただ立って言葉を発するだけのことにも酷く苦労しているのが判った――ジョリスは続けた。
「ナイリアン国中で未来ある子供たちの命を奪い、その身体を傷つけて尊厳を奪った黒衣の剣士……通称、黒騎士。その正体は、そこにいる……〈青銀の騎士〉ハサレック・ディアであると」
うめくような声が出たのは体力が保たないためか、はたまた心の痛みのためであろうか。
「レヴラール殿下。どうか王族の名による、速やかなる騎士位の剥奪と、そして厳罰を」
そこまで言うと彼は息を吐き、よろめいた。今度はオルフィも躊躇せず彼を支えた。だがジョリスは短く礼を言ったあと、再び首を振ってその手を断った。
「ハサレック。貴様」
王子はきつい目でハサレックを睨んだ。
「考えるまでもない。我が名において、貴様の騎士位はいまこの瞬間を以て剥奪される」
「また軽率に決断をなさるので?」
揶揄するようにハサレックは言った。
「もっとも、かまいませんとも。殿下は真実をお知りになれば、同じように気軽に剥奪を撤回して下さるでしょうから」
何とも痛烈な皮肉だった。レヴラールは顔色を青くした。
「どうやら誤解を受けた俺は、この場を逃れなければならないようだな?」
口の端を上げてハサレックは彼らを見渡した。
「おっと」
シレキは杖をかまえた。
「魔術師閣下の様子を理解したろ? 俺様に逆らわない方がいいぞ、騎士殿」
「はったりだ」
ハサレックは一蹴した。
「魔術で俺をどうにかできるなら、そんなことを言う前にやった方がいい、シレキ殿とやら」
「おお」
ぽん、とシレキは杖を左手に打ち付けた。
「その通り。できないんだな、これが」
「おいっ、何だそりゃっ」
思わずオルフィは抗議の声を発した。
「いや、つまりな、借り物の力を思うようにすらすら操れる訳ではなくてだな」
コルシェントを抑え込むのが精一杯だと男は告白した。
「なら、どいてろよっ」
オルフィはシレキを押しのけようとした。
「馬鹿、お前に何ができる」
「おっさんよりはまし! たぶん!」
籠手の力がある。いままでしのげた、それは偶然ではないはずだ。
「そりゃ、いい」
ハサレックは片眉を上げると少し下がった。
「――ほら、よ」
それからしゃがみ込み、拾い上げたものをオルフィの方に投げて寄越す。
「な……」
オルフィは褐色の目を見開いた。
「何の、真似だ」
投げられたのは黒い細剣だった。先ほど「彼」が探し、手にしようと思っていたもの。
「戦ろうぜ、と言ってるんだが」
判らないか?――と騎士は肩をすくめた。
「ハサレック殿!」
コルシェントが警告の叫びを発する。
「仕方ないだろう? 死んだはずのジョリスが現れて、自分を殺そうとしたのは俺だと言うんだ。狂言説は悪くないと思うが、生憎と相手がジョリスじゃ誰も納得しない。こいつの頭がおかしくなったと言ったところで誰も聞きやしない」
自らの持つ剣を小刻みに動かしながらハサレックは語った。
「目の前に黒騎士の格好をした男がいたところで、こいつらはみんな、ジョリスの言うことを信じるときた」
「いい加減にしろよッ」
「……お前は」
レヴラールはようやくオルフィの顔をじっと見た。
「ジョリスと会ったと話していた……何とか言う村の」
「アイーグ村の、オルフィだ!」
堂々と彼は名乗った。
「もちろん、俺は黒騎士なんかじゃない。〈ドミナエ会〉とかいうのとも関係ない。そいつらが俺を黒騎士に仕立てて殺しちまおうと、無理矢理この衣装を着せてここに連れてきたんだ!」
「何と……」
ジョリスが現れる前であれば、その真実の告白は嘘臭いものとしか聞こえなかっただろう。だがいまや違う。形勢は完全に逆転した。
「言うまでもないが、コルシェントもグルだ」
シレキが告げた。
「ハサレックを救国の英雄に仕立て上げようとしたってのは、既に口走ってるな。まあ、いまの告白も魔術で適当にごまかしちまうつもりだったんだろうが、生憎とその目論見は外れた、と」
「――とんでもない」
コルシェントは動じなかった。
「いささか、妙な言い方に聞こえたかもしれませんがね。私が魔術を使おうとしたと言ったのは、王子殿下が動揺のあまり誤った判断をなさらないよう気を静めて差し上げることも考えたが、そんな必要もなかったということです」
「もうよせ」
レヴラールが制した。
「少し前なら、お前の詭弁も少しは俺を動かしたかもしれん。だがもう無駄だ。俺は気づいた。理解した。俺の過ちを全て」
王子は唇を噛んだ。
「グードの仇は、お前たちだ」
はっきりとレヴラールはコルシェントとハサレックを指した。




