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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
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13 役者が足りない

「白光位を手に入れたければ、ハサレック、君は一日でも早く『彼』を目覚めさせ、『もうひとりの黒騎士』から籠手と力を奪わなければ……ね」

「その後の様子は、どうだ」

 ハサレックが両腕を組んで尋ねた。

「ふふ」

 悪魔はにいっと笑った。

「君が与えたきっかけ……エクール湖への(いざな)いは驚くくらい簡単に彼を動かしたね。これは、彼も待っていたんだということさ」

「能書きはいい。答えを」

「おやおや。僕に命じようなんて!」

 ニイロドスは目を見開いた。

「少し調子に乗っているんじゃないかな、騎士殿? どうして君がここにいられると思うの? みぃんな、僕とリヤンのおかげじゃないか」

「そちらには俺を必要とする理由があった。対等な取り引きだ。平伏して尾を振る気はないと言おう」

「たかが人間の分際で、僕と対等な取り引きだって!」

 ニイロドスは言ったが、その声に怒りはなく、やはり楽しげであった。

「ああ、リヤン、ハサレック。僕はそんな君たちが大好きだ」

「答えを」

 ハサレックは繰り返した。

「――目を覚ましたよ」

 ゆっくりと言った悪魔の口からは、鋭い牙がのぞいた。

「〈籠手の主〉のなかで目を覚ましたものがある。『彼』の記憶は混乱しているけれど、やろうとすることは決まっている。そう、三十年前をなぞるように」

「籠手の記憶、だと?」

 コルシェントは片眉を上げた。

「アバスターの籠手に何かしら刻まれているものがあるとして、自ら退治した裏切り者の行動をなぞるというのも奇妙なことに思えるが」

「その辺のねじれは、籠手を手に入れたら好きに検分するといい。大魔術師(ヴィント)たる君になら、とても興味深いだろう」

 思わせぶりにニイロドスは言った。

「では楽しみにしておこう」

 コルシェントは口の端を上げた。

「いいだろう。予定は少々狂ったが、『もうひとりの黒騎士』を血祭りに上げれば新たな〈白光の騎士〉にも箔がつこうと言うもの」

「裏切りの漆黒が再び白光を斬りにやってくるか」

 ハサレックもにやりとした。

「面白い。三十年前の舞台に、俺が上がることになるとはな」

「結末はもちろん、異なる」

 魔術師はうなずいて言った。

「此度は白光が漆黒を斬り殺し、ナイリアンに永劫の平和をもたらそうぞ」

 籠手の持ち主を「漆黒」に言い換え、コルシェントは杯を掲げた。

 実際のところ――。

 魔術師は、気づかずにいた。悪魔が時折言う「彼」が、籠手たる〈閃光〉アレスディアの擬人化ではないことに。

 無論それは、悪魔がそれを気づかせぬよう言葉を発していたからであった。

「永劫の平和」

 くすりと笑ったのはニイロドスだった。

「そんなものが、あると思っている?」

「幻想だな」

 すぐにコルシェントは返事をした。

「だがそれで結構だ。ぼんやりと明るいだけの幻想に、羽虫(グー)は寄ってくる。利用して捕らえることも、皆殺しにしてしまうことも簡単だ」

 彼が掲げる「新たなる英雄、新たなる〈白光の騎士〉」を民は崇めるだろう。宮廷魔術師と〈白光の騎士〉がこれからのナイリアンの礎に。

 ニイロドスは永遠が幻想だと言ったが、コルシェントはその幻想を民に見せればよいのだと言った。

 もっとも悪魔は――コルシェントの見通しについてどう思っているかはほのめかしもしなかった。ニイロドスはただ楽しげに魔術師を見ていた。

「さあ、舞台は調った。次なる黒騎士を打ち倒して〈青銀の騎士〉は〈白光の騎士〉の座に昇る。でもまだ役者が足りないね」

「神子、か」

 コルシェントが指摘した。もちろん、とニイロドスは答えた。

「だが神子が見つかればお前には都合が悪いのではないのか。何しろ契約として子供の命がもう手に入らないことになる」

「ふふ、そういう条件だったね。私が欲しいのは純粋でいまだ穢れを知らぬ、いたいけな子供たちの命。神子探しの過程で『外れ(ゴロンド)』だった子供たちをきちんと殺すこと。もし幸運神の加護でもあってひとり目で神子を引き当てたなら、それはそれで君の勝ちだと」

 でも、と悪魔は肩をすくめた。

美食(・・)も続けて食べれば飽きてくるものだよ」

 怖ろしいたとえ、それとも事実をさらりと述べて、悪魔は「もらえるものは遠慮しないけれどね」などと続けた。

「神子と湖神か」

 魔術師は口の端を上げた。

「私にとっての美食となりそうだ」

「魔力とは違う……(ほか)なる力、だったな」

 ハサレックは首をかしげた。

「俺には正直、何がどう違うものか判らないが」

「それは仕方あるまい。お前は魔力を持たぬのだからな」

 手を振ってコルシェントはなだめるように言った。

「神子探しは順調とは言えぬが、何、ピニアや長老をもっと脅しつければ出てくるものもあるだろう」

 どうとでもなる、と魔術師はうなずいた。

「いまは、新しい〈白光の騎士〉の就任と、間もなく調うであろう王子の婚約を優先させる」

 コルシェントは王室の方をちらりと見た。

「めでたきことを続ければ、ジョリス・オードナーの醜聞も死も、王城に侵入者があったという不穏な事件も、王の不幸な死も、みな振り払ってしまえる。新体制を打ち出し、諸外国にも生まれ変わったナイリアン国を知らしめるとしよう」

「その前に、かの籠手の主だ」

 ハサレックが主張した。

「目覚めたのであれば剣を交わしてみたいという気持ちに偽りはない。あやつの剣技にはかなりのものが期待できるはず」

 〈青銀の騎士〉は鳶色の目を細め、考えるようにした。

「俺とて、ナイリアンの騎士だ。最高位〈白光〉に就くには、それに相応しき手柄を立ててから」

「真の手柄、という訳か」

 コルシェントが少し笑った。

「いいだろう、〈青銀の騎士〉ハサレック・ディア。もう一度『裏切りの騎士』ならぬもうひとりの黒騎士を征伐し、〈閃光〉アレスディアを手に入れて、名実ともに英雄の座に就くがいい」

 玻璃の杯に酒が注がれた。男たちはそれを合わせ、悪魔は笑みを浮かべてそれを見守っていた。


(第2章へつづく)


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