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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第4話 悪魔の導き 第1章
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08 責任の所在

 祭司長が城内にある自室に戻ると、扉の前には意外な人物の姿があった。

「これは」

 キンロップは目をしばたたいた。

「術師殿」

「ごきげんよう、祭司長」

 笑みを浮かべてコルシェントは宮廷式の礼をした。

「少しお時間をよろしいでしょうか?」

「珍しいな、私に用事とは」

「先日の件……誤解があってはいけないと思いましてね」

「それはジョリス・オードナーの件か。それとも〈ドミナエ会〉」

「正直に申し上げて」

 コルシェントは目をしばたたいた。

「『ジョリス殿の件』というのがあなたの選択肢に入るとは思いませんでした」

「オードナーに当たるようにしていた私が彼の名誉を気にするなど意外だ、ということか?」

「あなたが彼に当たっていたとは思いませんし、あの触れが最上の案であったとも思っていません。ですが必要な措置だったと考えています」

「必要な?」

 キンロップは片眉を上げた。

「故人を貶めることが?」

「白光位の名誉を保つためです。陛下も殿下もご納得済みのこと」

「そのようだな。もとより、今更撤回もできんことは承知だ。立ったさざ波は鎮まるのを待つしかあるまい」

 渋面を作ってキンロップは言った。コルシェントは知ったようにうなずいた。

「国民が、殊、城内の人間が容易に納得しないことは予測できていました。ですが時間が解決しましょう。問題ありません」

「ほう。予測できていた、と」

「無論です。私自身動揺し、哀しみを覚えたというお話はしたかと思います」

「その割には積極的であった。術師」

 祭司長はじっと宮廷魔術師を見た。

「私はそこが不思議だった」

「それについてもお話ししたと思います」

 コルシェントは哀しみを示すように目を伏せた。

「私は、私たちは『信じたくない』などという非合理的な感情で事実に目をつぶることは許されない立場にあると」

「確かに貴殿の言う通りだ。事実を曲げることは許されない」

 こくりとキンロップはうなずいた。

「立ち話も何だな。入るといい」

「お邪魔いたします」

 コルシェントは再び礼をして招きに応じた。

「酒はたしなまぬ故、何も出せぬが」

「お気持ちだけで充分です」

「そちらへ」

「有難うございます」

 部屋の主と客人は、あまり飾り気はないが上等な木材で作られている椅子に腰かけ、向かい合った。

「挨拶や前置きは要らぬ。用件を」

「素っ気ないですね」

 コルシェントは苦笑した。

「ですが、いいでしょう。私も時間を費やしたいとは思わない」

「オードナーの話ではない。では〈ドミナエ会〉か」

「私は確かに、協会に打診しました。ですがそれは決して神殿の領域を侵すことにはならないはずです」

「〈ドミナエ会〉は神殿、神官を標的にしているだけで、我らの関係者ではないからな」

「そういうことを言っているのでもありません」

 魔術師は首を振った。

「続く火つけの件。神官たちや町憲兵たちが油断なく警戒しているにもかかわらず、ほんのわずかな隙を突いて毎晩起こる小火(ぼや)。魔術が絡んでいる……との推測は魔術師でなくたってするでしょう」

「絡んでいるのか?」

「生憎ですが、協会の調査の結果では『判らない』というのが現状です」

「判らない? 魔力の痕跡があれば判るのではないのか?」

「ええ、判ります」

 魔術師はうなずいた。祭司長は腕を組んだ。

「では、絡んでいない、ということか」

「判らないのです」

「……と言うと?」

 慎重にキンロップは問うた。

「たとえ話として聞いて下さい。もし、とても強い力を持つ術師が意図して隠そうと行動すれば、協会の導師であっても追い切れないかもしれません」

「たとえどころか、具体的に聞こえるようだが」

「それだけのことを可能にするのは、強大魔術師級の者でしょう」

「協会の用語でヴィント……いや、マナファドと言うのだったか」

「さすが、よくご存知でいらっしゃいますね。ですがマナファドというのは少々おとぎ話めいた存在です。――時に、ラバンネルのことは?」

「何?」

「『伝説の大魔術師』です。大導師(マナリクタ)とも言われる」

「アバスターの箱を封じた魔術師であったか」

 記憶を呼び起こしてキンロップは言った。

「だがそれ以上のことは知らぬな」

「彼は、魔術師たちの伝説のようなものです」

 微かに笑みを浮かべて魔術師は言った。

「それは、太古の〈魔術師たちの砦〉カナチアス・ケイストのような?」

 胡乱そうに祭司長は言った。

「とんでもない」

 驚いた顔でコルシェントは首を横に振った。

「あのような怖ろしい伝説ではありません。言うなればアバスターのような英雄、それがラバンネルなのです」

「左様か」

 興味なさそうにキンロップは返した。

「オードナーがアバスターに頼ろうとしたように、貴殿はそのラバンネルに?」

「とんでもない」

 また首を振ってコルシェントは否定した。

「いまのは、彼ほど力の強い術師であれば可能でもあろうかというたとえ。もとより、ラバンネルがやったなどと言い立てるつもりもありません」

「何故、魔術の痕跡がないにもかかわらず、力ある術師かもしれないと思う?『強い魔力があれば可能だ』などというのはまるで魔力を持たない人間の言い草ではないか?」

「そう仰るのも当然でしょうね。ですが『非合理的』な言い方を許していただくなら」

 コルシェントは肩をすくめた。

()です」

「勘」

 キンロップはぽかんとした。

「何と。貴殿らしくもない」

「そう仰いますが、キンロップ殿にはございませんか? 説明のつかない、奇妙な感覚。証拠……〈ラ・ザインの証立て〉と言えるようなものが何ひとつない状態でも、不思議なほど強い確信」

「ないとは、言わぬな」

 神に仕える男は答えた。

「だがそれを指針にして行動することはできぬ」

「『宮廷魔術師』としては私も同感です。ですがここは、一魔術師として」

「目的は?」

 キンロップは遮った。

「ここには陛下も殿下も、騎士もいない。率直に言ってくれていい、術師」

「……まるで」

 ゆっくりとコルシェントは言った。

「私に何か企みでもあるかのようにお思いですか」

「企み。企みはあるだろう。貴殿にも、私にもだ。これまでもあった。何も後ろ暗いものではなく、国と民のために考え、実行してきたものだがな」

「ですが、そうしたものではない何かが私にあると、そう仰りたいのでは?」

「あるのかね?」

 キンロップはそう返した。

「仮に私が企みを持つ者であれば、正直に話すこともありませんでしょうな」

 コルシェントは少し笑い、冗談であると示した。

「何の。懺悔がしたければいつでも聞こう」

「必要を覚えたときには、お伺いしましょう」

 あくまでも冗談であるという雰囲気を保ちながら魔術師は答えた。

「ひとつ、提案があります」

 ゆっくりと魔術師は言った。祭司長は片眉を上げた。

「聞こう」

「あなたはどうしてかお疑いになりますが、私が〈ドミナエ会〉の動向について気にかけることは決しておかしな話ではないはずです。以前ならばまだしも、首都の神殿に火つけをするような集団となれば」

「それは、そうだろう」

 キンロップは認めた。

「陛下の前で、お話をしませんか?」

「陛下の?」

 それはいささか意外な提案と言えた。もちろん彼らは彼らの間で何を決めようと最終的には王の決断を必要とするのだが、そうしたことはほかの貴族たちも列席する大会議で行われる。先だってジョリスの騎士位剥奪を決定したときもそうだ。

 そのときはやはり騒然となったが、王と王子が支持したことでそれ以上の反論はなかった。オードナー侯爵が何も不服を申し述べなかったせいもあるだろう。

 王と彼らふたりが内々に話すことも皆無ではない。だがそうしたとき、このふたりは王の前で喧々囂々とはやらない。あらかじめ両者の間で話を通しておき、それから進言に行く形を取るからだ。険悪な仲であるように言われる彼らだが――実際、互いを快く思ってはいないが――、殊、王に対してそれを大っぴらに見せるのは好ましくないということはよく判っていた。

 だからキンロップは奇妙に思った。警戒したと言ってもいい。コルシェントが自らの考えを秘したまま王に進言すると告げたことに。

「あなたを陥れるつもりはありませんよ」

 にっこりと魔術師は言った。

「ただ、陛下の前でお話ししたいのです」

 そこでコルシェントは笑みを消した。

責任の所在(・・・・・)について」

「〈ドミナエ会〉の暴走の責任が私にあるとでも?」

 慎重にキンロップは尋ねた。

「そこに責任があるのは会の統率者、指導者、何か独特の呼称でもつけているかもしれませんが、そうした人物でしょうね」

「では抑えられずにいる責任か」

「そういうことになります」

 コルシェントは認めた。


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