05 黒いマントの
気がつくと彼は暗い街道をクートントと一緒に移動していた。
月 の助けがほとんどない夜に荷運びをすることは稀だ。単純に、夜道は先が見えなくて危ない。
荷車に毛が生えた程度の荷馬車でも、角灯用の台を設置することは可能だ。そうすれば夜でも移動が無理ということはなかったが、そんなに急の用事を頼まれること自体がまずなかった。
しかし彼は気持ちを焦らせながらクートントを進ませていた。もっとも、どうして急いでいるのか自分でもよく思い出せなかった。一刻も早く目的の村に着きたいのだが、どんな用事を引き受けたのだったか。
(目的)
(目的の村?)
(俺は、どこへ行くんだっけ)
そんなことも判らなかった。
細い月がぼんやりと辺りを照らすものの、ほんの数ラクト先はもう真っ暗だ。それでも彼はひたすら、荷馬車を走らせていた。
どこへ行くのだったろうか。
いったい何のために。
それすらも判らないまま。
不意にクートントが鳴き声を上げて歩みをとめた。オルフィの身体はがくんと前のめりになるかと思いきや、蹴られた鞠のようにぽーんと上空に飛んだ。
「うわあっ」
彼は手足をばたつかせ、まるで空中を泳ごうとするかのようだったが、生憎と巧くいかずにどすんと地面に落ちる。
「おいっ、クートント。どうし……」
彼は驢馬を振り返った。彼女が怪我でもしてしまったら一大事だ。
「あれ」
だが、そこにクートントはいない。驢馬だけではない。荷馬車もない。
「……あれ?」
オルフィは首をひねった。
そのとき、ばさりと音がした。それは大きな鳥の羽音に似ていた。オルフィは夜に活動する鳥獣が森から飛んできたものと思った。夜に狩りをする猛禽は羽音を立てないものだが、彼はそのことには気づかなかった。
ただ彼は振り向いて、そこでどきりとする。
人影があった。
薄闇のなかで彼が認めたのは、かすかな月明かりにぎらりと光る剣をかまえた、黒いマントの――。
「うわあああっ!?」
叫んでオルフィは寝台から落ちた。
「あいててて」
そのときにはもう、いまのが夢であったことは判った。
夢のなかでは何ラクトもの高所から地面に激突しても痛くなかったが、現実では数十ファインを落ちただけでもそれなりに痛い。
「ああ、嫌な夢、見た」
〈緑の葡萄〉亭で聞いた話が眠りの神の悪戯心を刺激したのだろう。オルフィはたったいま夢のなかで彼の目の前にいた「黒騎士」を思い出すと身をぶるぶると震わせて厄除けの印を何度も切った。
見れば、もうすっかり朝だ。
彼は子供のように「怖い夢」を見たことに苦笑して、床に座ったまま伸びをした。
「……ん?」
そこでちらりと何かが目に入った。
「何だこれ」
枕元にあったのは、紐だ。長さは二十から三十ファイン、両端に小さな白い玉がついていて、動かせるようになっている。何だろうかとオルフィは首をひねった。
「あ」
そして、気づく。
(髪を結わえる、紐だ)
判ると、思わず吹き出した。
(父さんってば。こんな飾りのついた紐なんて。それこそ女の子への贈り物じゃないんだから)
たまたま父の方でも、息子にやろうと考えていたものがあったらしい。これに親子の絆を感じたりするより、オルフィは笑ってしまった。
たとえ顔を合わせたり話をすることがほとんどなかったとしても、この父子の仲がよくないと思う者はいなかっただろう。彼らが――オルフィが思う以上に、ふたりは愛情を抱き合っていたと言える。
「でも、厄除けにちょうどいいな」
彼は白い玉に向けて祈りを捧げると、いつものただの紐を予備に回して、父親の贈り物で髪を結わえることにした。きれいな宝玉に祈りを捧げるとお守りになるという俗信を思い出したのだ。これは宝玉などではなかったが、ちょっとは効くのではないかと根拠なく思った。
「おしっ、今日もひと働き、行ってこようっ」