06 憶測に過ぎない
「時間がない。だって、黒騎士が神子を探してるんだろ? それってこ、殺すためなんじゃないのか?」
ヒューデアからつい先ほど聞いたが、そのことではない。それより前に誰かが言っていた。黒騎士は神子を探していると。
オルフィは相変わらず「誰」と話をしてそんなことを聞いたのか思い出せずにいた。だが黒騎士が子供を殺していた理由についてはヒューデアもイゼフも「神子探しである」と考えている。特に疑問を挟むことはなかった。
「彼女自身は、自分は神子ではないと言っている。オルフィも同じように言う。エクール湖で神子が行方不明になる前から彼女はアイーグ村にいたと。それが事実なら」
「紛う方なき、事実だよっ」
「彼らの主張通り、彼女は神子ではない。だがしるしが存在することもまた事実。コルシェントがこれをどう思うか」
「本物、或いは神子ではないとの確証が得られるまで、それともほかに本物の神子が見つかるまで、彼女は無事だろう」
「どうしてそんなことが言える?」
「まず、彼が神子をどうしたいのか判然としないが、殺したいのではないと思う。と言うのは、子供を散々殺してきたからだ」
となれば、該当する年代にある当人もその周辺も強く警戒する。標的付近の防御をわざわざ固めさせては目的が遂行しにくいはずだと、イゼフはそうしたことを説明した。
「神子の命が狙われていると思わせることで〈湖の民〉や神子自身、神子の周囲でそれを守る人物に行動を起こさせるため、というのは?」
ヒューデアが推測を述べた。
「居場所が判らないから煽るように凶行を繰り返し、相手を慌てさせようとしたというのは判る。しかし、殺すつもりがないとは言い切れないように思えるのだが」
青年は慎重に尋ねた。
「……いや」
首を振ったのはオルフィだった。
「思い出した。そうじゃない。黒騎士は、子供たちの背中を確認してから、殺した。しるしがなければ殺したってことだ」
「――何故そのようなことを知る?」
「聞いた」
「誰から」
ここでその問いかけがきた。オルフィは戸惑った。
「誰から?」
「そんなことを知っているのは当の黒騎士自身か、或いは命令をした者……コルシェントだけではないか?」
「そうじゃない。ほかにもいる」
「誰だ」
「ニイ……」
名前がのどのところまで出てきた。だがオルフィは口を閉ざす。
判らなくなった。
「あれ……でも、聞いたんだ。確かに、誰かから。信頼できる相手って訳じゃなくて、むしろ〈嘘つき妖怪〉みたいな奴なんだけど、いまになって思えばまだ誰も知らないことを知ってた」
オルフィは唇を結んだ。
「あいつ――」
「誰なんだ」
「……判らない」
彼は首を振った。
「そこに何か、鍵があるようだな」
イゼフが言った。
「オルフィ殿、貴殿の憑依状態、或いはそれに似た何かは、貴殿に重要なことを話した人物が関わっているだろう」
「へっ?」
「エクールの神子と黒騎士の件。リチェリン殿とコルシェント術師の件。これらは繋がっている。そして黒騎士、リチェリン殿、オルフィ殿と、貴殿が覚えていない人物。ここにも繋がりがある。判らないのは、その人物が何故オルフィ殿に話しておきながら忘れさせているのか……」
「忘れさせる、そうしたことがどんな業で可能なのかは判らないが……知らせたあとで事態が変わり、知られていてはまずいということになったのでは?」
「それも考えられる。だが」
「――違う」
オルフィは首を振った。
「その話はやめてくれ」
「なにゆえだ? 貴殿は」
イゼフは目を細めた。
「貴殿自身が、思い出すことを拒否しているのか」
「そ、そんなことない」
彼はまた首を振る。
「覚えてないなんて気味が悪い。でも俺が言うのは、いまは俺のことじゃなくてリチェリンのことを」
「そうは聞こえなかったな、オルフィ殿」
イゼフも首を振った。
「だが無理に話させようとしても仕方がない。貴殿が話を拒否するなら私が続けよう」
「話なんか、もういい」
オルフィは手を振った。
「リチェリンをさらったのがコルシェントとかって奴なら、俺はそいつのところに乗り込んで彼女を助けるだけだ」
「だからそれが困難だと言ってるだろう」
ヒューデアは立ち上がった。
「何だよ。俺が飛び出すのをとめようってのか」
「それもある。だがそれだけではなく」
剣士はオルフィと目線を合わせた。
「俺が行こう」
「……は?」
「ヒューデア。何を」
「お前が行くって、同じじゃんかよ!」
「違う。サレーヒ殿にお会いしようと思う。可能ならば、ハサレック殿にも」
「騎士様に頼んで、宮廷魔術師に会わせてもらうのか? それなら俺も」
「違う」
彼は再び言った。
「まずは話を聞く。コルシェントのことも訊くことになるだろう。しかしあくまでも様子を見るのが目的だ」
「もしや、お前も思っているのか」
イゼフが片眉を上げた。
「ハサレック・ディア」
「ああ」
こくりとヒューデアはうなずいた。
「『英雄』に文句をつける気はないんだが、あまりにも劇的な帰還であることはいささか気にかかる」
「ど……どういうことだよ」
「全ては計画されていたのかもしれないということだ」
イゼフは顔をしかめた。
「半年前、〈青銀の騎士〉が死んだとされた頃から。黒騎士の暗躍や〈ドミナエ会〉が過激な行動を再開したのはどちらもこの半年以内だ」
「え……それって」
オルフィは拳を握り締めた。
「ハサレック様の死も利用された……ってことか?」
「憶測に過ぎないことをあまり口にしたくはないが、そう考えればつじつまが合うこともある」
「――とんでもない大悪党じゃないか!」
オルフィは声を荒げた。
「そんな奴がのうのうと宮廷魔術師なんかやってるのかよ!?」
「憶測だと言っているだろう」
「でも、事実だったら!」
「証拠がない。もし術師を糾弾できるとすればキンロップ殿のみだが、彼の立場では難しいという話はしたばかりだな」
「そこまで考えてるのに、指をくわえて見てるだけか!?」
「そうは言わない」
イゼフは首を振った。
「ヒューデア、ではお前はサレーヒ殿と話してくるといい。だがハサレック殿は避けた方がいいだろう。コルシェントに近すぎる」
「……判った」
剣士はうなずいた。
「オルフィ殿は、気が急くのは判るが、しばし待ってもらいたい。ラスピー殿に付き添ってはもらえまいか。彼の調子がよければ、少しくらいは直接話を聞くのもいいだろう」
「そ、それは話したいところだけど」
オルフィはごくりと生唾を飲み込んだ。
イゼフが何か言おうとしている。反射的な反論を控えたのは、そんな気がしたからだ。
神官が、何か重大なことを考えている、と。
「私は」
神官は一度目を閉じ、何か祈るようにしてから再び目を開けた。
「直接〈ドミナエ会〉と話をしてこようと思う」




