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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第3章
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07 必死だったんです

「ともあれ、僕はそういうんじゃなくて、ただオルフィを心配」

「うんうん。判ってる判ってる」

 こくこくとうなずいてシレキは言い、それからはたと目をしばたたいた。

「おい、そんな話じゃなかったはずだぞ。ごまかすなよ」

「ごまかしてません。ですが、何を話せって言うんです?」

「しるしのことだ」

「そのことは判ってます。ですが、しるしだの神子だのの、いったい何について話しますか?」

 いささか挑戦的に少年は言った。

「僕は何も知らない。このしるしとやらが本当にエクールの神子のものなのかも。なかったはずのものが急に現れた理由も。湖に刺激を受けたのかも。何も知らないし、判りません」

「判らないで済ますなよ。お前には判るはずだ。神子なんだからな」

「理屈になっていないと思います」

「まあ、確かに、なってない。だがそう思うのは本当だ」

 シレキは堂々としたものだった。

「お前は納得してないみたいだが」

「当たり前です」

「じゃあ、背中のしるしについてはどう思うんだ?」

「理由は判りませんが、長老が何かしたのかもしれません」

 考えながら少年は答えた。

「長老がお前の背中に模様を描いたとでも? お前は服を着てたと思うが?」

「誰も直接描いたなんて言っていませんよ。長老が魔術師でないことはもちろんですが、エクール湖というのは独特の場所です。どんな力をお持ちか判りません」

 まずカナトはそう返した。

「お前はどうにも、自分が神子だと信じないんだなあ」

「信じる信じないじゃないでしょう。僕が神子だなんて有り得ないと何度も」

「何で」

「『何で』って」

 カナトは顔をしかめた。

「先ほどから言っていますように、畔の村に何ひとつ見覚えはありませんし」

「湖を懐かしいと言っていたじゃないか」

「懐かしいように感じる、ということですよ。原風景という話はしたじゃありませんか」

 嘆息混じりにカナトは言った。

「ともあれ、長老が何か企む……と言っては語弊がありますが、オルフィや僕に含むところがあるのは間違いありません。ひとのことをあまり悪く言いたくはありませんが、オルフィにも僕にも覚えがない以上、誰かの身代わりにさせられたというようなことも考えられます」

「おいおい、ずいぶん穿って考えるなあ」

「普通に考えたらこうした可能性に行き当たります」

「お前が神子じゃないって前提なら、だろ?」

「当たり前です」

 鼻を鳴らしてカナトは言い切った。

「長老のことですが、魔力という意味ではなく、僕が彼女と力を戦わせていたこと……シレキさんにならお判りいただけると思いますが」

「まあ何となくな」

「実は僕は結構、必死だったんです。術を編むこと以外で、ああした集中力の使い方をすることはないですし」

「まあその辺も何となく」

 魔力を持つ調教師はかろうじてうなずいた。

「この場合、魔力に限って言うのなら僕が上です。でも戦わせたのはそれでなく、人生経験で言うなら彼女は大先輩で」

 ううん、とカナトはうなった。

「どう言えばいいんだろう」

「たとえを使って言うなら、そうだな。様々なことに秀でた勇者バングスが、老獪な化け樹に騙されて底なし沼に引きずり込まれちまう、みたいなところか」

「失礼じゃありませんか」

 長老を化け物扱いしたシレキをカナトは諫めた。

「たとえだと言ってるだろうが」

 平然とシレキは肩をすくめた。

「じゃあそのたとえに乗れば、バングスにはよき仲間のミミがいて危機を救われる訳ですが、僕にはいなかったという辺りで」

「役に立たない仲間で悪かったな」

「いちいちひがまないで下さい」

 ぴしゃりとカナトは言った。

「自分で言うのも何ですが、確かに魔力ならシレキさんより僕の方が優れています。でもやっぱり人生経験はシレキさんが上なんですし、いささか目的不明なところがあっても、助かってるんですよ」

「判った判った。判ってるさ。年寄りのひがみ。仰る通り」

「そこを肯定してほしいんじゃないですけど」

 少し怒ったような表情でカナトは腰に両手を当てた。

「シレキさんは話を逸らしてばっかりだ」

「それはこの場合、俺の台詞だと思うが」

 片眉を大きく上げてシレキは挙手などした。

「湖神とその神子、そしてカナト、お前。その関わりが何を意味する? 何故あの長老は事実を明確にしないまま、オルフィだけを追い出そうとした? 湖神がお前を刺激したのなら、オルフィもまた刺激された? あいつ(・・・)は何なんだ?」

「――判りません」

 カナトは唇をかんだ。

「僕にも、何ひとつ」

「村に戻って問い質してみたところで、婆さんは何も話さないだろう。いなくなったときは赤ん坊だったんだから、お前を覚えているかと村人に訊いても無駄そうだ。神子の両親は……」

 シレキは少し躊躇った。

「亡くなった、らしいしな」

「実際、僕の両親も亡くなっていますから、もしシレキさんがいま僕に対して『両親かもしれない人物が死んでいる』ことを告げるのを気遣ったのなら、無用ですよ」

「そうか。って、何だか変だな」

「何がですか?」

「俺は『お前の両親』と『神子の両親』を同じだとの前提の上で話したんであって」

「僕は当たり前ながら、別だと考えた上での発言です」

 ここでもまた〈神官(アスファ)若娘(セリ)の議論〉が勃発していた。

「とにかく、シレキさんがどう思おうと僕は神子なんかじゃありませんが」

「だから、しるしは」

「そのことについては協会も頼ってみましょう。魔術でないことは確かですけれど、導師方ならば何か似たような事例をご存知かもしれませんし」

「似たような事例、ねえ。あるかねえ」

 シレキは疑わしげに言った。

「判りませんけれど、訊いてみて悪いことはないでしょう」

「うーん、協会にはいい印象がないんだよな。導師にしごかれた思い出が蘇る」

「えっ」

 カナトはまばたきをした。

「初等はそんなに厳しくないと思いますけど」

「有能なお前さんと一緒にすんなよ」

「またひがみですか」

「事実だろ」

「それじゃ、呪いをかけられていて魔力が思うように振るえないという話は出鱈目ですか」

「あ、いやいや、違う違う。ほんとほんと」

 シレキはひらひらと手を振った。

「ただ呪いってのはちょっと違うし、開放したらすごいぞってのは言い過ぎだった。やっぱりお前さんより弱いことは変わらないと思うね」

「僕だってそんなにすごい訳じゃないですけど」

「その年にしちゃ十二分だろうが」

「魔力は年齢で増えるものじゃないでしょう」

「そりゃそうだが、術は時間をかけて覚えていく。単に魔力が強くたって導師になれないことは承知だろ」

「ええ、もちろんですけど」

「――ああ、もう、そんな話はどうでもいいんだ」

 しまったと言うように顔をしかめてシレキは手を振る。

「正直、俺は協会で何か判るとは思えん。だが俺とお前がああだこうだと言い合っていても進展はないだろう。第三者の意見を聞くのは悪くない」

「決まりですね」

 カナトはうなずいた。

「もしかしたら、オルフィを捜索する手段も何か見つかるかもしれませんし」

 真剣に少年が言えば、男は吹き出した。

「またオルフィか」

「いいじゃないですか、別に」

 拗ねたように少年は頬をふくらませた。


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