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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第3章
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10 眠りの神の悪戯

 はっとして目を開けると、目の前に知らない顔があった。

 とっさに状況が掴めず、彼は頭を働かせようとした。

(ここはどこだ)

(この、子供は……?)

 少年のようにも見えるが、少女の表情だ。彼はそう見当をつけた。

 だが見覚えはない――。

「大丈夫かよ? 何か、うんうんうなってたぜ」

 少女は言った。

「悪い夢でも見たのか?……おい、ぼうっとしてんじゃねえぞ、オルフィ」

 しかめ面でマレサは言った。呼ばれてオルフィは目をしばたたいた。

「……マレサ」

「あん?」

「……おはよう……?」

「おはよう、じゃねえだろ。まだ夜中だっての」

 子供は眠そうに言った。

「お前がうなされてうっさいからさ、起きてもらった訳。静かになんならオレはまた寝るし、お前も寝るならその前に悪夢払いをしとけよ。知ってるか? こういうの」

 ささっとマレサは簡単な仕草をした。オルフィは知らなかったが、厄除けの一種なのだろうと判った。

「んじゃもっかい、おやすみ」

「あ、ああ、うん」

 おやすみ、と返してからオルフィははたと気づいた。

「マレサ」

「あん?」

「心配してくれたんだな。有難う」

「バカ。うるさかったんだって言ったろ」

 憎まれ口を叩くと子供は隣の寝台に戻ってくるんと布団にくるまった。

(ま、悪い子じゃないよな)

 彼も布団に入り直しながら、そんなふうに思った。

(悪夢払い、か)

(別に怖い夢って感じじゃなかったかな。……よく覚えては、いないけど)

 誰かと話していたような印象だけが残っている。最初は話すのが嫌な人物ではなかったが、途中で相手が替わり、警戒をしていたような感じだ。

(あんまり深く考えても仕方ないだろう。眠りの神(パイ・ザレン)の悪戯なんだから)

 パイ・ザレンは人の眠りに夢をもたらす。心にかかっていることをいろいろな形で夢に顕すとも言われており、神の気まぐれによっては指針のようなものを夢に見せることもあるが、たいていは意味を為さない出鱈目な事柄の連続だ。

(でも何だか……)

 彼は鼻の頭にしわを寄せた。

(おかしな感じだな。夢のなかの……臭いが、残ってるみたいな)

 鉄臭い、とでも言うのだろうか。いいものではない、と思えた。

(気分が悪いな)

 オルフィは深呼吸をして臭いのことを忘れようとしたが、何だかますます臭ってくるように感じた。実際にこの宿の部屋に臭いの元があるのかとも思ったが、就寝前は特に何も気づかなかったと思い直す。

(気のせいだ、気のせい)

 彼はごろんと寝返りを打った。

(何の意味もない、パイ・ザレンの)

 悪戯だ、と繰り返し考えて、彼はぱちりと目を開けた。

(……何の意味もない、夢?)

 そこで思い出されたことがあった。彼が二度に渡り見た、悪夢のこと。

 一度目はアイーグ村の、いまやずいぶん懐かしく感じられる自宅で休んでいたときのことだ。黒騎士が近くに現れたという話を聞いた夜、黒騎士の夢を見た。あのときも耳にした話が不安を誘ったのだとだけ思ったが、その後実際、彼は黒騎士に遭遇することとなった。

 二度目はナイリアールだったろうか。ジョリスが黒騎士と対峙し、あの黒い剣に貫かれる怖ろしい夢を見た。これもやはり胸に抱く不安のせいだろうと思ったが、実際、ジョリスは黒騎士に殺されたのだと聞いた。

(偶然……)

 ただの嫌な偶然だ。そう思おうとした。

『本当にそう思うんですか?』

 カナトの声が聞こえた気がした。

『運命なんていうものは信じがたいと思っていました。〈定めの鎖〉が絶対だという理屈にも少々疑念を持っていました。でもオルフィの話を聞いていると』

『――そうしたものはやはり、あるのではないかと』

 彼はそっと寝台から身を起こした。

(いったいいま、俺はどんな夢を見てたんだ?)

(何か重要なことだったんじゃ、ないのか?)

 「自分の夢に意味なんてない」と思うことを避け、オルフィは考えた。

(俺に特別な力があるなんて思えない。でもこの)

 さっと彼は左腕を撫でた。

(籠手にはあるんだ。籠手が夢を見せるとも思えないけど、何か、こう、影響して……)

 真剣な表情をした若者が自分の左腕の上で右手をうねうねと踊らせる様は傍から見れば滑稽であったろう。だがオルフィとしては至極真面目に「何か不思議な力」を表してみたつもりだった。彼なりに判ろうと努力したのだ。無駄であったが。

(ええい、思い出せない)

 誰かと話していた。しかしそれは誰なのか。そもそも、実際にいる人物なのか。何を話したのか。重要なのは話した相手なのか話した内容なのか。

 たかが夢に何を真剣に考えているのか、と苦笑いをして再び眠りにつくのは簡単だ。いままでのオルフィなら間違いなくそうした。ジョリスの怖ろしい夢でさえ、しばらく動悸は収まらなかったものの、ただの夢だと考えたのだから。

 しかしこのときの彼は違った。

 ただの夢かもしれない。そうではないかもしれない。

 後者の可能性があるのなら、考えるべきだ。考えたい。

 あとになって「あのとき気づいていれば」などと思うことのないように。

 起き上がって考えていると目が冴えてきた。

 彼は窓を見た。かすかに明るいと感じるのは、掛け布越しに届く(ヴィリア・ルー)の光か。

 思い出されたのは、ふたつの夜のこと。

 夜の彷徨が招いた、ふたつの邂逅のこと。

 ゆっくりとオルフィは寝台から降りた。


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