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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第2章
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07 見えてしまう

 一方、本当に星を読む能力を持ち、自らの発する言葉にとても慎重な占い師は、以前よりぐんと仕事量を減らして人々を落胆させていた。

 彼女が視るのは上流階級の人間だけに限られるようになり、街びとたちはピニアがお高くとまるようになったと腐した。少し前まで彼女が分け隔てなく占いをしていた――見料は取ったが、それは仕事なのだから当然だ――ということは早くも忘れられ、高慢な占い師などという悪評も立てられはじめた。

 ピニアを知る一部の者はそうした噂に腹を立て、彼女が本当に体調をおかしくしているのだということ、「偉い人」の依頼を断るのは難しく、無理を押して仕事をしていることを話したが、生憎なことにそうした真っ当な理由よりも悪い噂の方が人々には好まれるものだ。

 人々はいつまでも占い師の話をしていなかったが――それよりもジョリスやハサレック、黒騎士の話の方が彼らの興味を引いた――占い師ピニアの評判は、ここひと月で目に見えて落ちていた。

「そろそろ、薬師でも頼った方がいいのではないか」

 ひとりの訪問者は顔をしかめてそう言った。

「『大丈夫だ、何でもない』という言葉を信じてきたが、一向によくなる気配がない。いや、それどころか悪化しているように見える」

「そう見えるのだとしたら、今日は少々、化粧を失敗したのですわ」

 占い師は弱々しく笑った。

 だが化粧の問題でないことは明らかだ。もともと細い身体はますます痩せ衰え、以前の状態を知らぬ者でもひと目見て「病人だ」と思ってしまうような。

「お医者の先生には、診ていただきましたのよ。使用人がどうしてもと言って聞かなかったので。ですが病の精霊(フォイル)の気配は見つかりませんでした」

「だが」

「しばらく、よく眠れていませんの」

 女はうつむいた。

「化粧のせいでないとしたら、そのためですわ」

「ジョリスの、話のせいか」

 その名に彼女はびくりとした。

「いえ……あの方は、何も……」

 ぶわりと緑色の両眼に涙が浮かんだ。彼女は急いでそれを拭き取った。

「泣きたければ、泣くといいだろう。俺は……」

 訪問者は唇を結んだ。

「俺はまだ、泣いてはいられないが」

「ヒューデア殿」

 ジョリス・オードナーに深い愛情を抱くふたりはしばし沈黙した。

「何てことかしら。私はただあの方に憧れていただけ。ナイリアン中のたくさんの娘たちと同じように。王城に上がる占い師という立場があの方と言葉を交わすことも可能としたけれど、それ以上は望むべくもなく」

「まだ信じられぬ。もう彼がいないなど」

 だが、と彼は続けた。

「感傷に浸るのはあとだ。俺は籠手を取り戻し、彼の仇を討つ。しかしピニア殿、あなたの言った星と行動を共にしていても」

 そこでヒューデアは間を置き、少し言葉を探した。

「俺には見えない。本当にこの道でよいのかどうか」

「あなたのアミツは、何と?」

「アミツは何も言わない。ただ、あの娘を気にかけていることは間違いない」

「娘……」

「ああ、話していなかったな。あなたの言葉を聞いたすぐあとに」

「おやめ下さい」

 ピニアは遮った。

「聞かせないで」

「何?」

「私は、知ってはならないのです。私が知れば……」

 彼女の声は小さくなった。

「……て、しまう……」

「何だ? 何と言った?」

「いえ、何も」

 言いません、とピニアは嘘をついた。

「ですがこれだけは言えます。アミツを信じなさい。闇雲に籠手を追うことは解決に繋がりません。籠手の主は……あっ」

 占い師は小さく悲鳴を上げた。

「ピニア殿」

 がたんとヒューデアは立ち上がり、つらそうに額を押さえる占い師に手を貸そうとした。

「ああ……」

 声が嘆きの色を帯びる。

「どうした。何を見た」

「見て……見えてしまった……」

 彼女は顔を覆った。

「いけない、これ以上は」

「見てはいけないのか。何故だ。俺がアミツの姿を見るように、あなたは星を読む者。見てはならぬなどということはないはずだ」

「嵐が、起きる」

 顔を伏せたままで彼女は呟いた。

「ナイリアールに嵐がやってきます。アバスターの籠手と共に」

「籠手が? オルフィが戻ってくるのか?」

「お願い、問わないで。これ以上は」

 いやいやをするように女は首を振った。

「ヒューデア殿、あなたと顔を合わせ、こうして話をすることは私を落ち着かせてくれる。終わりの見えない獄界の炎に焼かれていることを忘れさせ、わずかの間とは言え休息を与えてくれます。ですがそのことが油断を誘う」

「油断? 炎? 何の話だ」

「見えてしまうのです。いけません。もうお帰り下さい」

「ピニア」

「お願いです。お帰り下さい。そして、もう訪れないで」

「何故だ」

 ヒューデアは困惑した。

「くるなと言うのであればそうするが……理由は聞かせてもらいたい」

「彼のためです。そしてこの国の」

「オルフィか? それに国だと」

「彼を助けるために、アミツが見た星を守って。それだけです。ヒューデア殿、もう……お願いです」

「……判った」

 ヒューデアはうなずいた。

「これからは訪れぬ。だが俺に用があれば、コズディム神殿のイゼフ殿に伝言を」

「有難う、ございます」

 ピニアは目を伏せたまま頭を下げた。

「ごめんなさい……何も言えず……」

「見たもの、見るものについて慎重になることに、何も謝る必要はない」

 剣士は首を振った。

「では、俺は行くとしよう。ピニア殿」

「はい……」

「身体は、大事にするよう」

 かけられた言葉に彼女はまた目を潤ませたが、それを隠そうと顔を上げぬままでいた。

 ヒューデアは、普段あまり表情を浮かべぬ顔に明らかなる危惧の色と、そして何か異なるものを乗せていたが、それ以上は何も言わず、または言えずに、占い師の館をあとにした。


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