03 教えてくれ
「ジョリスのことだったな。黒騎士討伐に必要だったのではという推測は、正解だ。少なくとも長の予言はそう取ることができた。ジョリスが心を決めたのはそれだけではなく、ピニア殿の言葉もあったからだろうが」
「ピニア?」
「王宮付きの占い師だ。彼女がジョリスに告げたのだ。箱を持って……」
ヒューデアは少し躊躇った。
「ラバンネルを探せと」
「……ラバンネル」
きた、と思った。
「やっぱり、そうなのか。もしかしたらと思ってた」
「心当たりがあるのか?」
「籠手や籠手の入っていた箱に魔法をかけたのが大導師ラバンネルだって判ったんだ。それに、ジョリス様がカルセン村にまでやってきて探そうとする人物だし、行方不明と言われているラバンネルでもおかしくないって」
「成程」
ヒューデアはうなずいた。
「その通りだ。ジョリスはラバンネルを探すために箱を持ちだした。彼自身、騎士位の剥奪も覚悟した上での決断だった」
「そう、だったのか」
「国のためだろう。そうであれば騎士の仕事だ。俺は、剥奪など有り得ないと思っていた。だがジョリスの推測の方が正しかったようだな」
苦々しく青年は言った。
「〈白光の騎士〉などと持ち上げたところで、所詮兵士。使い捨てという訳だ」
「そんな」
オルフィは胸がぎゅっと痛くなった。
使い捨て。それはあまりにもジョリス・オードナーに似合わぬ言葉だ。
「ジョリスはそのことに気づいていた。だがそれでも行動を起こした。そうした心根こそ賞賛されるべきものではないのか」
ヒューデアの声に力がこもった。
「俺に言うなよ」
オルフィは顔をしかめた。
「俺はもちろん、そう思うんだから」
「……そうだな」
すまない、とヒューデアは素直に謝った。いいよ、とオルフィは手を振った。
「ジョリス様、黒騎士、籠手……ラバンネル」
それから彼は呟くように列挙した。
「この流れは判る。でもここに〈ドミナエ会〉が加わるのが判らない。神子も」
「黒騎士が神子を探していたというのはほぼ確実だ。理由はまだ不明だが、ここは繋がる」
「そうか。それじゃ浮いてるのは〈ドミナエ会〉だけだ」
「かもしれん」
慎重にヒューデアは答えた。
「だがまだ判らない。それが何を意味するのか」
「とにかくいまはリチェリンだ」
オルフィは拳を握った。
「もしも誰であれ、城の人間が彼女をさらったというんだったら、俺は」
「あまり先走るな」
「判ってる。乗り込むなんて言わないさ。……まだ、な」
「もしもという話をするなら」
剣士はまっすぐに若者を見つめた。
「もしも城の人間が犯人だと知れたら、俺も協力しよう」
「ヒューデア」
少し驚いて彼も相手を見返した。
「彼女の拐かしには俺とラスピーにも責任がある、ということもある。だがそれだけではない。彼女がエクールの神子であるのなら……」
「それは、違うと思うんだけど」
控えめにオルフィは言った。
「いや、だが、しるしがあったことは事実だ。ラスピーの言うことを真に受けるのは気に入らないところもあるが、あのしるしが俺も知るものであるということ、認めない訳にはいかない」
その辺りの心理はオルフィにはぴんとこなかった。だが少なくともヒューデアが協力を申し出てくれていることは確かだと判った。
正直、力強い。彼の腕を斬り落とすの何のと言わなければ――味方であるのならば、頼りにできるという思いがあった。
「リチェリンを連れ去ったって魔術師のこと……ラスピーの話が何か手がかりになればいいんだけど」
「魔術師協会に依頼する手はあるだろう。もっとも、協会というのは魔術師のための施設である故、快く協力してくれるとは限らない。第一、首謀者が別人ということも有り得る」
「魔術師はただの手先かもしれないってことか」
「いや」
とオルフィの言葉を否定したのはヒューデアではなかった。ふたりの若者ははっとして扉を見やる。
「それが黒幕だ。大将自ら、神子を捕らえにやってきた」
「イゼフ殿」
ヒューデアが言った。
「イゼフ神官。あなたが」
オルフィは立ち上がった。挨拶は不要と言うようにイゼフは手を振った。会釈だけして彼は再び着席する。
「大将、と言いましたか」
「言った」
こくりとイゼフはうなずいた。
「ラスピー殿から聞いた話を合わせて考えると間違いない」
コズディム神官は少し息を吐き、間を置いた。オルフィはごくりと生唾を飲み込んだ。
「貴殿がオルフィ殿か」
だがイゼフは彼の掴んだ何かをすぐ語ることなく、まずオルフィを見た。
「はい」
いささか拍子抜けしながら、オルフィはうなずいた。
「リチェリン殿の幼馴染みであるとか」
「そうです」
「では彼女の背中に神子のしるしがあることは?」
「知りませんでした」
「ラスピー殿とヒューデアは見た。ほかに知る者は」
「判りません」
「彼女の話によると、子供の頃、姉妹のように育った娘に指摘されたことで、それがあることを自ら知ったそうだ」
ヒューデアが言った。
「だからその娘は知るだろうが、此度の件と関わるとは思えない。偶然情報が伝わった可能性も皆無ではないが……」
「そうだな。ごく低いだろう」
イゼフは同意した。
「ではナイリアールではどうか。公衆浴場なら肌を晒す」
「訪れていたようだ。特に何か言われたという話は聞かなかったが、彼女が思う以上にあれは目立つ。当人には言わずとも話題にすることは有り得よう」
「ではその線と見るのが無難かもしれんな」
「見つかった理由?」
「そうだ」
言葉を交わすふたりを前にオルフィは少々情けなかった。リチェリンについては彼らより絶対によく知っているはずなのに言えたのは「知りません」「判りません」。
だがそんなことなどどうでもいい。彼が何も知らないことへの恥も罪悪感もいまは抱く必要がない。意味がない。余裕がない。
「過程の話なんか、あとでいい」
オルフィは割って入った。
「教えてくれ、イゼフ神官。大将ってのは、誰だ」
直接的にオルフィが尋ねれば、神官はじっと彼を見た。
「……いまなら」
そしてゆっくりと話し出す。
「まだ、間に合うだろう。気の毒な娘のことを忘れて田舎に帰ることも、帰りづらければどこか別の町へ行って新しい生活をすることもできる」
「なっ、そんなこと、できるはずがない!」
驚いてオルフィは叫んだ。
「何があろうと……たとえ王様が相手だって、リチェリンを放っておけるはずがない!」
躊躇なく彼は告げた。
「それにこのオルフィは、既にもう引き返せないところにいる」
ヒューデアも続けた。
「ジョリスの持ち出した籠手を彼が持っている。理由は不明だが、黒騎士も首謀者も籠手を放ってはおかない」
「籠手を? そうか」
イゼフは少しでも驚いたのかどうか、少なくとも表情はほとんど変えなかった。
「判った。だがヒューデア、お前は」
「俺も同じだ。リチェリンはアミツが指した人物。ピニア殿からも守るよう言われていたのに、油断した。俺の失態だ」
「オルフィ殿のことは? アミツはどう反応している」
「相変わらず危険だと」
キエヴ族の青年は言い、オルフィは顔をしかめた。
「だが、だからこそ俺には彼を見張る義務もある」
「見張る義務?」
繰り返してオルフィは唇を歪めた。
「協力してくれようってんじゃなかったのか」
「リチェリンの件に関しては惜しみない協力をする。だがお前が危険だと判断できる出来事があれば、腕を切り落とす以上のことも辞さない」
「危険と思われるようなことなんてしないさ。リチェリンを助けるためなら別だけど」
「彼女を助けるためにお前が暴力を振るうことがあっても、それをして『危険』だとは思わぬ。そのような単純な話ではない」
ヒューデアは首を振った。
「あんたの言うことはさっぱり判らないな」
「正直に言うなら俺もだ」
オルフィの呟きにヒューデアは同調した。
「しかし、いずれ判るときがくる。そういうものだ」
「『俺が危険』に関しては勘違いだと判ってくれるといいけどな」
少しむすっとしてオルフィは言った。
「では、彼と同道を行くと」
イゼフは問うた。
「そのつもりだ」
ヒューデアはうなずいた。
「いいだろう。では話すとしよう」
若者たちを順に見つめ、イゼフもまたうなずいた。
「リチェリン殿を拐かしたのは、ほかでもない、宮廷魔術師――リヤン・コルシェントだ」




