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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
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11 継ぐ気はないか

「は。神子は湖神の力を引き出す存在であり、神子が命を落とせばエクールの民に湖神の加護はなくなるのだとか」

「ふむ。それで〈ドミナエ会〉は神子を探して殺そうとしているのか? 信仰が気に入らぬために?」

「その辺りでしょう」

「そのために年齢の合いそうな子供を殺して回っていたのか。何とも気違い沙汰だ」

 レヴラールは嘲弄するような声を発した。

「つまり〈ドミナエ会〉は、エクールの民を滅ぼすために黒騎士の姿を取って子供を殺し続け、どうしてか父上が神子を隠していると考えて制裁にきたという訳か?」

「まとめると、そうなりましょう」

「どうかしている」

「ですから狂信と言われるのです」

 知ったようにコルシェントは言った。

「ともあれ、黒騎士は死んだ。やれやれだな」

 王子は息を吐いた。

「それにしても〈ドミナエ会〉とやらは思っていた以上に規模の大きな団体である可能性が出てきたようだ」

「ええ、そのようです」

 魔術師はうなずき、そこで祭司長に視線を移した。

「〈ドミナエ会〉はいままでキンロップ殿が掴んでいらした以上に大きく、危険な団体であったということになりますね」

 ゆっくりと彼は続けた。

「その結果として、これまでの惨事や今日この日の陛下暗殺未遂だ。さあ、カーザナ・キンロップ殿」

 コルシェントは祭司長に指を突きつけた。

「どのように『責任』を?」

「く……」

 祭司長は詰まった。

「貴殿は……」

「何です?」

「――知っていたのではないのか。それ故、責任の所在を明らかにせよなどと」

「私がいったい何を知っていたと仰るのです」

 驚いたようにコルシェントは目を丸くした。

「〈ドミナエ会〉の企みを? まさか。あのような襲撃があると知っていて、みすみす侵入させましょうか」

「あのとき、私の言葉と身体を止めた術があった。あれは魔術ではないのか」

「私の魔術だとでも仰るのですか? 失敬な。何故、私がそのようなことをしなければならないのですか」

「貴殿には、何か企みがあって」

「キンロップ!」

 王子が鋭く呼んだ。

「見苦しいぞ。黒騎士が奇態な術を使ったようだとは俺も聞いた。コルシェントが術を解くまで近衛たちは王室に入ることもできなかったとな。判るか。コルシェントは役割を果たした。お前は、どうだ!」

「殿下、殿下」

 とりなすようにコルシェントは首を振った。

「祭司長殿をお責めになりませんよう。あれは私ですら対抗するのが困難な術でした。祭司長殿も神力をお持ちではありますが、神官の術はああしたことには向きませんから」

 魔術に対して神術と呼ばれる神官の「不思議な力」は、戦いには向かない。ちょっと知識のある者なら判っていることだ。魔術に縁のないレヴラールでもそれくらいは知っていた。

「だが」

 王子はキンロップを見た。

「コルシェントの言う通りだ。お前はもっと〈ドミナエ会〉の動向を把握しておくべきだった。少数の狂信集団と侮った結果がこれだ」

「申し訳ありません」

 祭司長は頭を下げた。

「規模や拠点の把握と、首謀者の洗い出しを即刻に――」

「もうよい」

 レヴラールは手を振った。

「神殿への火つけに関しても、お前は手をこまねいていただろう。町憲兵隊に捕らえてもらうしかないと」

「……各神殿と連携を取り……」

「もうよい、と言った」

 王子は繰り返した。

「コルシェント」

「はっ」

「お前がやれ」

「は……ですが、しかし」

「神官はこうしたことには向かんのだろう。だからお前がやれ、と言っている」

「殿下」

 キンロップは顔をしかめた。

「神術、魔術の件とは話が違います」

「黙れ。父上が倒れられているいま、決定権は俺にある」

 きっぱりと第一王子は宣言した。

「お前をないがしろにしようと言うのではない。だが先ほど話を聞いた限りでは、お前にできることはないと思える。俺はハサレックの行動を支持するし、コルシェントの言うようにお前は責任を取るべきだと考える」

「殿――」

「しかしながら、辞任などしていただいては困ります」

 先取るようにコルシェントは言った。

「キンロップ殿には祭司長の座にあっていただかなければ」

「俺も更迭するなどとは言っておらん。ただ、〈ドミナエ会〉がただの(クラー)ではない……いや、所詮は鼠だとしても、想定以上に厄介な存在であると判った以上、呑気な対応は取っていられぬ」

「無論です」

 コルシェントが答えた。

「王城への侵入、陛下への狼藉、重罪も重罪。裁くまでもなく死罪です」

「罪人は死んだ」

 キンロップは指摘した。

「黒騎士のことですか。彼ひとりの罪ではありませんね」

 魔術師は首を振った。

「それは判るまい。ひとりで暴走したのかもしれぬ」

「死者は喋りませんから、そうしたことにされる可能性も高いですね」

 さらりとコルシェントは返し、それから首をかしげた。

「まるでキンロップ殿は〈ドミナエ会〉を罰したくないとでも仰る様子で」

「そのようなことはない」

 むっとして祭司長は言い返した。

「斯様な状況にあっても予断は許されまいと、そうしたことを」

「予断も何もない。時と場合によっては慎重な判断も必要だが、ここでは必要ない」

 少し苛ついたように第一王子は言った。

「〈ドミナエ会〉に関する調査は全てコルシェントに任せる。キンロップ、お前は意見や助言を彼に述べてもよいが、決定権はないものと知れ」

 キンロップは黙り、実に仕方なさそうに頭を下げた。王子は満足そうにうなずいた。

「ではハサレック。もっとお前から話を聞こう」

「何を申し上げましょう、我が殿下」

「会のことはコルシェントにみな話し、彼に手を貸すよう」

「はっ」

「俺が聞きたいのは」

 そう言ってからレヴラールは、何か考えるように少し間を置いた。

「――白光位を継ぐ気はないか」

「何ですって?」

 突然飛び出した台詞に、ハサレックは目を丸くした。

「殿下、それは」

 キンロップがうなる。

「判っている。騎士の位は審査に通った上で与えられるものだ。――慣例として、な」

 法ではないと王子は言った。

「ジョリスのことは?」

 王子は騎士に尋ねた。

「耳にしております」

 ハサレックは表情を消した。

「触れの件は、各地で大きな話題に」

「お前はジョリスと親しかったな。信じ難いだろうが、触れのことは事実だ。あやつは宝物庫からアバスターの籠手を盗んで逃げた重罪人。もはや〈白光の騎士〉ではない」

 〈青銀の騎士〉は面を伏せ、黙っていた。

「だがまだ公にしていないことがある。ジョリスの死だ」

 簡単にレヴラールは言った。ハサレックの顔が強ばった。

「何……」

「あやつは黒騎士に敗れて死んだのだ。お前はそれを倒した。お前の方が実力のある証だ」

「お、お待ちを……」

 ハサレックはかろうじてという様子で声を出した。

「いったい、どういう」

「そのままだ。ジョリスは籠手を盗み出し、黒騎士に挑んで敗れた。〈白光の騎士〉の資格などない」

「敗れた」

「あとで話しましょう」

 そっと口を挟んだのはコルシェントだった。

「衝撃を受けたのは判ります。私に判る限りのことをお伝えしますから、いまは殿下のお話を」

「あ、ああ……はい、術師殿……」

 呆然とハサレックは呟いた。

「話は簡単だろう? ジョリスは〈白光の騎士〉ではなく、この世にももういない。お前はジョリスを殺した男に打ち勝った。お前がその地位に就くのに相応しいというものだろう」

「しかし……」

「いますぐに答えをとは言わん。考えておけ」

「ジョリスが」

 〈白光の騎士〉の親友であった男は両の拳をきつく握り、何かをぐっとこらえた。

「……レヴラール様」

 騎士は顔を上げると立ち上がり、王子の横へ歩んだ。王子もまた立ち上がり、ハサレックを迎えるようにする。

 ハサレックはひざまずき、レヴラールはその濃い茶の髪を見下ろした。

「有難きお言葉にございます。ですが、いまはまだ、そのお言葉を受けることはできません」

「ほう」

 レヴラールは興味深げに言った。

「いまはまだ、とな」

「はい」

 すっとハサレックは顔を上げた。

黒騎士は(・・・・)もうひとり(・・・・・)います(・・・)

「……何だと?」

 思いがけない言葉に王子は目を見開く。

「〈ドミナエ会〉を探る内、その事実を突き止めました。ジョリスを手にかけたのがどちらであるのか判らぬ以上、彼の無念を晴らすには、もうひとりをも退治てから」

「ふむ」

 王子は両腕を組んだ。

「もうひとり、か」

「はい」

 ハサレックはうなずいた。

「その任を果たした暁にはこのハサレック・ディア、殿下の尊きお志に従い――慎んで白光位を拝命いたします」


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