08 頼み
「あの、でも黒騎士退治じゃなかったら、いったいどうして」
彼はまたその疑問を口にした。
「人を探している」
それが騎士の答えだった。
「人探し」
意外だった。〈白光の騎士〉自らがこんな片田舎にまで走り回って人探しとは。
「ど、どんな人ですか」
オルフィは勢い込んだ。
「俺、この辺には詳しいんです。俺にできることがあったら、何でも手伝います!」
「有難い言葉だ、オルフィ殿」
「いやっ、殿だなんてっ」
ぶんぶんとオルフィは手を振った。
「ただのオルフィでいいです。って言うか、殿なんてつけないでください」
切実に彼は頼んだ。あまりにも気恥ずかしくて、自慢もできそうにない。
「そうか」
ジョリスはそんな彼の反応をどう思うのか、ただ判ったと答えた。
「ではオルフィ」
「ははははいっ」
敬称がつこうとつくまいと、〈白光の騎士〉に名を呼ばれれば全身が緊張する。騎士の方では、そうした態度を受けることには慣れているのだろう、ごく普通にしていた。だいたい「落ち着いて力を抜け」などと言われても無理な相談だが。
「この辺りに詳しいと言ったな?」
「はいっ」
力強く彼は答えた。
「俺、この辺の村々を回って荷運びをしてるんです。だから位置関係なんかは完全に把握してますし、村人のことも結構知ってます。ジョリス様がお探しの人も、もしかしたら」
「カルセン村を知っているか」
「はいっ」
敬礼でもしそうな勢いでオルフィは答える。
「よく知ってますっ」
「タルー神父、という人物は?」
「し、知ってますっ」
どもってしまったのは、本当に知っている人物の名前が出てくるとは思わなかったからだ。
「ジョリス様はタルー神父様をお探しだったんですか?」
「そうとも、そうでないとも言える」
騎士は不思議な返答を寄越した。オルフィは首をかしげた。
「それは、どういう……」
「タルー神父が、私の探し人の行方を知るという話だ」
「ああ、成程」
ぱちんとオルフィは手を打ち合わせた。
「カルセンは、この四つ辻をこっちに戻って……」
それから彼は自分がやってきた南の方を指す。
「ご案内、しましょうか!」
ふと思うと、彼は鼻息荒く言った。
「俺の向こうへの用事は、緊急じゃないです、全然。だから」
先導するというようなことを言おうとしたオルフィだったが、ジョリスは首を振った。
「いや、それには及ばない。場所だけ教えてもらいたい」
「あ、そうか。そうですよね」
オルフィは照れ笑いを浮かべた。
「馬を走らせた方が早いや」
ジョリスの答えは当然だと思った。
「いや、そうではないのだ」
騎士は首を振った。
「黒騎士の話をしていたであろう」
「は、はい」
「近くにルタイの砦があるな。先に、そこで話を聞いてこようと思う」
「はいっ、砦はこの道を」
「位置は判っている」
片手を上げてジョリスは制した。
「そ、そうですよね」
オルフィは少し赤くなった。砦に案内しようなど、騎士が国の施設のことを把握していないと考えたかのようだ。
もっとも、実際のところを言うなら、ルタイのような小さな砦など把握していなくとも不思議ではない。中隊長や大隊長であっても、ナイリアールから滅多に出ることがなければルタイの名前すら知らないだろう。
「それじゃ、カルセンですけれど」
若者は南を向き、タルーのいる村の場所をを説明した。
「成程。よく判った。有難う、オルフィ」
「いやっ、そんなっ」
オルフィは恐縮しきりだった。
だがそれも仕方のないことと言えた。〈白光の騎士〉と言えば、英雄アバスターのように、彼の憧れ。昨夜は「首都に行ったら話をしてみようか」などと言ったものの、「こんな田舎者が会っていただけるはずがない」という村人の声に反発するどころか納得していたのだ。
それが、何という僥倖か!
(用事をあと回しにして、リチェリンに話しに行こうかな)
(そうだ、それがいい)
(へへっ、驚くぞ)
それは何も「幼馴染みが〈白光の騎士〉様とお話しした」ということだけに限らない。
「オルフィ」
「はいっ」
またしても彼は直立不動で返事をした。
「ひとつ頼みがあるのだが、よいか」
「ええっ!? も、もちろんですっ」
意外な言葉に、若者は声を裏返らせた。
「俺にできることだったら何でもします!」
大げさでも何でもない、本心からの言葉だ。ジョリスは青い瞳でじっと彼を見た。オルフィは褐色の目でそれを受け止めた。
数秒、沈黙が流れる。
(えっと)
オルフィは不安を覚えた。もっとも、「頼み」の内容に関する心配ではない。
(どんな用事であれ、俺なんかじゃ信用できないとか、思われてるかな)
(そうだとしても仕方ないけど……)
会ったばかりの、驢馬引きの若者。〈白光の騎士〉の信頼に値するかと言えば、とてもそうは見えないはずだ。
だが、そうではなかった。
ジョリスはオルフィを推し量っていたのではなかった。
「――これを」
騎士は白いマントの右半分を後ろにやると、革帯に固く結びつけてあった何かをほどいた。
「カルセン村のタルー神父に、預けてもらえないだろうか」
「はっ、はいっ」
上等な布に包まれたその中身が何であるのか、もちろんオルフィには知る術がない。だが詮索するより早く、彼は引き受けていた。
「あれっ、でも……ジョリス様もカルセン村にいらっしゃるんじゃ」
「そのつもりだ。だが、黒騎士の動向が知れれば、そちらを優先する」
「あ……」
愚問だった。オルフィはきゅっと唇を結ぶ。
「どうか、お願いしますっ」
頭には少しだけ、昨晩のハドの言葉が蘇った。何でもジョリス様が解決してくださると思っているのか、というような。
(そんなこと思ってないさ)
(でも黒騎士退治ができるのは、きっとジョリス様だけなんだ)
それは根拠のない思考。
幼子が親に全幅の信頼を持つように。
笑う者もいるかもしれない。
だがオルフィにとっては究極の真実のように感じられた。
この人に任せておけば、全て巧くいくのだと。




