10 二度目ですね
ここで再会したのも何かの縁、と王女はどこか楽しそうに言った。慌ててオルフィは馬を下り、マレサも半ば引きずり下ろすようにしては苦情を受けた。
「私、ナイリアールを街壁の外から見てみたいとお願いしましたの。やってきたときは曇天で、評判の美しいお城がよく見えなかったんですもの。今日みたいな晴天の下で目に焼き付けておきたくて」
にこにことウーリナは話した。
「それにしても驚きましたわ。ディセイ大橋でお会いしたオルフィさんとマレサさんにこんなところで偶然」
「は、はあ」
驚いたのはこっちの方だ、とは言えずにオルフィはもごもごと返した。
「おふたりはあれから仲良くなったんですの?」
「な、仲良くと言いますか、その」
「仲良くなんかなってねえよ」
ぶすっとマレサは返答した。
「こっちにくんのに都合がよかったから、こいつを利用しただけだ」
「おいっ、そんな口を利くなよ」
王女様だぞ、と小声でつけ加える。マレサの眉が上がった。
「関係ねえよ!」
「威勢がいいのは結構だが、ほどほどにな」
ウーリナの後ろから声がした。
「何だよ、あんた」
「よせ、マレサ」
オルフィは少女を制した。
「――オルフィ、だったな」
「あんたは」
彼はきゅっと拳を握った。
「……サレーヒ、様」
「えっ!?」
マレサが目を見開いた。
「サ、サレーヒ様!?〈赤銅の騎士〉の!?」
「ああ」
サレーヒ・ネレストはこくりとうなずいた。
「うわっ、うわっ!」
少女には他国の王女よりも騎士の方が強烈な存在であるようだった。マレサは一、二歩後退し、口をぱかっと開けている。
「ほ……本物……」
「ナイリアンの騎士として、マレサ殿にお願いしたい。こちらのお方に、粗相のないよう」
「ふわっ、はっ、はいっ!」
効果てきめん。マレサは顔を真っ赤にして、ウーリナに失礼な態度を取らないことを約束した。
一方でオルフィは緊張していた。ウーリナとの再会は驚きだが、サレーヒとの再会は危険をはらむ。彼は腕を隠したくなったが、わざわざ左腕を後ろに回すなど不自然な動作だ。却って目を引くと考え、こらえた。
「ディセイ大橋でウーリナ様とお会いした? どうしてあんなところへ?」
「ちょっと……野暮用があっただけです」
彼は言った。
「お話ししたかもしれませんが、俺は荷運び屋ですから。依頼があれば、どこにでも」
「そうか」
もちろんオルフィが荷運び屋をやっていたのは南西部という狭い地域においてのみだが、サレーヒはそこまで知らない。騎士はそれを嘘だなどと糾弾せず、ただ相槌を打った。
「仕事は済んだのか?」
「おかげさまで」
「それで、首都に戻ってきた?」
「何かおかしいですか?」
どきどきしながらオルフィは尋ねた。
(サレーヒ様はどこまで知ってるんだ)
(あの追跡は、騎士様の指示かもしれないって話もあった)
(だとしたら、ここでしらばっくれたって無駄かも……)
(――様子を)
ふっと彼の褐色の瞳に何かが宿った。
(落ち着いて、様子を見るんだ)
彼は顔を上げ、正面からサレーヒを見た。
「依頼は首都で受けました。依頼人に、ちゃんと済んだという報告をして報酬をもらいます」
「それはどこの誰だ?」
「どうしてそんなことを話す必要があるんですか?」
(こいつは)
(知らないのか?)
彼は考えた。
(いや、まだ判らないな。核心には触れてこないが、下手を打って俺に逃げられたら困ると思っているのかもしれない。ウーリナの護衛が優先だろうからな)
ウーリナを放って彼を追いかける訳にもいかないはずだ。風貌を確認し、行き先や目的などを探っておいて、改めて追っ手を放つ可能性がある。レヴラールに報告してどの程度の人数を割り振るか等の許可を得る必要もあるだろう。
彼は素早く思考を巡らせた。騎士が彼の左腕に目をやらず、何もほのめかさなかったとしても、油断はならない。
「おい、オルフィ」
マレサが顔をしかめた。
「サレーヒ様がお尋ねになってるんだぞ。ちゃんと答えろよ」
「君は黙っていろ」
「何だと!」
「まあ、喧嘩はいけませんわ」
のんびりと、ウーリナが入る。
「騎士様もオルフィさんも、そんな怖い顔をなさらないで。笑って下さいな。笑顔は人を優しくしますのよ」
毒気を抜かれたと言うのか、オルフィもサレーヒも黙ってしまった。
「こんなところでお話を続けるのももったいないですわね。サレーヒ様、どこかよい場所をご存知ありませんこと?」
「よい場所、ですか?」
「ええ。せっかくお会いできたんですもの。もっとお話をしたいのです」
「……僭越ながら、ウーリナ様。それはできません」
「あら、どうしてですの」
「ご理解下さい。あなた様はいま、ナイリアール城を外から改めて見物なさりたいと仰ってこの場にいらっしゃるだけです」
「レヴラール様は好きにしてよいと仰いましたわ」
「ウーリナ様」
「別に、隠さなくてもいいですよ」
オルフィは肩をすくめた。
「この姫様がどこの姫様かってのは、橋上市場の情報屋が掴んでました。俺は別に探った訳じゃないですけど、たまたま耳にしました。それに、レヴラール王子の護衛が迎えにきてた。その辺りから想像することは可能です」
「……他言無用だぞ」
「二度目ですね」
少し笑みを浮かべてオルフィは言った。
「ジョリス様のことも」
「オルフィ」
「判ってます。誰にも言ってませんよ。ああ、仲間は別ですけど」
「仲間だと」
「あのときはいたんです。いまはいませんけど。彼らも口が軽くはありませんから、安心して下さい」
「貴殿」
サレーヒは眉をひそめた。
「雰囲気が、変わったようだ」
「そうですか? 俺は俺ですけれど」
言ったオルフィは、まっすぐにサレーヒの視線を受け止めた。もしカナトが近くにいれば驚いただろう。その様子はまるで――挑戦的だったからだ。
「おい、何だよお前。〈赤銅の騎士〉様にそんな態度」
「〈赤銅の騎士〉か」
彼はふっと笑った。
「赤銅位ごときが大きな態度を取るものだ。俺を誰だと思っている?」