02 繋がりはある
「都合がよい? どういうことだ」
「俺にはよくないさ。たぶんあんたにも、何にも。でも」
ヒューデアの問いに、オルフィはううんとうなった。
「この答えがいちばん都合いいって考えた奴がいるって気がする」
「誰かが考えて出した答え……場合によっては出鱈目であり、それはその人物の画策だと言いたいのか?」
「ん、そんなとこ」
「誰が、何のために?」
ヒューデアはいささか胡乱そうに問うた。
「『公式の触れが絶対だ』などとは俺も言わない。――言いたくもない」
つけ加えられたのはオルフィと同じ気持ちから発された一語に違いなかった。
「だが何の根拠もなく『あれは出鱈目だ』と口角泡を飛ばすことには意味がない」
「判ってるよ。俺だってお城の前に行って『触れは嘘だ、誰かの企みだ』なんて騒ぐつもりじゃない」
「捕まるだけだ」
「だから、やらないってば」
オルフィは手を振った。
「でもそうすることが、誰かに都合がよかったんだ」
彼はゆっくりと繰り返した。
「誰かが思った。厄介がみんな片付く、と」
「みんな?」
ヒューデアは片眉を上げた。
「お前の言うことが判らない」
「何で」
オルフィは目をしばたたいた。
「黒騎士と何とか会が一度に片付いたら都合がいいんじゃないか?」
「都合がいいからと言って出鱈目を口にしても事実になる訳ではないだろう」
知らずヒューデアは、キンロップが言ったのと同じような指摘をした。
「それはもちろんさ。だから、そうだ、口から出任せって言うんじゃなくて」
オルフィは考えた。
「会の手の者だということに……した。そうすれば、みんな会のせいにしてしまえる」
「神子のことは」
少し顔をしかめて、ヒューデアは次の問いを発した。
「お前は神子の発見も含めて、誰かに都合がいいと言ったな。それは重要な意味を持つようだが」
「ん?」
何を言われているのか判らず、オルフィはまたまばたきを繰り返す。
「自覚していないのか? オルフィ、お前はこう言っているんだ。『触れの内容を決めるだけの権限を持つ誰か』が『神子を探していた』。そしてそれを見つけたからには『黒騎士も〈ドミナエ会〉も邪魔、または用済みだ』……と」
「えっ?」
オルフィは言われたことを順番に考えた。
「……え?」
「城内の重要人物が黒騎士の騒動、子供殺し、ひいては神子探しに関わっている。お前はそう考えたのではないのか?」
「なっ、そんな馬鹿な」
彼は驚いた。ヒューデアは嘆息した。
「おかしな奴だな」
「だってあんたが変なことを」
「俺はお前の考えをまとめただけだ」
剣士は指でとんと卓を叩いた。
「尋ねたい、オルフィ。何故そのようなことを思ったのか」
「何故って……」
彼は額に手を当てた。
(何故?)
(城内のことなんて、俺が知ってるはず、ない)
重要人物と言われて思い浮かぶのはレヴラールくらいだったが、王子のことをよく知っているとは言えない。祭司長や宮廷魔術師については、存在を知っているものの名前すら怪しい。
誰かを具体的に疑った訳ではない。ただ、そう感じたのだ。
しかし、何故。
「それは……」
「根拠がないと糾弾している訳じゃない。俺にもひとつ、気になることがある」
しかめ面のままでヒューデアは言った。
「え?」
意外に思ったのは、同意がやってきそうな雰囲気だからだ。
「お前が追跡されたときのことを覚えているか」
「そりゃあ、よく」
唇を歪めて彼は答えた。
「正直言うと、お前がチクったのかとも考えた」
「そのような真似はしない」
「悪い。でも俺はお前のことほとんど知らなかったから……いまも知らないけど」
あのときからヒューデアについて新たに知ったことはない。だと言うのにこうして話をしているのは不思議でもあった。「リチェリン」の名の効力でもあったが。
「でもお前の通報にしちゃ町憲兵隊の動きが早かった。お前がそれこそ『重要人物』なのかもってことも考えたけど、ぴんとこなくて」
「俺はジョリスを知るが、それだけだ。城内に特別な伝手などはない」
「そんな感じがしたよ。あ、つてがないとかじゃなくて、チクったりはしないんじゃないかって思い直した」
何しろ、と彼は呟いた。
「ジョリス様に信頼されてるみたいだったし、さ」
カナトはそれをして、彼らが「ジョリスを崇拝する同志」というようなことを言ったものだ。
「そのことだ」
「へ?」
「いや、ジョリスのことではなく」
ヒューデアは手を振った。
「お前も言っただろう。町憲兵隊の動きが早かった。だというのに、翌日にはその動きは消えていた。誰かが素早く命じ、そして撤回した」
「――誰か」
「それがお前の言う『誰か』と同じであるとは限らない。籠手のことは、黒騎士や神子と関わらぬのだし」
「関わる」
オルフィは言った。
「関わるんだ、ヒューデア」
「何だと?」
「確か話したよな。俺は黒騎士に会ったことがある。そいつは籠手のことを知っていて、最初は奪おうとしてるんだと思った」
「言っていたな」
思い出したと言うようにヒューデアはうなずいた。
「でもあのあとまた、あいつは俺の前に現れたんだ。でも今度は奪う様子じゃなくて、俺が籠手を持ってるからって理由で気にかけている、みたいな感じがした」
考えながらオルフィはもそもそと言った。
正確に話すのであれば違う。籠手を持つオルフィを「誰か」――ルサと仮称した、黒騎士の敵と勘違いしたようだった。少なくともオルフィはそう感じた。
オルフィに記憶があれば、認める認めないに関わらず、気づいたかもしれない。黒騎士が言っていたのはヴィレドーンのことだと。
黒騎士は、アバスターに倒された〈漆黒の騎士〉がアバスターの籠手アレスディアを身につけているという皮肉に笑ったのだと。
「繋がりはある、ということだな。黒騎士と籠手……ジョリス」
「ジョリス様」
「そうだ」
彼はうなずいた。
「いまだにジョリスの死は隠されている。白光位を剥奪した以上、正式に公表する必要もないだろう。それが狙いのひとつかもしれない」
「どこのどいつだよ! ジョリス様に恨みでもあんのか!」
「かもしれんな」
オルフィの理性的でない言葉は、しかし肯定的に迎えられた。
「『誰か』はジョリスが邪魔だった。よって籠手を持ち出させ、黒騎士を……」
「ちょ、ちょっと待てよ」
「黒騎士を放ったのだとしたら」
「いや、待てってば!」
血の気が引くような思いがした。
「あんた、何言ってんのか、判ってんのか」
「お前よりは判っているつもりだ」
「そ、それって」
「無論、推測だ。憶測、邪推の域でもある。根拠はない。だがどうしても奇妙だった。アバスターの箱は王家の宝。それを持ち出す権限は〈白光の騎士〉にもなかったはずだ。どうやってジョリスは箱を持ち出した?」
「そんなこと」
「今更だ。ジョリスには訊けない」
きゅっと拳を握ってヒューデアは言った。
「だが気にかかる。彼が籠手を持ち出した理由は判るが……」
「判る?」
オルフィははっとした。
「――そうだ! あんたは知ってるんだな? ジョリス様はどうして王家の宝とされる箱を? 黒騎士討伐に必要だったんじゃないかって推測はしてるんだけど」
「そのことは、我が長にも責任のあることと言えるかもしれない」
ヒューデアは少しうつむいた。
「かつて、我が民の長がジョリスに言葉を与えたのだ。〈閃光〉の銘を持つアバスターの籠手がナイリアン国の闇を払うと、そうした意味合いに取れる予言を」
「予言だって。長ってのは、北の部族の」
「ああ」
北の部族キエヴの青年はうなずいた。
「魔力を持つというのではない。だが長は代々、不思議な力を持つ」
「〈湖の民〉みたいだな」
何の含みもなく彼は言った。ヒューデアはじろりと睨んだ。
「お前もそのようなことを口にするのか」
「なっ、何だよ、怖い顔して」
オルフィには睨まれる理由が判らない。
「キエヴはキエヴだ。エクールはエクール。エクールの民を貶める気持ちはないが、一緒にされては困る」
「一緒になんかしてないよ。ただ似てるって言っただけじゃんか」
驚いて彼は説明した。
「だが……」
ぽつりと青年は呟いた。
「判らなくなってもきた」
「え?」
「ラスピーはあれをエクールのしるしだと言った。何故それがアミツのしるしと酷似しているのか」
「何だって?」
「いや、何でもない」
悩ましげな表情でヒューデアは首を振った。




