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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第4章
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05 それは拙いなあ

 宮廷魔術師と騎士。

 いったい何の用事で魔術師がやってきたのか、セズナンには知る由もない。彼ごときが疑問に思う必要すらないこと、百も承知だ。

 だと言うのに。

 どうして、そんなことをしたのか。

 セズナン少年は廊下を見回し、誰の姿もないことを確認すると――そっと扉に耳を当てた。

 どうして気になったのか。

 理由は、ある。

 これまでだって、彼が退室を命じられたことは何度もあった。回数など覚えていない。ほかの騎士――ジョリスであることもあった――がやってきて大事な話をすることもあれば、どこかの隊の隊長が騎士に何か指示を仰ぎにきたことも。

 だが、いつでも、使用人に聞かせてもかまわないかどうか決めるのは話をしにやってくる方だ。ジョリスはセズナンごときにも「すまないが」などと言って退室を頼み、隊長は偉そうに命じることが多かったが、どうであれ、なかった。

 訪問者が何も言わぬ内からハサレックが彼を追い出したことは。一度たりとも。

 だから彼は気になった。これが理由だ。

 同時に、理由にはならない。出て行くよう指示されたら出て行く。聞き耳を立てるななどとは言われずとも当然のことだ。

 判っていた。セズナン自身にも。盗み聞きをしてよいはずがないということは。とてもよく。

「――つかったぞ」

 宮廷魔術師の声がした。セズナンはコルシェントをほとんど知らないが、少し興奮しているようなのは珍しいのではないかと思った。

「見つかった?」

 ハサレックが問い返す。

「ああ。神子が見(・・・・)つかった(・・・・)

(……神子(みこ)?)

 それが何を意味するのか、少年には無論判らない。

「驚きだな。目と鼻の先にいたのだ」

「まさか城下か?」

その通り(アレイス)

「成程。それじゃ」

 くっとハサレックが笑った。

「黒騎士に暗躍してもらう訳にはいかなさそうだな」

(え……)

 聞き違ったのかと思った。だがハサレックはいま確かに「黒騎士」と。

「――セズナン? どうしたんだい?」

 不意に声がした。少年ははっとして扉から離れた。

「あ、ああ……びっくりした。クレンか」

 それは〈黄輪の騎士〉パニアウッドの従者である仲間だった。成人したばかりのセズナンより少し年上で、頼りになる友人だ。

「ハサレック様のことが気になるのは判るけど、それは(まず)いなあ」

 クレンは自身の片耳に軽く触れ、セズナンの盗み聞きについて示した。

「通りかかったのが僕だったからよかったようなものの」

「ああ、うん、判ってる。いけないことだ」

 顔を赤くしてセズナンは謝罪の仕草をした。

「僕に謝ることはないよ。でも二度とよすんだね」

「うん」

 こくりと少年はうなずいた。

「それから、何を聞いたのだとしても、忘れること」

「聞いて……ないよ。何にも」

 聞こえなかったとセズナンは嘘をついた。

「そう。それならいいけど」

 信じたのかどうか、クレンは少し顔をしかめた。

「そ、それより何だい? パニアウッド様から、ハサレック様に何か?」

「いや、僕から君にだよ。あとで時間を作って……その」

 こほん、とクレンは咳払いをした。

「ロタの見舞いに行かないか」

「……でも」

 セズナンは迷った。

「僕が行っても、ロタを哀しませるだけじゃないかな」

「そんなことないさ。ロタのつらさはセズナンこそよく判るはずだ」

「そりゃあ、突然、お仕えする騎士様がいなくなっちゃう気持ちは誰より判るさ。でも」

 ロタ少年の仕えたジョリスがいなくなった理由は、ハサレックのそれと違う。ましてやいま、ハサレックは帰還して英雄扱いだ。騎士の座を追われたジョリスの従者は、ハサレックの従者に返り咲いたセズナンの顔など見たくないのではないか。彼はそう思った。

「僕はロタがそんな、ひがむような考え方をするとは思わないな」

 友人は首を振った。

「でも、君の方で気になると言うなら、僕がひとりで様子を見てくるよ。それとなく君の話もしてこよう。彼が抵抗を覚えないようなら、今度は君も行って話をしてくるといい」

「……有難う」

 友人の気遣いにセズナンは感謝した。

「僕らは、みな思ったはずだよ。あのとき、君のことを案じたのは本当だけれど、同時に思ったはずなんだ。もし自分の……自分の仕える騎士様の身に同じことが起きたら、とね。そして恐怖した。擬似的な体験はもちろん本物のそれに敵わないだろう。でも」

 クレンはそっと首を振った。

「どんなに怖ろしいか。哀しいか。想像だったけれど、みんな考えたんだ。だからこそいま、ロタを案じてる。事情は違うけれど……突然の別れ。それにロタには、泣くことも許されない」

 咎人から離れられたのだから喜ばしいことの「はず」。悲嘆にくれるのは公式の触れ、つまり王の言葉が誤りだと言うようなもので、殊に城内では問題とされる行為だ。

「みんな、ロタを案じてる」

 真剣な顔でクレンは繰り返した。

「それはもちろん、僕もだ」

 セズナンは言った。

「もし、僕が感じたつらい思いを話すことが何かロタの慰めになるなら、すぐにでも飛んでいく」

 心から言えば友人はうなずいた。

「それじゃ、とにかく様子を見てくる。明日、時間を取れるかい」

「うん、大丈夫」

 そうして彼らは翌日の約束をし、クレンはセズナンを離れた。ちょうどそのとき、ハサレックの部屋の扉が開いた。セズナンははっとして頭を下げる。

 騎士との会合を終えた宮廷魔術師は少年使用人にちらりと視線を向けたが、特に何か言うこともなく――普通は、ない――廊下の向こうに姿を消した。

 セズナンはそれを見送るともなしに見送りながら友人ロタのことを思い――ハサレックの口から出た不吉な名称については、忘れてしまった。


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