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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第3章
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11 彼に会いたいはず

 マルッセの夜は、隣町モアンのそれと同じように静かだった。

 深更ともなればほとんどの人々は眠りについており、辺りには人っ子ひとりどころか猫の子一匹見当たらない。

 (ヴィリア・ルー)の光はずいぶんと青いように感じられた。季節はこれから暖かくなっていこうというところなのに、まるで真冬のような冷たい光だ。

 空気自体は冷たいということもない。もしも恋人たちが夜の逢瀬を楽しむとしたら、とてもよい夜だろう。

 オルフィはゆっくりと街路を歩いた。散歩というようなのんびりした気持ちにはなれないが、何か起こると確信している訳でもなかった。

 夜歩きという、場所によっては犯罪に巻き込まれる危険性もある行為。もっともマルッセはそれほど治安も悪くない。いきなり盗賊に襲いかかられるようなことは――おそらく――ない。

 彼が緊張するとしたら、理由はほかにある。

 確信している訳ではない。だが何かが起きるかもしれない。

 いったい何が?

 有り得るとすれば、それは。

「こんばんは」

 声がかけられた。オルフィはぱっと振り向いた。

「出たな」

 判っていたようにも思った。


「ニイロドス」

 羽根のついた帽子をかぶった青年は、優雅に宮廷式の礼を決めた。

「どうやらオルフィ、だね」

「何だよ。忘れた訳じゃないだろ? 俺を見張ってるみたいなくせして」

「忘れてはいないよ、もちろんね。いまのは確認だ」

「おかしなことばっかり言いやがって」

 オルフィには判らない。彼にしてみれば、彼がオルフィかどうか確認するというのは相手がオルフィのことをはっきりとは覚えていない場合としか思えない。

「まだ不安定であるようだ。もっとも、僕はそれでもいい。面白ければ何でも」

「はあ?」

 例によって意味の判らないことを言う。オルフィにはそうとしか。

「いや、今日は煙に巻かかれたりしねえぞ」

 きゅっと彼は眉をひそめた。

「お前、俺に何をした」

「何だって?」

「お前と話した翌朝、俺は畔の村で仲間たちと一緒にいた。その途中から記憶が消えてる」

「へえ?」

「気がついたときはディセイ大橋のすぐ傍にいた。ひとりで。馬なんか連れて」

「ふうん?」

「驚かないな」

「聞いてあげてるんじゃないか」

 ニイロドスは心外だと言うように目をしばたたいた。

「それで? 僕が『不思議な力』で君をディセイ大橋まで連れて行ったとでも言うのかい」

「その可能性もあると思ってる」

「『可能性は何にだってある』……魔術師はそんなふうに言うね」

 くすっとニイロドスは笑った。

「魔術の話なんかどうでもいい。俺がひとりになると姿を見せる、お前は何者で何を企んでるんだ。あの夜、俺にどんな話をした」

「あれ、そのことも忘れちゃってるの?」

 ニイロドスは目を見開いた。

「大したもんだねえ。君の封じはまだ生きてるんだ。うん、まさしく『生きている』と言えそうだな。怪我をすればそれを治そうと身体が働くように、生じた綻びを繕うとは」

「ひとりで納得してんじゃねえよ」

 少し苛ついたようにオルフィは言う。

「封じ? そんなことはこの前の夜には言ってなかったな」

「覚えてないんじゃなかったの?」

「覚えてないところもある。でも言ってなかったような気がする」

 曖昧ではあるが怯むことなくオルフィは言い切った。

「まあ、封印というような言い方はしなかったかもしれないね。その代わり、忘れているとは言っただろう。そのことだよ」

「俺は何も忘れてなんかないと言ったはずだ」

「頑なだね。もしかしたら君自身、思い出したくないのかな。『オルフィ』のままでいたいとね。でも無駄だ、君には君の務めがある――ヴィレドーン」

 その名が呼ばれた。オルフィはびくりとした。

「あ……」

「どうしてあんな子供を連れて、のんびりしているの? 君ひとりならもうずっとナイリアールに迫っているはずだ。ひとりの騎士が待っているよと言っただろう? 君は彼に会いたいはずだ」

「騎士」

 彼は繰り返した。

「ジョリス……様」

「違う違う」

 くすくすとニイロドスは手を振った。

「ヴィレドーンの思う〈白光の騎士〉の名は、違うだろう?」

「俺は、オルフィ、だ」

 声がかすれた。

 どうして、こんな当たり前のことを言うのに――躊躇いを覚えたのか。

「いいね。なかなか面白い。でも『オルフィ』のままでは彼に勝てないよ。籠手の力だって限界がある。彼と剣を合わせればせいぜい、死ぬまでの時間が少々延びるというところだろうね」

「籠手……彼……?」

「〈白光の騎士〉と君は戦わなくてはならない。そうだろう? 避けられない。嫌でもね。君があれ(・・)をとめたいのなら」

「とめる……とめなくては」

「そうだね」

 ふふっとニイロドスは笑いを洩らした。

「彼らを救えるのは君だけだよ、ヴィレドーン」

「俺は」

 ヴィレドーン。

 オルフィ。

 「彼」はふっと、判らなくなった。

「――約束したね。君は僕のものだ。もう一度、あの日の約束を繰り返そうか?」

 すっとニイロドスは近づいた。彼は退くことができなかった。

「ふふ、この姿はお前の警戒を誘うばかりだったわね」

 次の瞬間、彼の目の前にいたのは女だった。少なくとも、女の形をしていた。それは長い黒髪をし、薄い銀の衣をまとった。

女夢魔(リリサーヴ・ルー)のように身体で誘惑をしていると。ふふ、望むのであればあれらのように、この世のものとも思えない快楽をお前に与えることもできたけれど」

 女の形をしたものは彼の右手を取ると、豊満な乳房に触れさせた。薄い衣の下には何もつけていないようで、柔らかいものと突起の形がはっきりとその手に感じられた。うなって彼はそれを振り払う。


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