10 推測した結果
「少なくとも、行方不明になった神子ではないことは間違いないわね。でも可能性としては……」
導師は腕を組んだ。
「あなたの祖先にエクールの民がいるのかもしれない。行方不明になっていた神子が事故や病で死んでしまい……あなたが次の神子に選ばれたというようなことも」
「そんな馬鹿な」
カナトは目をぱちくりとさせた。
「こじつけです」
「可能性、よ」
サクレンは片目をつむった。
「私も、そうだと言っている訳じゃないわ」
「すみません」
カナトは謝罪した。
「ただ、それが本当に神子のしるしで、しるしがあることが神子の証だと言うのなら、やはりあなたは神子ということになるわ」
「そう、でしょうか」
「理屈の上ではね」
導師は肩をすくめた。
「実際には判らないわ。ほかの証がなければ」
「しるし以外にですか?」
「そうよ。しるしがあれば神子だと言っても、それだけではないでしょう。神子には神子の務め……何らかの特殊な力があると考えていい。たとえば湖神と話すというような、ね」
「僕はそんなことできませんよ」
「さあ。何か儀式を終えてから能力が身につくということもあるかもしれないわ」
「可能性ですか」
「可能性よ」
サクレンはまた言ってうなずいた。
「時間を作って、ピニアにお訊きなさい。いま、館への地図を描くわ。サクレンの紹介だと言えば会ってもらえると思うわ。少しだけれど教えたこともあるから」
「有難うございます」
「お安いご用よ」
おおらかにサクレンは笑った。
「ほかに何か気になることは?」
「そうですね……」
カナトは記憶を思い起こした。
「ひとつ、あります。シレキさんが言いかけてやめたことなんですが――」
教え子の話に、導師はひとつの可能性を示した。
それはカナト自身も考えていたことと一致した。
カナトは仮説を立てていたが、それが実際に可能なことであるのか自信がなかった。しかしサクレンの同意を得て、その可能性はかなり高いと判断した。
もっとも、それが何を意味するのかも判然としない。
シレキは何のために。
そして。
(オルフィ)
協会を出たカナトは、ナイリアールの空を見上げた。
(この街にいるんですか? 僕の手は必要ないですか?)
(心配です)
オルフィが聞けば、また苦笑するだろう。どうしてそんなに自分を心配するのかと。
シレキも繰り返し尋ねた、或いはからかった。それらに対して彼は、友人なのだから当たり前だとか、人を心配するのに理由は要らないだとか、そうした答えを返してきた。
だが、どうなのだろう。
そうした言葉は、「どうして」という問いに答えが出せなくて考えた言い訳ではなかっただろうか。
第一、友人だからという理由はおかしい。カナトがオルフィについていくと決めたとき、彼らは友人同士とは言えなかった。あのときは「黒騎士の暴虐を放ってはおけない」というようなことを言い、それも嘘ではなかったが、オルフィについていく以外にできることもあったはずだ。
確かにカナトの方では、三年前にオルフィが母の形見を届けてくれたことに対して恩のようなものを覚えている。しかしそれについてはシレキが指摘した通り、オルフィのみならず、カナトにそれを渡すよう手配してくれた名も知れぬ魔術師にだって恩を感じ、誰だったのか探そうとしてもよさそうなものだ。
しかし不思議と、その気にはならない。
誰が母の死を見届け、その形見を魔術師に託したのか。それともその魔術師が母を看取ったのか。考えてみたことはあるが、別にどうでもかまわないと思った。
「母親」というものにぼんやりとした憧憬は持っているものの、顔も声も、名前すら覚えていない。オルフィが「形見」を運んできてくれたときはむしろ驚いたくらいだ。
そう――。
母の形見を持ってきてくれたから。魔術師だと言って彼を忌避しないから。友人と言ってくれたから。
どの理由も、あとづけだ。「どうしてか」という問いに対して彼が考え出した答えだ。そういうことではないかと、彼自身がまるで他人事のように推測した結果に過ぎない。
どうして彼はオルフィを案じているのか。
オルフィの――何を案じているのか。
(心配なんです)
彼の身の安全が?
それとも?
カナトは黙って、隠しに手を入れた。そこにあるのはかつてオルフィが届けてくれた、母の形見の首飾り。少し大きくて、身につけていると少々邪魔に感じてしまう。
よって彼は、それを小さな袋に入れてお守りのように持っていた。それはオルフィがジョリスの銀貨を大事にしていた様子と似ていた。
何の気もなしに首飾りを袋から取り出したカナトは、そこで目をぱちくりとさせた。
「これは」
驚いて緑色の目を見開き、凝視する。
「どうして……? 僕は、忘れていたのか……?」
馬鹿な、と呟いて首を振る。
(どうして、気づかなかった? いや、気づかないなんてことがあるのか?)
(僕がこれをずっとしまったままでいたのは、単に、こうしておくのが汚れないし、持ち歩けるからというだけで)
(確かに、形状を思い出そうとはしなかったけれど)
(そうしなかったからと言って、思い出さないなんてことがあるものなのか?)
呆然とした彼は、しかしそれ以上考えを進めることができなかった。
どん、と衝撃と痛みが身体に走ったからだ。
「おいっ、ぼけっと突っ立ってんなよ、危ないだろっ」
大した痛みではない。角に立っていたせいで、ぶつかられたのだ。
「あ、すみません」
反射的に謝罪をしてから、カナトははっとした。
「――きみ!」
「ああ!?」
青い帽子をかぶった少女に見えない少女は、じろりと彼を睨みつけた。
「何か文句でもあんのかよ!? こんなとこでぼーっとしてるお前が悪いん」
「オルフィは!?」
かまわずカナトはマレサの腕を掴んだ。
「なっ、えっ、何だって?」
「マレサさんですよね! バジャサさんから、オルフィについてナイリアールに行ったんじゃないかと聞きました」
掏摸をはたらいた子供の顔は覚えていた。その兄が案じたことが現実になっていることもすぐに気づいた。
「オルフィは、オルフィはどこですか!」




