04 都合がいい
突然やってきた「答え」にオルフィは言葉を失い、ヒューデアも唇を結んだ。
「宮廷……魔術師?」
呆然とオルフィは繰り返した。
「だって、そんな、いくら何でも」
「城内の重要人物」という話は曖昧だった。ヒューデアはオルフィがそう考えているのだと指摘したが、少なくとも彼自身には実感がなかった。
宮廷魔術師。
どんな人物であるのか知らない。だがそれは「王様」のことを知らないのと同じようなものだ。つまり、個人的には知らないが、遠いところで実在することは確かな「偉い」人物というような認識。
騎士たちに向けるような憧れはないものの、悪辣な噂でもない限り、国のために働いてくれていると無条件に信じる対象。
だと言うのに。
「どうしてその結論に?」
青年剣士が尋ねた。
「幾つかは推測だ。まず、魔術を使ってラスピー殿を昏倒させた、これは通常であれば魔術師協会の処罰対象となる。だがそれを躊躇わなかった。協会の追跡から逃れられると過信したか、或いは罰されない自信があるか」
「地位のある人物」であるとの推測だと神官は言った。
「それからラスピー殿の証言。外見的特徴は術師コルシェントと一致する」
これは判りやすい説明であった。
「あとは痕跡」
「痕跡?」
「魔術を振るえばその痕が残る。魔術師にしか判らぬことだが、罪を犯した魔術師を協会が追う際には有用だ。時間とともに薄れるが、私はいち早くその場にたどり着いた」
「でも魔術師にしか判らないんだろう?」
意味がないのではないかとオルフィは問うた。
「ただの魔力であれば、魔術師ではない私には判りにくいだろう。何か痕があるとは気づいても、そこから人物を特定するのはまず無理だ。ただし」
イゼフはきゅっと眉間にしわを寄せた。
「神官だからこそ、判ることがある。あの場には穢れた力が残っていた」
「……穢れた?」
何となく嫌な響きだ。オルフィも顔をしかめた。
「その通り。魔族と呼ばれる存在を知っているか」
「いや」
知りませんとオルフィは素直に答えた。
「街道にはびこる『魔物』がいるな。あれらとは一線を画し、人間のような外見や知能を持つ魔物が存在する。それらを魔族と言うことがある」
「はあ……?」
何だか思いも寄らないところに飛んでいった話題に、オルフィは目をぱちくりとさせた。
「その魔族の力があったのか?」
ヒューデアが問うた。
「近いが、違う」
イゼフは否定した。
「魔族は魔術のような技を操るが、それは魔力とは違う。魔術師には一目瞭然であるようだ。我々にもいくらかは判る。しかしあの場にあったのは、魔族とも違う異質な力」
神官は拳を握った。
「この人の世に在ってはならないものだった」
「ど……どういう、ことです」
尋ねながらオルフィは、何だかぞっとする感覚を覚えた。神官がそのように述べる存在、力とはいったい。
イゼフは、これまで見せていた超然とした様子を消し、迷うような表情を浮かべた。
「口にすることはできない」
「んなっ、何すか、それっ」
「オルフィ」
ヒューデアが片手を上げた。
「イゼフ殿は何も思わせぶりにしているのではない。お前に伝える訳にはいかない、と言うのでもない。彼の立場で、この場所では言えぬというだけだ」
「『だけ』って言われても」
何が何だか、とオルフィは首を振った。
「――神界神でも冥界神でも、ありとあらゆる自然神でもない存在、と言えばどうだ?」
「あ……っ」
どきりとした。ヒューデアが言い、イゼフの言わぬことが判った。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。それってまさかゾッ……いや、その」
悪魔と口にするのはやはり躊躇われる。もごもごとオルフィはごまかした。
『獄界とその主神ロギルファルドの名において』
そのとき、ふっと耳に聞こえた言葉があった。
『僕なら君を助けてあげられるよ?』
「えっ」
がたんと立ち上がった彼をあとのふたりが注視する。
「どうした、オルフィ」
「何か気にかかることがあるのか」
「えっ、いや……その」
彼は厄除けの印を切った。
「いや、別に、何でもない、です」
もごもごと言って再び腰を下ろす。
「本当か?」
イゼフが問うた。
「気にかかることがあるなら、隠しても益はない。殊、まがりなりにも私は神官だ。必ず力になれるとは言えぬが、手を貸すこともできよう」
「手を」
そこでようやく思い出したのは、ウーリナの話だった。
(呪い)
(取り憑いてるとか)
(……でもそんなことがあったら、神官様は判るんじゃないかな?)
(言わないってことは、何もないのさ、きっと)
魔術が魔術で何でもできる訳ではないように、神官とて聖なる力を常に余すところなく発揮できる訳ではない。何も言われないうちに全て判るのであれば、魔術師協会も神殿も相談者の話を聞く必要などないだろう。
少し考えれば判ることであったが、オルフィはまるで呪いだと言われるのを怖れるかのように、ウーリナの話を脇に置くことにした。
「俺のことなんかいいんです」
彼は言った。
「宮廷魔術師の話の続きをお願いします。その、口には出せない力の痕跡というのと、コルシェントとかって奴の関係は」
もっとも、隠したりごまかしたりするつもりもない。いまはリチェリンの話を優先したい、というだけ。
「王宮には祭司長キンロップ殿という人物がいる。私は〈ドミナエ会〉の件について彼とたびたび話すことのだが……此度の触れについては知っているか?」
「見てはいませんが、話は聞きました」
オルフィは答えた。
「ハサレック様が生きていて、不届きにも王城に侵入した黒騎士のひとりを退治、王様が負傷なさったけれど命に別状はなく、黒騎士は〈ドミナエ会〉の一員だと判ったと」
これまでに聞いた話をまとめてオルフィが言えばイゼフはまたうなずいた。
「どう思った?」
「……都合がいい、と」
彼は先ほどの感想をまた述べた。
「どの辺りについて?」
「つまり、黒騎士と〈ドミナエ会〉が同じ一派なんて都合がいいってことです。黒騎士が神子を追っていた理由を〈ドミナエ会〉の異端憎悪のせいにしてしまえば、つじつまが合わせられる」
「つじつまが『合った』ではなく『合わせた』と言うんだな?」
「――ああ、そうだ」
彼はうなずいた。その褐色の瞳に、奇妙な色が宿った。
「黒騎士の裏に〈ドミナエ会〉がいるというのは事実じゃない。誰かの書いた下手くそな脚本だ。あんたの話から言うなら宮廷魔術師コルシェントか」
「おい……?」
ヒューデアが顔をしかめた。
「私も同じように思う」
かまわずイゼフは同意した。
「根拠は簡単。あの会は剣の力に頼らないからだ」
神官の説明はそれだった。
「ふん? 詳しいようだな」
「キンロップ祭司長と話していたのは、そう、私が〈ドミナエ会〉に詳しいからだ。もっとも、過去の話だがな」
「読めた」
「彼」は指をぱちんと鳴らした。
「あんたはかつて〈ドミナエ会〉にいた。――違うか?」
「おい! 貴様」
「その通りだ」
イゼフは認めた。ヒューデアは知っていたと見え、驚いた顔はせずに苦々しい表情を浮かべた。




