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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
160/520

09 曲者

「私に責任を取れと?」

「いいえ。祭司長自らが解決に乗り出すこともありますまい。誰か信頼できる神殿長、神官長、そうした人物を指名し、責任を持って調査に当たらせてはどうかと申し上げています」

「何のためだ」

「無論、〈ドミナエ会〉の暴虐を――」

「そうではない。貴殿の目的だ」

 またしてもキンロップは遮った。

「ナイリアンの平和と繁栄。言うまでもないことでは?」

 害のなさそうな笑みを浮かべて魔術師は言ってのけた。

「……その気持ちが真実であることを祈る、術師殿」

「どうしてか、ずいぶん疑われたものだ」

 コルシェントは苦笑した。

「はっきりさせておきたいというだけのことです。あなたが責任を持ちたくないと仰るなら、私が引き受けてもかまいません」

「それはおかしな話だ」

 祭司長は顔をしかめた。

「どうしても責任者が必要だと言うのであれば」

 少し躊躇ってからキンロップは自身の胸に手を当てた。

「私がなろう」

「ご自身でよろしいのですか?」

「代理を立てることに意義を覚えぬ」

「判りました」

 コルシェントはうなずいた。

「ではそうした話を陛下の御前で」

「……いいだろう」

 キンロップもまたうなずいたものの、どことなく不安のようなものを覚えていた。

 彼を陥れるつもりはないと言うが、コルシェント自身が責任を逃れようとしているとしか思えなかった。

 だが〈ドミナエ会〉の標的が神殿、神官である以上、「責任の所在」など明確にしなくても宮廷魔術師に火の粉が降りかかるはずもない。一方で何か言われるとすれば当然キンロップだ。

 改めて明確にする必要などない。そう思えた。だからこそ、不審であるとも。

 どうあれ、それを見極めるには相手の話を聞くしかない。コルシェントが立ち上がるのにキンロップも続いた。

「陛下はどちらに? 私室でおやすみか」

「いえ、まだ王室にいらっしゃるはずです。客人がおありでしたから」

「客人だと」

「ええ。オードナー侯爵が」

「成程」

 ジョリスの父親は、いまこのナイリアンで、王レスダールと内密の話をしたところで最も奇妙に思われない人物と言えるだろう。息子の非を詫びるにせよ、家名の名誉回復を図るにせよ、不審なことではないからだ。

 息子の騎士位剥奪でオードナー家の名誉は汚されたことになる。侯爵は抗議をしてもおかしくなかったが、公の場でそれを控え、その代わり何かしらの見返りをと要請することは十二分に考えられた。

 薄情な父であるとは言われなかった。彼ら父子は公私を混同することがないと思われており――実際のところはサレーヒがレヴラール王子に言ったように、侯爵が息子を避けていたが――侯爵が私情で王に反論しなかったのはむしろ立派だと取られていた。

 しかし表に出さずとも思うところはあるだろう。殊、その死はまだ公表されていない。何かしらの相談を王に直々持ちかけても不思議ではなかった。

「そろそろお話も終わるでしょう」

「オードナー閣下であれば、待たされてもかまわん」

 キンロップはそう答えたが、彼らが王室にたどり着いたとき、ちょうどその会談が終わったところだったらしい。オードナー侯爵と彼らは無言で会釈を交わし、余計なことは何も言わなかった。

 コルシェントは入り口に控える近衛兵(コレキア)に訪問を告げ、簡単だが儀礼的な手順を踏んでから彼らは王室に入った。

「お前たちか」

 レスダールは、このところ変わることのない疲れた表情で宮廷魔術師と祭司長を見た。

「お疲れのところ申し訳ございません」

 魔術師は近衛兵たちを下がらせてから、まずそう言った。

「オードナーがな」

 レスダールは息を吐いた。

「例の件の公表を少し待ってほしいと言ってきた」

「と仰いますと?」

「長子に爵位を継がせる支度をするそうだ。サズロとか言ったか」

「何と」

 キンロップは眉をひそめた。

「不幸のあとはそうした祝いごとは避けるのが慣例ですが」

「だから先に行うのであろう」

「『先』と仰いましても」

 侯爵は二男の死を知っている。だが隠されているのが好都合とばかりに長男への継承を進めて祝宴を設け、オードナー家に翳りなしと見せたいのであろう。そうした推測はキンロップにもついたが、望ましいこととは思えなかった。

「もしや、ジョリス殿の葬儀もその後ろで内々に済ませてしまうおつもりなのかもしれませんね。まさか行わないということもないでしょうが」

「……ううむ」

「祭司長殿は、苦情がおありですか」

 首をかしげてコルシェントは問うた。

「アバスターの箱を盗んだことは咎められて然るべき。だが黒騎士に戦いを挑んだというのは隠すべきことでもなかろうに」

「ですが、敗れた」

 コルシェントは指摘した。

「〈白光の騎士〉として、大いに不名誉です」

「しかし既に位は剥奪されているだろう。……実際には、順番が逆だが」

 事実は「〈白光の騎士〉が敗れた」であるが、建前として「ただのジョリス・オードナーが敗れたことにする」のだ。

「侯爵は『実際』をご存知でいらっしゃる訳ですから。不名誉だと思い、場合によっては勘当を考えても当然と言えましょうね」

 そこでコルシェントはくすりと笑った。

「何が可笑しい? 礼儀を失していないか」

 しかめ面のままでキンロップは言った。

「――失礼。誰もが敬意を表したジョリス殿が、まさかそれほど父君に嫌われておいでとは、思ってもみなかったものですから」

「笑うことではあるまい」

「ごもっともです。大変、失礼を」

「……やはり貴殿は」

 キンロップは何か言おうとした。「やはりジョリスに個人的な恨みでもあるのか」と、そうしたことを。

 だが祭司長は続けることができなかった。

「ふ、ジョリス・オードナーか」

 その場にいないはずの、四人目の声がしたからだ。

「あれがナイリアン国最高の剣士とは笑わせてくれる。オードナー家の名がなければせいぜい〈赤銅〉程度であったろうに」

「何者だ!」

 どこから聞こえてくるとも判らぬ声に、キンロップは怒鳴った。

「オードナー侯爵も中途半端な対応をしたものだ。反対するのであれば息子が騎士を志した時点で勘当でもしてしまえばよかったものを。そうすればジョリスが白光位に就くことなどなかった」

「曲者か!? 衛兵――」

「黙れ、キンロップ」

 声が言った。途端、祭司長の舌は凍ったように動かなくなった。いや、舌だけではない。彼の手足も、まるで縛られたようにぴくりとも。

「魔術?」

 コルシェントは顔をしかめた。

「何者です。姿を見せなさい。ここが王の御前であり、宮廷魔術師たる私がいることも承知で怪しげな術を使おうと言うのなら」

 すっとその手に、長い木杖が現れた。

「ただでは」

「済まさない?」

 声はふっと笑った。

「では対抗してみろ、コルシェント!」

 笑い声とともに部屋の奥から何かが投げられた。それが王室の床に落下したかと思うと、薄い煙が勢いよく吹き上がった。

「煙玉」

 コルシェントは呟き、顔を覆った。

「陛下!」

 彼は叫んだ。煙玉が投げられたのは王の背後からだった。

「ひっ、な、何だお前は。どこから、どうやって……」

「さらばだ、過ちを犯した王よ」

 声は言った。それと同時に、鞘走る音。

「よ、よせ、何を――衛兵、出会え、出会……」

 レスダール王は声を張り上げようとした。だがそれが部屋の外に届くことはなかった。

 ぶすり、と物騒な鈍い音がした。

 それから、水が勢いよく噴き出るような音。

 否、水ではない。

「――衛兵!」

 何かの力に対抗しているのか、コルシェントは膝をついて叫んだ。

「奴の結界は解いた! 捕らえよ、曲者……」

 息を整えて、彼は続けた。

黒騎士(・・・)だ!」

 玉座でぐったりとした王の身体から黒い剣を引き抜いたのは、黒衣に身を包んだ男だった。

 キンロップは信じられない思いでそれを見ていた。

 あまりにも、突然の出来事。彼は悪夢のなかに落ちたような気持ちで、神に祈った。

 夢であってくれというような願いではない。まずは彼にかけられた奇妙な術が解けるように。彼にも癒しの手はあった。いまならば王を助けられるかもしれなかった。

「捕らえられるものならばやってみるがいい!」

 黒衣の剣士は嘲笑し、玉座から飛び降りた。充満する黒い煙のなか、飛び込んできた近衛たちは驚愕したが、そこは訓練を受けた兵士たちだ。驚きや怖れを乗り越えて剣を抜き、黒騎士に立ち向かった。

 だが、近衛兵では敵わなかった。黒い剣は怖ろしいまでの速度で振るわれ、見る間に兵士たちを血の海に沈めていった。

「誰か、いないのか!」

 片膝をついたままでコルシェントは叫んだ。

「騎士は! 騎士はどうした!」

 そのときであった。

「いま、ここに」

 煙の向こうから落ち着き払った声がした。

「遅くなった」

 そう言って煙の向こうの人影はさっと一礼した。

 次の瞬間、それは風となった。

「な……」

 キンロップは呪縛が解けたのを感じた。だが彼は動けなかった。目を離すことができなかった。

 人影の持つ細剣が一閃した。

 そして、黒騎士が、倒れていた。

 何が起きたのかは明らかであったが、同時に、判らなかった。

「貴殿、は……」

 煙が晴れていく。

 祭司長は呆然とした。

 それは、死んだはずの男だった。

 ジョリス・オードナーではない。彼は輝くばかりの金の髪と蒼玉(カエリラ)の目を持っていた。

 そこに立っていたのは、濃い茶の髪に鳶色の瞳を持つ剣士だった。

 いや、騎士だった。

「――〈青銀の騎士〉ハサレック・ディア……!」


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