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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
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10 混乱

 その後の混乱は、壮絶なものだった。

 国王レスダールは一命を取り留めたが、危篤状態。宮廷医師とその助手らがつき、ラ・ザインとムーン・ルーの神殿から最も強い力を持つ癒し手が呼ばれ、可能な限り最高級の治療と治癒が施されていたが、生きていたのが奇跡であったような状態だ。とても楽観視はできなかった。

 そしてその危機に現れたのは、死んだはずの〈青銀の騎士〉。これだけでももう充分なほど大騒動であるが、凶刃を振るった黒騎士の正体がまた、城内を揺るがした。

「いったいどういうことだ」

 白い顔を更に白くして、レヴラール王子はきつく問うた。

「〈ドミナエ会〉の黒騎士が、何故国王の暗殺など企む!」

 絶命した黒衣の剣士が身にまとっていたのは黒いマントだったが、その裏地は白く、〈ドミナエ会〉の赤い紋章が描かれていた。

 判りやすい「証拠」。それはまるでコルシェントの推測を裏付けるためのようだったが、王子がそのように思うことはなく、彼はただそれを事実として把握した。

「予測して然るべきでした」

 コルシェントは粛々と言った。

「以前にお話ししました通り……〈ドミナエ会〉はエクールの神子を探していたようなのですが……」

「だが、そのことと城を、父上を襲うことに何の関係がある!」

「私から、判る限りでご説明を」

 低い声で丁重に言ったのは、二十代後半ほどの、濃い茶の髪をした男だった。

「まずは、長いこと行方を眩ましていたことをお詫び申し上げます」

「詫びなど」

 レヴラールは唇を歪めた。

「何ら必要ない。説明は要ろうが、弁明は不要」

「はっ」

 ハサレック・ディアは胸に手を当てて敬礼をした。

「噂に聞きましたところですと、わたくしは『子供を守って死んだ』ということにだけ、なっているようですね」

「ああ。俺はそう聞いた。崖から落ちそうな田舎の子供を助けた代わり、谷底に落ちたとな」

「それは事実の一部ですが、正確とは言えません」

 死んだはずの〈青銀の騎士〉は首を振った。

「もっとも、そのように伝えてくれと村人に言ったのは私自身です。〈ドミナエ会〉の目を眩ませる必要があった」

「何なのだ、あの連中は。ただ八大神殿に対抗している狂信者ではないのか」

「その通りのものです。しかし、対抗しているのは八大神殿に対してだけではない。キエヴやエクールの民が携わる、神界冥界とは異なる独特の信仰を仇のように憎んでいます」

「そうした信仰を放置しているのが神殿の怠慢だ、と言うのでしたね」

 コルシェントが口を挟んだ。ハサレックはうなずいた。

「実は私が救った子供というのもそうした信仰に関わっていました。と言ってもキエヴでもエクールでもなく、素朴な自然精霊信仰です。いえ、信仰とも言い難い、子供の憧れのようなものでした」

「憧れ?」

「はい。詩人の物語に出てくるような精霊に実際に会ったと語る、夢見がちな少年でした。ですがそれだけです。それだけの子供を〈ドミナエ会〉は悪魔(ゾッフル)に憑かれたかのように扱い、崖から突き落とそうとしたのです」

「何と」

 レヴラールもさすがに眉をひそめた。

「馬鹿げたことをやっているのだな」

「全くです」

 ハサレックは唇を噛んだ。

「詳細は省きますが、私はその少年がまた狙われることを怖れ、自らを死んだこととして会の油断を誘い、連中の拠点をひとつ殲滅しました」

「ほう?」

 王子は興味深そうに片眉を上げた。

「死を騙るなど、いささか卑怯な手であったことは承知しています」

「作戦だろう、俺は不名誉とは思わん」

「有り難きお言葉」

 ハサレックはまた礼をした。

「殲滅か」

 キンロップが呟いた。

「それはつまり……」

 祭司長は言葉を切った。騎士はうなずいた。

「ええ。八人の狂信者……いや、狂人を神の御許へ」

 ハサレックはコズディムの印を切って茶色い髪をかき上げた。

「罪なき子らを何の意味もなく脅かし、あまつさえ殺し続けることを喜んでやっていた連中が冥界に迎え入れられるものかどうかは判りませんがね」

「……ディア殿」

「何か?」

 彼は片眉を上げた。

「生かしておいて正義の裁きを受けさせるべきだった、と仰るのですか?」

その通りだ(アレイス)

 キンロップがうなずけばハサレックは手を振った。

「罪は明らかでしたし、〈ドミナエ会〉が反省も更正もしないことくらい、祭司長様はよくご存知でしょうに」

「そう言うお前は、何を知る?」

「いろいろと。知りたくもないことを」

 ハサレックはそう返した。

「そのあとで私は会を追いました。各地であのようなことをしているのでは、とね。案の定、少し回っただけで別の拠点について聞きました。私も殺人鬼ではありませんから、すぐさま乗り込むようなことはせず、慎重に調べを進めました。その結果は、最初と同じことになりましたが」

「『殲滅』?」

 キンロップは確認した。

そうです(アレイス)

 簡単に騎士は認めた。

「何故、こちらに連絡を入れなかった?」

 レヴラールが尋ねる。

「ほかの騎士の手を借りた方が早く片付いたろうに」

「ほかの騎士、ですか」

 ハサレックはきゅっと眉根をひそめた。

「彼らは……剣士としては非常に優秀ですが、必要以上に頑ななところもありますから」

「『殲滅』に反対しただろう、と?」

「しつこいぞキンロップ」

 祭司長の言葉にある(とげ)に気づいて王子は制した。

「お前の立場は理解しよう。だがここは抑えろ」

「……は」

 渋々とではあったが、祭司長は引いた。

「誤解しないでいただきたい、祭司長。先にも言ったように私は殺人鬼ではない。望んで殺戮をした訳ではありません」

「それは判っている」

 キンロップは答えた。

「そのようなことを言っているのではない。ただ」

「控えろ」

 再度、レヴラールは命じた。キンロップは唇を結んだ。

「過ちを犯した王、と」

 コルシェントは呟いた。

「黒騎士は王室で陛下を前にそうしたことを口走ったようだが」

「父上がどのような過ちを犯したと?」

 レヴラールは口の端を上げた。

「いや、ひとつふたつでは済まぬであろう故、問うのだ。『どの』過ちかと」

「殿下、そのようなことは」

「気を遣う必要はない。非常事態だ。建前は不要であるどころか、邪魔になる」

 顔をしかめて王子は言った。

「この場でお前たちがどんな無礼な口を利いたとしても俺はそのことによって罰することはせぬと誓おう」

 彼は手早く誓いの仕草をして見せた。

「誓いはあまり軽々しくされるものではありません、殿下」

 そう言ったのは〈青銀の騎士〉だった。騎士らしい物言いにレヴラールは少し笑ったが、笑い声を立てるのに相応しい状況ではなかったと――何しろ国王にして彼の父が危篤状態だ――軽く咳払いをした。

「話を早く進めるためだ」

「では連中の思う陛下の『過ち』ですが」

 ハサレックが言った。

「〈ドミナエ会〉は、陛下が彼らの欲するものを隠していると考えていました」

「欲するものとは?」

「エクールの神子です」

 簡潔に騎士は答えた。

「何だと? 父上が神子とやらを匿っていると言うのか?」

「いえ、あくまでも彼らがそう思い込んだだけかと」

「何故だ」

「判りかねます」

「ふむ」

 レヴラールはコルシェントを見た。

「神子の件についてはその後、何か判ったのか」

「ええ。申し上げたように私はエクール湖の畔の村を訪れ、長老と呼ばれる人物に話を聞いて参りました」

 こくりと魔術師はうなずいた。

「神子はいまだ彼らの元に戻っていない。彼らは探しもしていない」

「重要な存在ではないのか?」

「とても重要人物のはずです。ですがその不在が湖神の定めた運命であるならそれもよしというのが彼らの考えでした。正しき星辰の刻がくれば必ず戻ってくるというのですね。その辺りは魔術の考え方と似ていますので私には判るのですが」

「観念としては理解できる」

 レヴラールはそうとだけ言った。

「その考えに反して探しはじめたのは黒騎士の存在ゆえです。長老は黒騎士を災い星(ミール)の化身であるかのように語りました。確かに彼はその通りの者であったと言えますが」

 それらの話が事実であるかどうかなど、レヴラールには判らない。実際、コルシェントは事実と嘘をと並べ立てて話を作り上げていたが、レヴラールはうなずきながら聞くしかなかった。

「要点を話せ」

 放っておけば長くなりそうだとばかりに、王子は命じた。


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