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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第4章

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202/520

14 話がある

 待ち合わせ場所は〈夜明けの星〉亭にした。以前コズディム神殿を訪れたときカナトが提案した店をどうにか思い出したのだ。

 マレサはオルフィが逃げるのではないかと少々渋ったが、少し考えたあと、別にもう逃げられてもかまわないのだと言って頼みを聞いてくれた。考えようによっては、それは即ちもうオルフィの頼みなど聞く必要もないということになるのだが、少女は思い至らなかったか、或いは少女なりに恩を返そうとしたのかもしれなかった。

 オルフィは言った通りに適当な帽子を見繕うと、以前にシレキと話したことを思い出して長い黒髪を隠すようにかぶった。実際、どの程度役に立つか判らないが、気休めにはなった。

 ひとりになると、急に不安になる。

 何だか誰も彼もが彼の顔をのぞき込もうとしている気がして、オルフィはうつむきがちに早足で歩いた。それは却って「怪しい」という印象を醸し出したが、そうと気づいたところで堂々と歩ける度胸はなかった。

 彼は道の端を歩き、小道を利用して店にたどり着いた。だがやってきてくれるかどうかも判らないイゼフを店内で待つ余裕を持てず、入り口が見える角に立つとやはりうつむいて待った。

(マレサ、イゼフ神官に会えたかな?)

(きてほしいなんて、図々しい頼みごとかもしれない)

 通常、相談がある人物は神殿を訪れ、神殿のなかで話をする。もし神殿の外で話した方がいいということになれば、それから両者で移動するだろう。いきなり指名されて「どこそこへきてほしい」と言われた神官はどうするものか。

(すごく人の好い神官ならきてくれるかもしれないけど)

(ちょっと考えが甘かったかな)

 マレサは「本人がくるように」と言われたかもしれない。そこで彼女が食い下がるにせよ諦めるにせよ、神官に応じる気がなければ終わりだ。

(イゼフ神官を指名しないで、誰でもいいからと言えばよかったかな)

 それなら誰かしらきてくれたかもしれない。イゼフを思い出したからと言ってイゼフにこだわることはなかったと今更のようにオルフィは気づいたが、いまから神殿に戻ってもマレサと行き違う危険性がある。とりあえず待つしかなかった。

 こうしている時間はずいぶん長く思えた。

 実際のところは二十分(カイ)も経っていなかっただろう。しかしオルフィには半刻近くに思えた。

(マレサ、どうしただろう)

(店が判らなくなったとか)

(……やっぱり巧くいかなくて、でも俺に伝える必要なんてない、とか思ったかな?)

 可能性はある。ナイリアールまでたどり着いた以上、彼女がオルフィにつき合う理由はない。

 もう少しだけ待とう、とオルフィは建物の壁にもたれかかった。

「ふう」

 ため息が出る。

(俺、何をしにきたんだっけ……?)

 ふっと目の前が霞みがかった。

 覚えていない言葉が蘇る。

『判らない内は、君はオルフィ』

『判れば、君は――』

 そのときである。彼は硬直した。首筋に冷たいものが当てられている。

 刃だ。すぐに把握した。

「動くな」

 背後から声がする。

「なっ、何だよ。俺はラルなんて持ってない……」

 こんな昼間から、人通りもあるところで強盗なんて。彼は焦ったり怖れたりするよりも驚いた。

「ラルなど要らぬ」

 声は続いた。

「籠手も外せぬまま、何故のこのこと戻ってきた?」

「あっ、あんた」

 この声には聞き覚えがあった。オルフィはごくりと生唾を飲み込んだ。

ヒューデア(・・・・・)!?」

 名を呼ばれた銀髪の剣士はすっと剣を引いた。

「なな、何だよ急に。そりゃ、あんたが俺に腹を立ててるのは覚えてるけど」

 まさか、とオルフィは一歩退いた。

「『斬り落とす』を実行しようってのか……?」

「いや、違う」

 ヒューデアは剣を納めた。

「いまは、な」

「『いまは』」

 オルフィは顔をしかめた。

「それなら剣なんて抜くなよ、物騒だろ」

 街のなかでの抜剣はそれだけで罪だ。もっともヒューデアは初めて会ったときからそれを躊躇っていない。悪人という感じではないが、彼には法よりも従うべきものがあるらしい。

(何て言ったっけ)

(そう、アミツだ)

(でも「いまは」俺を斬る気じゃない)

「いきなり首筋に刃を当てるなんて、おどかしたかったのか?」

 少し憤然と彼は言った。ヒューデアはじろじろとオルフィを見つめた。

「オルフィという名でイゼフ殿をおびき出そうとした人物がいたようなのでな」

「それは俺だよ」

 彼は当然とも言える言葉を返した。

「何故、イゼフ殿を?」

「たまたま、知ってた名前だったからさ。別に誰でもよかった」

「誰でも?」

そうだよ(アレイス)。呪いとかについて尋ねてみたかったんだ」

「神殿を訪れて尋ねればよかったではないか」

「見つかったらまずいかなと思ったんだ」

 ちらりとオルフィは様子をうかがうようにヒューデアを見た。

「――お前はもう追われていない」

 意図を理解して剣士は答えた。

「お前を追う騒ぎがあったのはあの日だけだ。首都から逃げたのは正解だったと思うが」

「あの日だけ?」

 オルフィは拍子抜けした。

「いったい、どうして」

「知らぬ」

 ヒューデアは素っ気なく言った。

「追う方にも都合があったのではないか」

「都合って」

 彼は顔をしかめた。

「……ジョリス様を犯人にすることにした、とかか?」

 声をひそめて言えば、ヒューデアの表情が険しくなった。

「俺が言ってるんじゃないからな! 俺だってそんなのおかしいと思うし、俺が捕まることでジョリス様の容疑が晴れるなら」

「晴れぬ。馬鹿なことを考えるのはよせ」

「判ってるよ。前にも考えて、意味がないと結論を出したことだ」

「お前が戻ってきたのは思いがけないことだったが、それならば話がある」

「話?」

 オルフィは警戒した。

「腕ごと籠手を差し出せなんてのは、ご免だけど」

「いまはやらぬ、と言っただろう」

「心から安心できる台詞じゃないなあ」

 少し渋面を作ってオルフィは呟いた。

「じゃあイゼフ神官のことか?」

「それも違う」

「ならいったい」

「リチェリンだ」

 予想外の名前が出てきて、オルフィの心臓は高鳴った。

「へっ? な、何でお前がリチェリンのこと」

「詳しくはあとで話すが、俺は彼女と行動を共にしていた」

「何だと!」

「妬くな。お前が案じるようなことは何もない」

「ばっ、馬鹿言うなよ。お、俺はだな」

「――彼女がいなくなった」

 ヒューデアは核心をすっと話した。オルフィはぽかんとした。

「何……?」

「状況からして、拐かされたとしか思えない」

「何だって!? いったい、どういう」

「その件で俺はイゼフ殿を訪れていたところだ。お前もこい」

 言うなりヒューデアはオルフィの脇を抜けて大通りに出た。オルフィは呆然とし、聞いた言葉にほかのどんな意味も有り得ないと理解すると、慌ててヒューデアを追いかけた。

(拐かされた?)

(いったいどういうことだ。何が)

(何が起きてるんだ?)

 判らないことだらけだ。だがいまは、足をとめて考えているときではない。

(……リチェリン)

 若者は両の拳を握り締め、恋しい娘の無事を祈った。

 いったい誰が。何の目的で。

 いや、そんなことはいまはどうでもいい。彼女は無事でいるのか。

 これまでのどんな波瀾より、その報せはオルフィの胸を苦しいほどに締め付けた。


(第5話「契約と犠牲」第1章へつづく)


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