11 不穏になられては困る
大人しく待っていろと言われたところで、そんな気分にはなれない。
リチェリン。どこでどうしているのか。無事でいるとしても、不安に苛まれてはいないか。いや、いないはずがないだろう。
いますぐ飛んでいきたい。大丈夫だと抱き締めたい。
だが、どこにいるのかも判らない。
「酷い、顔色だな」
かすれた声がした。オルフィは顔をしかめる。
「あんたに言われたくない」
目の前の簡易寝台に横たわった病人だか怪我人だかは真っ白な顔をしていて、眠っていたら死人と間違えそうだった。
「余計な口を利くなよ。寝てろよ」
「優しい、んだな。私から、話を聞きたいのでは、ないのか」
ラスピーはとぎれとぎれに言った。オルフィはますます顔をしかめる。
「聞きたいさ。でもそんな状態の奴から根掘り葉掘りは聞けない。だいたいのところは神官さんから聞いてんだし、いまは待機組の責任としてあんたの傍にいるだけだよ」
「オルフィ、くん」
青年は口の端を上げた。
「本当の、ことを言い給え」
「何だって?」
彼は目をしばたたいた。
「本当は、私のことが、気にかかり、看病をしたくてたまらな――ぐふっ」
ラスピーが最後まで言えなかったのは、オルフィが右の拳をラスピーの腹に叩き込んだ――もちろん布団の上から、軽くだったが――からだ。
「あんたはどうしてそうなんだっ」
「照れ、なくても、いいんだが……おおっと、やめてくれ」
またオルフィが拳を振り上げたので、ラスピーは顔をしかめた。オルフィも本気で殴るつもりではなかったので、素直に引く。
「寝てろよ」
「大丈夫、だ」
「そうは見えない」
オルフィは首を振り、ラスピーの布団を直してやろうとした。そこにラスピーの手が伸びて彼の左手を掴む。
「おい」
「聞け……言わなくてはならないことがある」
その声音は先ほどまでの調子と異なり、急に真剣になったように聞こえた。
「な、何だよ」
「イゼフ殿から、宮廷魔術師のことは」
「聞いた」
オルフィは唇を噛んだ。
「そんな奴が相手だから乗り込むこともできないって、イゼフ神官やヒューデアが何か探ってくれるのを……」
待つしかない、この悔しさ。いますぐ飛んでいきたいのに。
「リヤン・コルシェントは、とんでもない奴だ」
囁くようにラスピーは言った。
「イゼフ殿には、話していない。ヒューデア君に知れれば、厄介だと……」
ごほっとラスピーは咳き込んだ。
「お、おい、平気かよ」
「聞け、オルフィ」
かすれ声でラスピーは続けた。
「あいつは、リチェリン君をさらっただけじゃない。あいつは……」
ぐっと彼はオルフィを引き寄せた。弱っているとは思えない力だった。
「アレスディア盗難とジョリス殺害の裏にいる男だ」
「何……?」
オルフィは目を見開いた。
「何だって!?」
それから叫ぶ。
「お前、何で、そんなこと!」
「詳しくは、話せない。だが本当だ。あいつが全ての首謀者だ」
「どういう……」
オルフィは混乱しかけ、はっとした。
「半年くらい前から急に……って」
イゼフの話が思い出される。〈青銀の騎士〉の「死」、〈ドミナエ会〉、黒騎士の暗躍、それらが計画されたものであったとしたら。
「さっき、イゼフ神官が言っていた。まるで全てが仕組まれていたみたいだって」
「そうか、私が言わなくても彼がたどり着いたか」
ラスピーは唇を横の引っ張った。一瞬オルフィはどこか痛むのかと思ったが、笑ったつもりかもしれなかった。
「でも、ジョリス様のことは何も」
「リヤン・コルシェント。彼がジョリス・オードナーに籠手を持ち出すよう示唆した。持ち出せる状況を作り、国の危機だと煽った。騎士殿もただ乗せられる人物ではないだろうから、何か考えがあったのだろう。だが、宮廷魔術師の思うつぼだったこともまた確かだ」
やはり途切れがちであったが、ラスピーは何とか語った。
「彼は騎士殿を殺害し、籠手を我が物にと企んだ。だがオルフィ、籠手は君に託されていた。彼は神子探しを優先し、籠手のことをあと回しにした。計画の狂いはささやかなものだと思っている。ここが、勝機だ」
「勝機だって」
「ああ。彼は君をただの田舎者だと思っている。だが君は」
ラスピーはまた咳き込んだ。だがオルフィは、もうやめろとは言えなかった。
いったい、この話はどこへ続くのか。
「君は……勝算があるから戻ってきたんじゃないのか? 籠手の力を使えるようになったんだろう?」
「籠手の、力」
オルフィは繰り返した。
「わ、判らない。いや正直、使えているとはとても」
「大丈夫だ。使いこなせる。騎士殿が君に、アレスディアを渡した意味……」
「俺が荷運び屋だからって理由じゃないってのか?」
「もちろん、違うとも。予言……全てを知る者の、予言が……」
「予言? 何だよ、予言って」
「君なんだ、オルフィ」
ラスピーの声に熱が籠もった。
「君がアレスディアを使って、あいつの企みを暴くんだ」
「そりゃ、暴きたいさ! でもアレスディアを使ってだって? 俺は」
「大丈夫だ。君ならできる。できると……決まっている」
青年は奇妙な物言いをした。
「私の言うことが信じられないか。仕方ないかもしれないな。ではこれだけ言おう。私は」
ラスピーは唇を結んだ。言おうとしながらも少し躊躇う風情だった。
「――私は他国の密偵で、ナイリアンを探っていた。各地を旅していたのはそのためだ」
「な、何だって?」
「だが、ナイリアンに不穏になられては困るんだ。野心を持つ宮廷魔術師に、ナイリアンを乗っ取られるようでは……」
困る、とラスピーは繰り返した。オルフィは呆然とするしかなかった。
「リヤン・コルシェントをとめるんだ、オルフィ。君にならできる。リチェリンを助けることも」
「リチェリン」
ぎゅっとオルフィは拳を握った。
どんな状況の解明より、彼女の安全が優先だった。
「俺はただ、リチェリンを助けたい。でも、どこにいるのか」
「ピニアの館だ」
答えは、はっきりとやってきた。
「な、どこだって?」
「占い師ピニアの館……街で訊いてみろ。いや、ここの神官でもいい。有名だ、すぐに判る」
「そこに、リチェリンがいるのか!?」
「いる」
迷いなく、ラスピーは答えた。
「行け、オルフィ。彼女を――救え」




