08 おかしいと思いませんか
思いがけない再会が、思いがけない情報を与えてくれた。
しかしその話は彼らに、やはり思いがけない混乱をもたらした。
「ナイリアールに向かったって? 何でまた。追われてるってのは嘘だったのか?」
「そんな嘘をつくもんですか。本当ですよ。僕だって一緒にいて、一緒に逃げたんです」
「だよなあ。いや、嘘だって思った訳じゃないぞ」
シレキは手を振った。
橋上市場を通りかかった彼らは、オルフィと同じようにバジャサ少年と再会した。いや、彼らは少年を知らなかったが、「馬を連れた黒髪の若者を見なかったか」と人々に尋ねていた彼らに「情報屋」バジャサの方から近づいてきたのだった。
少しのやり取りでカナトたちはオルフィの動向を知り、バジャサ少年は幾ばくかのラルを得た。
「しかし、それなら何でオルフィはナイリアールを目指してる? だいたい、馬なんてどこで手に入れたんだ」
「知りませんよ」
顔をしかめてカナトは言った。
「馬のことは、知りません。でもナイリアールに向かう理由なら、多少の推測は」
「何だ?」
「黒騎士のことです」
しかめ面のままで少年は言った。
「首都で黒騎士が、劇的に帰還した〈青銀の騎士〉様に退治された。オルフィなら、ことの真偽を確かめようと思うかもしれません」
「何でまた」
シレキはまた言った。
「自分が〈白光の騎士〉様の仇討ちをしたかったのに、とでも?」
「しっ」
ジョリス・オードナーの死はまだ公表されていない。カナトはシレキを制した。シレキは謝罪の仕草をした。
「仇討ち、とまで心を決めていたかは判りません。確かにそうしたいという気持ちはあったでしょうし、籠手の力を頼ればとの思いもあったかもしれません。でも僕が思うのはそうじゃなくて」
「真偽を確かめると言ったな」
「はい」
カナトはうなずいた。
「だって、おかしいと思いませんか」
「何がだ?」
「――ハサレック様です」
少年は声をひそめた。
「うん?」
「時機が合いすぎる。そう思いませんか」
「……うん?」
「だってそうでしょう。『あの人』がいなくなったあと、劇的に登場した新たなる英雄。まるで『いまだ』と誰かが合図したみたいです」
「どういうことだ?」
今度はシレキが顔をしかめた。
「僕も、何かがはっきりと判っている訳じゃない。でも作為的なものを感じます。ハサレック様がジョリス様のいなくなったこのときに素晴らしい偶然でもって帰ってきたとは思えないんです」
「誰かが裏で糸を引いている?」
「憶測ですけれど、ね」
少年は大人びて肩をすくめる。
「もっとも、そうした引きの強い人物というのは確かにいます。ハサレック様もそうしたひとりなのかもしれません。天の配剤に恵まれ、他に類を見ない特殊な星を頭上に抱く……」
カナトは天を見上げた。
「僕には〈星読み〉はできませんが、それでも判ります。いえ、そうした人物に出会えば判ると思います」
「判るさ、お前なら」
シレキは言った。
「え?」
「ん?」
「いま、何て?」
「あ? 別に不思議なことは言わなかっただろ。お前さんみたいな優秀な若手なら間違いなくそうしたもんを見逃さないと、そういう」
「……そういうこと、でしたか?」
「何だよ」
「いえ、僕には」
カナトは肩をすくめた。
「まるでシレキさんが『判らなかったことがある』または『判ったことがある』、どちらにせよ経験があるかのような口ぶりだったと」
「ま、多少は長く生きてるしな。『こいつは』と思う奴に会ったこともある」
シレキは口の端を上げた。
「確かに、いるな。ひと目見た瞬間に『ああ、こいつは違う』って人間は。……俺はオルフィが、何つうかそれにあと一歩だという気がしてるんだが」
「オルフィが?」
意外そうにカナトは繰り返した。
「お前さんがその様子じゃ見当違いかね。それとも無意識の内に見込んでるからつきまとってんのか」
「つ」
少年は目をしばたたく。
「つきまとっているように見えますか?」
「引っかかるとこはそこじゃないだろうそこじゃ」
シレキは苦笑した。
「オルフィが特殊な星の持ち主かと問われるなら、僕は『そう思う』と答えますよ。彼自身は自覚がないようですけど」
カナトが言うと、シレキは黙った。
「シレキさん?」
少年は首をかしげる。
「いや、もしかしたら俺たちはあいつに同じものを見てるのかもしれん、と思ってな」
「――そうかも、しれませんね」
それが「何」であるのか、魔力を持つ者同士は言葉で確認しようとしなかった。
「急ぎましょう」
カナトはすっと西の方を見やった。
「オルフィの目的地はナイリアールのようです。その理由はともかく、場所が判った以上、僕らには」
少年魔術師は魔力を持つ連れを見やった。
「急げる手段もあります」